第13話 真実の鏡
地下室へ戻ると、岳斗が水谷のことを話し始めた。
「天記さんを意図的に避けてたのには、訳があって。このまま天記さんと一緒にいたら、天記さんが危ないと思ったんだ」
はじまりは、おかしな夢を見たことだった。
自分が知りもしない『ソウルメイト』なんて言葉が出てきたり、夢の中で誰かが、天記と自分の関係を揺さぶるような発言を繰り返す。
『天記はソウルメイトなんかじゃない。あいつが主人だって?お前みたいに能力のある者が仕える奴じゃないだろう。本当のソウルメイトは俺だよ。心の中まで見通せる。いつだって側にいる。お前の悔しい気持ちも、悲しい気持ちも全部分かってやれるのは俺だけだ』
そのうち夢の中の人物が、いつの間にか水谷の姿に変わっていった。
ただの夢じゃないことは、現実の水谷の目を見たときに分かった。まるで誰かに操られているみたいに生気を感じられなかった。
もし、誰かに操られているんだったら、それは怨鬼なのではないかと岳斗は思った。しかし、天記に危険が迫っても、ブレスレットがそれを知らせてくれなかったのはおかしい。
「怨鬼の仕業じゃないってこと?」
天記が聞く。
「しかし、あれは何かに操られているんじゃろう。そうでなければ、あれだけの数のカラスを動かすことなど、普通の人間にはできん話じゃ」
「何に操られてるのか確かめなきゃね」
「どうやって?」
竜之介の問いに、チシャはいとも簡単に答えた。
「真実の鏡よ」
それは、龍神池に映る水鏡のこと。どんな者がどんな姿に変化しようと、たとえ何かが取り
「龍神池をのぞけば、真実の姿が分かるわ」
何処にあるのだと、そこにいる全員が思った。
前にも探した。天記と二人で散々、片っ端から、足が棒になるまで歩いた。龍神池の側にあったっていう聖水の流れる場所は、結局、岳斗の家の風呂場だった。
(じゃあ、風呂が龍神池なのかよ!)
岳斗は心の中で叫んでいた。もう、池探しはまっぴらだ。
「そもそも、池があったのは、はるか昔の話だろ。もうとっくに干上がっちゃったんじゃないの?」
しかし、岳斗のかすかな抵抗は、全く無視されることとなる。
「あるわよ。龍神池」
やっぱり探すのかと、思いながら岳斗と天記がため息をついた時、チシャがクルッと身を翻して人の姿になった。初めてそれを目にした希々は、目を丸くしていたが、それでも兄の変化にもあまり動じなかった子である。すぐに平静を取り戻して、チシャの話に耳を傾けた。
チシャは慣れた様子で、自分のために用意された服を棚から取って着替えると、皆と同じテーブルに着いて話し始めた。
「私が今まで生きてきたのにも、それなりに理由があるのよ。私は、猫になる前からナギ様に仕えていたの。怨鬼が封印された時、一度は紫龍や赤龍と一緒に眠りについたんだけどね。天記が生まれて、私もこの世に送り返されたの」
ナギがチシャに託したのは、幼い天記のことだけではなかった。龍神族の村は、ナギが龍神として存在しなくなってから少しづつ人々が減り、最後には村の長であった、刀良の一族しか残らなかった。
それが、岳斗の祖先というわけだ。
千年以上も前、ナギは文化の発展した人間の世界で暮らさなければいけなかった。
池を守り、森を守り、外界から人を決して入れないようにするため、龍神族の村を丸ごと隠したのだった。
「村がまだあるってこと?どこに?」
岳斗が前のめりになって聞く。
「まぁ、聞いて。ナギ様は、私に幾つかの伝言を残したの」
それを伝える為に、チシャはこの世に戻された。そして、伝言によって、言うタイミングも指定されていると、チシャは言った。
「これは、ナギ様の覚書にも記されてはいない、重要なことよ。龍神族の村は、希々の誕生日にその場所が分かる」
全員が希々の顔を見たが、希々は何も知らない様子で、ふるふると首を横に振った。
希々の誕生日、岳斗や天記が龍神族の村を見つける瞬間を予知して、皆に知らせに来るはずだとチシャは続けた。
「私がナギ様から聞いてるのは、それだけ」
(希々の予知能力って、もうすでに目覚めてるじゃん!)
岳斗と天記は顔を見合わせて、考えてることが同じだと気づくと、同時に希々の方を向いた。
しかし、チシャが察して、その先を遮るようにこう言った。
「無駄よ、誕生日の日までは予知しない。ナギ様がそう言ったんだもの。でも、どうして誕生日より先に予知能力が目覚めたのか、確かに不思議ね」
チシャの話を聞いていた紫龍は、真実の鏡について違う話をし始めた。
「昔、物の怪が憑いた人間に、何が憑いているのか確かめようと、ナギが作った手鏡があったな。龍神池に鏡を沈めて作った物じゃったが、あれはどこにいったんじゃろうの?」
結局、その日はそれ以上の進展はなかった。とりあえず水谷の様子を見張りながら、希々の誕生日を待つことになった。
つづく
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