第14話 双子
六月半ば。最近まで新緑の間を爽やかに吹いていた風は、梅雨の重い空気に押しつぶされたように息を潜めてしまった。
水谷は、あの日のことを全く忘れてしまったかのように、学校では至って普通に過ごしている。
岳斗が、試しにあの日のことを話してみたりしたが、上手くはぐらかされてしまった。
普段、水谷の目には普通の中学生と変わらない、生き生きとした光を感じることができた。
しかし、時折瞳の色がクルッと変わり、暗く染まって光を失う瞬間があった。それは決まって天記の話をしている時だった。
岳斗は、そんなことも気になって、竜之介に水谷のことを密かに調べるよう頼んでいた。
そうして何日かが過ぎた頃、竜之介が部活の前に興奮した様子で部室に入ってきた。
「岳斗、天記、水谷のこと色々と分かったよ!」
今すぐ聞きたかったが、ひとまず部活が終わるまでその情報はお預けだ。
三人は全く身の入らない稽古をし、そのせいで部活顧問に叱られた。罰として道場の掃除をさせられ、無駄な時間を使うと、必死で帰宅し帰路についた。
その後、神武館の道場で一時間みっちり稽古をし、三人は岳斗の家の地下室へと降りていった。
みんなで勉強するからと、岳斗の母ルミに話すと、三人分の夕食を用意してくれた。岳斗の部屋に、内側から開けられないよう細工し、こっそりと地下室に運んだ。
部活と道場の稽古とですっかり体力を使い果たし、腹ぺこだった三人は、ルミの作ってくれたハンバーグを無言のままガツガツと食べた。ようやく落ち着いてきたところで、竜之介が本題を話し出した。
「水谷が小学生の時、優秀だったって話だけど、あれって水谷本人のことじゃなかったみたい」
「どういうこと?」
岳斗が、テーブルに覆い被さるように食べながら、上目遣いで竜之介を見る。同じ格好で天記も竜之介を見ていた。
「水谷は、一卵性の双子なんだ」
「双子?」
天記が、食べ終わった食器を片付けながら聞く。
「そう双子。顔も背格好もそっくりだったって。水谷は
その話に、岳斗が目を見開いた。
「だってあいつ今、学年で言ったら三本の指に入るくらい頭いいんだぜ?テニス部でも結構活躍してて、一年生の中じゃ注目されてる」
岳斗は、この何ヶ月かを水谷と一緒に行動してきた。竜之介の言うことは、にわかには信じられない話だった。
「康太っていうのは他の中学に行ったの?」
天記が聞くと、竜之介が怖い顔つきで答えた。
「それがさ、康太は去年、事故で死んだんだって」
岳斗も天記も、竜之介を見つめたまま動きが止まってしまった。
「亡くなったのは去年の今頃だって。その頃から急に水谷の様子が変わったみたいだよ。勉強ができるようになったり、学校でも目立つ存在になってきたんだって、同じ小学校だったやつが言ってた」
「もしかしたら、入れ替わったりしてる?同じ顔だって言うし……」
そう言った岳斗の推理は全く当たらなかった。
「いや、二人には明らかに違うところがあったんだ。兄貴の康太の右の頬には、生まれつき大きなアザがあったらしいんだ」
水谷にそんなものはない。だったらなぜ、水谷は急に人が変わったようになったのか。
(康太の分まで生きようと、ヤル気を出したとか?)
天記が頭の中で考えを巡らせていた時、岳斗が何かを思い出したように一点を見つめて動きを止めた。
岳斗の夢の中に出てくる水谷の顔。いつも暗くて良く見えなかったのだが、右の頬に大きなアザがあった。
岳斗は、背中がスーッと冷たくなるのを感じた。
「それともうひとつ、二人はものすごく仲が悪かったんだって。」
それを聞いた岳斗と天記は、色々な想像をし過ぎて気分が悪くなった。特に岳斗はだ。
とにもかくにも、謎は深まるばかりだった。
つづく
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