第16話 縛命刃

 それなら、つじつまが合う。希々の目覚めに、いち早く反応した鎮守が、希々の目の前に現れるのはなんら不思議じゃない。


 「そうね、そう考えるのが普通ね。ナギ様がどんな風に仕掛けたことなのかはわからないけど、怨鬼が腕を探し始めるタイミングで、希々の力を目覚めさせるようにしていたんだわ」


 鎮守を引き継ぐ者は、希々。


 (どうして何だろう。俺じゃ、頼りないってことなのかな)


 天記は、そんな感情をそっと自分の胸にしまった。

 紫龍が希々を呼んでこいと言うので、天記は自分の家に戻って、希々に大事な話があるからと呼び出した。

 ちょうど、テレビで希々の大好きなアイドルグループが、歌ったり踊ったりしているところで声をかけたものだから、


 「うるさい!」


と、一喝された。

 しかし、今日は怖いというよりも何か情けない気がして、天記がその場に固まっていると、希々も何かを察したようで、座っていたソファから立ち上がり歩き出した。


 

 岳斗の部屋で、一通り話を聞いた希々は、急に表情を明るくさせて、


 「ウソ、あの子私の子分なの?なんでもいうこと聞いてくれるってこと?すごい!」


 何かちょっと履き違えているようだが、仕方がない。


 「まあ、そういうことかな」


 岳斗も竜之介も天記も皆あまり納得していない。本当に希々でいいいのか、疑問に思いながらバラバラと小さく頷いた。

 それから、紫龍が一瞬フワッっと白い光を放ち、小さな懐刀を出した。

 小さな刀は、片手にすっぽりと収まるくらいの大きさで、つかからさやまでが玉虫色にキラキラと光っていた。


 「『縛命刃ばくめいとう』と言う。その時が来たら、天記に渡すつもりの物じゃったが、鎮守が現れるまではお前が持っておれ。いつ目の前に現れてもいいように、肌身離さず持っておるんじゃ」


 紫龍がそう言うと、こんな物を小学生が持っていたら怪しまれると、岳斗が正論を言った。


 「大丈夫じゃ。『消』と言えば、手の平で消えて見えなくなる。反対に『現』と言えば出てくるしの。そう呪文をかけておいた。これが天記じゃったら、念じるだけで済むのにの」


 紫龍は、面倒くさいとでも言うように、希々の手のひらに縛命刃を置いた。


 「左の薬指の血じゃ、ちょっと切ってその血を飲ませりゃいい。間違っても右手を切るなよ。右手の血では反対に鎮守を解放してしまうことになる」


 天記はそんな様子を見ながら、なんとなく落ち込んでいる様子だし、岳斗も竜之介もしっくりこない感じを抱いているようだし、その場の雰囲気は全く良くない。

 希々は、そんな空気を読んだ様子で、結局すねてしまった。


 「何よ、私じゃ役不足だって言いたいわけ?どうせ私は、お兄ちゃんに仕えなきゃいけいない立場ですもんね!」


 「違う違う。そうじゃないよ。俺じゃきっと頼りないんだと思う。希々の方がずっと強いし……その、メンタルとか」


 天記は、妹に対してもそんな風なのだ。岳斗はそんな様子を見て、ポリポリと頭をかいた。そして、胸の中にモヤモヤしたものを感じた。

 そういえばさっきも、この不思議な感情に心を支配されそうになった。天記のことを考えると、決まって浮かぶこの気持ちを岳斗は必死にかき消そうとした。



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎


 

 夏休みに入った。去年の夏も暑かったが、今年も暑い。小学生の時とは違い部活があるから、岳斗も天記も竜之介も、なんだか夏休みという気がしなかった。


 しかし、それよりも余計に気が滅入ったのは、毎日のように岳斗の家にやって来る水谷の存在だった。水谷は岳斗を親友だとでも思っているようで、なんの遠慮もなくそれが当たり前のように振る舞っていた。


 岳斗は断ることもできず、一緒に宿題をする為、水谷と日中の何時間かを、そうして過ごすしかなかった。


 いいかげん毎日のようにくるものだから、八月の初めには、すっかりさっぱり宿題も終ってしまった。


 その間、天記は岳斗の前に姿を現すことが出来ず、四苦八苦した。


 お盆もあるし、しばらく忙しいからと、多少無理な言い訳をして水谷の訪問を断ると、岳斗はようやく一息ついたのだった。

 しかし、お疲れなのはこの後だった。お盆の前に道場の土用稽古が待っていたし、岳斗は、天記の宿題も見てやらねば思っていた。




 土用稽古は、早朝五時半から、五日間行われる。神武館道場には道場生全員とたくさんの OBが集まってくる。


 五時。なかなか起きてこない天記を、ようやくベッドから引っ張り出し、とりあえず稽古着に着替えさせて道場まで連れてゆく。

 全く世話の焼けるご主人様だ。

 ついでに希々にも声をかけたが、うるさいと一喝されたので、そのまま置いてきた。


 「もう、水谷来ないよね。岳斗も大変だったね、お疲れ様。時々思うんだけど、うちの周りに張ってある結界ってさ、結局入れないのはエンキだけなんだよね。父さんも、もうちょっと上手く、他のあやかしの類いも防ぐように張ってくれてれば、水谷も入ってこられなかったのに」


 道場へ向かう途中、そんな天記のぼやきを聞いていた時だった。岳斗の心に、またあのモヤモヤとした感情が浮かんで、それは次第に天記に対する怒りの感情に変化していった。


 「いつもそうなんですね。天記さんはいつもそうだ。何もかも人のせい。自分に都合の悪いことは全て人のせいにして、自分で解決しようとは思わないんですか!」


 急に声を荒らげた。

 突然のことにびっくりした天記が、ポカーンと岳斗を見ていると、ハッと正気に返ったように岳斗が謝った。


 「どうしたの?そんな大きな声出して。ケンカなんて珍しいじゃん、岳斗がお兄ちゃんのこと怒鳴るのなんて、初めて聞いたかも」


 後ろからやってきた希々が、通りすがりにそう言いながら、二人を抜かして道場へ歩いて行った。


 「なんか、ごめんな。俺、そんなつもりじゃなかったんだけど。やっぱり人のせいにしてたかな?岳斗がそんなに怒るなんて思わなくて、気をつけるよ」


 天記がやはり気弱な発言をすると、やはり心のモヤモヤはどんどん膨らんで、岳斗はまた怒りの感情に支配されそうになった。怖くなって天記を見ることが出来なくなった岳斗は、何も言わずに一人で道場へ走って行ってしまった。


 「岳斗!」


 一体どうしたと言うのか、天記もまた岳斗の行動を理解できずに、不安な気持ちになった。 


 岳斗はその日一日、天記をまともに見ることが出来なかった。せっかく水谷も来なくなったと言うのに、天記の宿題を見てやる気持ちの余裕もなかった。

 天記も何かを察して、しばらくそっとしておこうと距離を置いた。しかし、常に岳斗のことが気になって、宿題に手をつけることもままならなかった。



              つづく














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