第12話 引き継ぐ者
鎮守は、長い間ずっと一人で怨鬼の右腕を守り鎮めてきた。
「ずっと一人だなんて、かわいそう。あの子は、自分の村の人を救ったんでしょ」
希々が感じたままを口にした。
「そうだな。しかし、もうひとつの村は無くなった。自分の村は救ったが、だからと言って許されることじゃない。鎮守のせいでたくさんの命が失われたんだ」
珍しく赤龍が会話に入ってきて、その後こう続けた。
「ナギは善良な人間を救ってきたが、時に罪人にも手を差し伸べた。いずれ、地獄へ落ちるであろうほどの、大罪を犯した人間にも。罪を深く悔い改めた者だけ、その魂を救った。だから、皆、最後までナギに忠誠を誓い尽くすんだ。救われた者の魂は、仕える者の魂と共にあり、仕えるものが消える時共に消える」
その言葉は、やけに生々しかった。
それがなぜなのかは、すぐに分かった。
「紫龍も赤龍も同じですものね」
と、チシャが言ったからだった。
皆、一瞬目が点になったが、鎮守の話を聞いた後で、それ以上の事を聞ける勇気のあるものはその場にいなかった。
紫龍は、気まずそうに咳払いをした後、こう言った。
「鎮守の森は人には見えぬ。現れるのは、人の強い怒りや怨みの感情を捉えた時だけ。それは、怨鬼の好物で、封印を解くための鍵になるものだからじゃ」
「それは、私があの時メチャクチャ怒ってから?」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。鎮守の森は同じところへ現れるとは限らん。いつも何処かを漂っておる。しかし、希々の前に現れたのが、ただの偶然とは思えんな」
その後、しばらくの間誰も話をしなかった。
「鎮守……、そうだ」
岳斗が、眉間にしわを寄せながら考え込んで、ふと思いついたように立ち上がり、本棚の端に置いてあったナギの覚え書きを持ってきた。
それは、茶色の皮の手帳でナギが亡くなる前、岳斗と天記のために書き記したものである。
「これ、見てほらここ」
鎮守 …… 引き継ぐ者が目覚めたのち その者の血を与えよ
と、あった。
「それじゃ。わしも赤龍も、天記が赤ん坊の頃には既に天記の体の中におったから、ナギがこの世からいなくなっても天記に仕えていられるが、鎮守には天記の血が必要じゃった」
おそらく、森の中にいれば大丈夫なのかもしれないが、外に出れば一瞬で消えてしまうだろうと、紫龍は続けて言った。もしかすると、森を守る力も弱まってきているかもしれない。
「早く見つけなければ」
岳斗がそう言ったが、どうやって見つけるかもわからず、誰もがまた、押し黙ってしまった。
沈黙に耐えられなくなったのか、それとも、空気を読まない性格のせいなのか、希々が突然、ニヤニヤしながら話し出した。
「あのさ、お兄ちゃんは龍神ナギの子なんだよね。そしたらさ、私も同じだよね。カラスの大群が襲ってくるのだって分かったし、他の人が時間の流れを止められちゃっても、私は止まんなかったしさ。そしたら、私もお兄ちゃんみたいに戦えるってこと?」
希々は、やはり自己中だ。皆が、真剣に鎮守の事で頭を悩ませているというのに。天記は、そんな妹が少し心配になって苦笑いした。
「希々、お前には真実を話さなければならん。ナギの持っていた力について、お前の運命について」
紫龍がそう言うと、希々は目を輝かせ前のめりになった。今までの人生の中で、これほどウキウキするようなことなどなかった。
「天記が生まれた時、ナギは天記に自分の持っている力を全て与えようとした。しかし、所詮天記は、人との間の子じゃった。龍神の力を全て与えるには、器が小さかった。そこで、ナギは与えることができなかった残りの力を、もう一人の子に与えることにした。その力は『予知』、未来を見通せる力、場合によっては見たものと違う結末をもたらす事のできる力じゃ」
「それだけ?お兄ちゃんみたいに変身したり……」
「そもそもお前もナギの子じゃ、体は人一倍丈夫で、風邪ひとつひいたことはないはずじゃ。それに、女にしては並外れた運動神経を持っておるじゃろう」
みるみる眉間にしわがよる希々に構いもせず、紫龍は続けた。
「本当ならば、お前の誕生日を待って話そうと思っておったのじゃが。最後に怨鬼を倒すことができるのは天記だけじゃ、いいか希々。今この時からお前はその力を持って、天記を守るのが使命と心得よ。必要ならば、お前の命をかけても守れ。それがお前の運命じゃ」
それを聞いて、とうとう希々がキレた。
「はあ?何それ!何で一生お兄ちゃんのために生きていかなきゃいけないのよ。バッカみたい!」
希々は怒りに任せて部屋を飛び出すと、岳斗の部屋へと通じる階段を、ダンダンダンと登っていった。
「希々!」
天記が追いかけようとするのを、岳斗が静止した。
「俺が行きます。天記さんはここで待ってて」
立ち上がろうとしていた天記の肩を押さえて、自分が立ち上がると、岳斗は希々の後を追いかけた。
岳斗の部屋では、とっくに外へ出て行ってしまったかと思っていた希々が、立ち尽くしていた。少しうつむいて、一生懸考えている様子だった。追いかけてきた岳斗に気付いた様子で、ちいさな声で話し出した。
「いつもこんな風に怒っちゃうからダメなんだよね。でも、時々どうしようもなく怒りが込み上げてくるんだ。自分でも、押さえなきゃって分かってるんだけど」
岳斗は、後ろから近づいて希々の肩にポンと手を置き、話し始めた。
「それに気付いただけでも、ちょっとは成長だな。俺も、初めはわからなかった」
それから岳斗は自分の置かれている立場や、今まで起こったことを希々に話して聞かせた。
「じいちゃんに、天記の正体を聞いてもピンと来なかったし、自分が天記に一生仕えなきゃ行けない立場だってことも、受け入れられなかった。でも、希々も見ただろ天記の力。すごいだろ。あの力で、前もでっかい敵をやっつけたんだぜ。他にもたくさん力を持ってる。でも、天記はあんな性格だろ?誰かが支えてやんなくちゃ、持ってる力十分に発揮できないんだよ。だから、それが俺たちの役目だ」
岳斗は今までずっと、今の自分と同じ思いを味わってきた。そうして、あの頼りない兄のために尽くしてきた。岳斗の話を聞き終わると、希々は胸の中に溜めたものを出し切るように大きく息を吐いた。
「よく分かんないけど、いつか、自分の持ってる力が、お兄ちゃんの役に立つってことなのよね」
うんうんと、ニコニコしながら岳斗がうなづいた。
「いつもそれくらい素直だと、かわいいんだけどなあ……。イテッ!」
余計な一言だった。振り返りざまに怒った希々が、岳斗のスネを思い切り蹴った。
ふんッと、希々は再び地下室に戻っていった。
「なんだよ!もう怒んないんじゃなかったのかよ!」
スネを抱えてうずくまりながら、岳斗が叫んだ。
つづく
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