第11話 龍神ナギの物語 ⑵

 怨鬼を探すと言っても、何の手がかり無かった。常に闇を求めて、ただひたすらに、西へ西へと続く道を歩いた。


 途中、たくさんの町や村を通り抜けた。すると、少しずつ怨鬼の足跡が見えてきた。ある村では、いつも優しい人物が凶悪な殺人鬼になり、ある町では死者が何人もよみがえり、またある村では、ある日突然火が出て焼け野原になった。普段では考えられないことが次々と起こって、ナギはそれぞれの場所で助けを求められた。


 しかし、今のナギには、人を助けるために龍神の力を使うことは許されていなかった。使っていいのは、自分の身ひとつ。


 殺人鬼は自らの手で捕らえ、死者は再び埋葬して供養し、焼け野原になった村を民と共に働き再興した。


 そうして、怨鬼を追い続けていたある日のこと。ある村にたどり着いたナギは、ひどい日照りに悩まされている多くの民に出会った。川は干上がり、作物は育たず、飢えに苦しみ死の淵に立たされていた。


 もちろん今までならば、龍神の力で、これでもかというくらい雨を降らせただろう。だが、そうはできずに、ナギは人々が死んでいくのを、ただ見ているしかなかった。


 そうしている間も、ナギの心にはいつもマナの姿があった。死んでゆく人々にマナを重ね合わせては、涙を流した。


 そんなナギの姿を、村の幼い少女が遠くで心配そうに見ていた。

 少女もまた、母親と共に日照りや飢えと戦っていた。少女はある日、悲しみに暮れ、泣いているナギに近づいて来てこう話しかけてきた。


 「お腹が空いてるの?これ、ちょっとしかないけど、母さんの分だけあれば、私は大丈夫だから食べて」


 小さな手で、ナギの目の前にわずかな食べ物を差し出した。

 自らも空腹であるはずなのに、差し出した手は痩せ細って、見る影もない。

 ナギは心を震わせた。幼い少女の真心に、マナを失った悲しみが、わずかではあったが癒された気がした。


 ナギは、その小さな手をふんわりと包むと、少女に食べ物を優しく押し返した。


 「私の名はナギ、水を司る神だった。私に食べ物はいらぬが、お前のおかげで胸がいっぱいになった。お前のために何かしてやりたいが、あいにく今の私は何も持っておらぬ」


 そう言ったかと思うと、ナギは地面に落ちていた小さな種を拾った。干からびて、全く芽など出そうもない花の種を持って、少女の前に立った。そうして、悲しみの涙ではなく、喜びの涙を一粒、その花の種に落とした。


 「これは『潤いの種』。この種を持ち帰り、村の土に植えなさい。花が咲く頃、雨が降るだろう」


 少女は嬉しそうに種を持ち帰った。

しかし、その様子をこっそりと見ていた者があった。十歳に満たないであろう少年は、やはり雨の降らない土地で苦しむ他の村の者だった。


 (あの種があれば雨が降る)


 そう考えた少年は、ナギが立ち去った後少女を追いかけ、そしてその種を少女から奪った。


 少女の村に雨が降ることはなかった。


 幾日かが過ぎた頃、そろそろ雨が降って村が潤っている頃だろうと、ナギが村を訪ねた時には、少女は虫の息であった。

 既に母親も死んでしまっていた。

 今のナギには、龍神の力で命を助けてやることも出来ない。


 「種は?潤いの種はどうした。花は咲かなかったのか?」


ナギが尋ねると、小さな消え入りそうな声で少年に奪われたと言い、そのまま息を引き取った。



 少年の村は潤っていた。

花が咲いたその日、その土地にだけ雨が降り、雨水を溜める池はいっぱいになった。


 ナギの怒りは止められなかった。

 少年を見つけるとナギは連れ去った。村から、家族から引き離し、二度と合わせる気はなかった。

 紫龍が、村人の持つ少年に対する記憶を全て消し去って、この世に無かった者とした。


 「お前の村は潤い、これから先、村も家族も幸せに生きられるだろう。しかし、お前の犯した罪は、たとえ子供とはいえ許しがたいものだ。お前は私と共に、この世での罪を償う為だけに生きてもらおう」


 ナギはそう言うと、懐から小さな刀を取り出して自分の指先を切り、自らの血を一滴少年の口に垂らして飲ませた。

 そして、少年の額に手を当ててこう言った。


 「なんじの命は我のものなり 今この時から汝の死は我の手の中にある この世のどんな出来事も汝に死をもたらすことはない 我のためだけに生きよ」


 少年は後悔の涙を流したが、既に遅かった。


 「これより 汝の名は鎮守」



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎


 

 何年もの歳月が過ぎ、ナギが怨鬼を封印したのは、またずっと後の話。


 ナギは怨鬼を封印した後、龍神族の村に戻った。村には怨鬼の右腕が残されていた。怨みが深いせいなのか、その腕はいつまでも生々しく、干からびる様子も、腐る様子もなかった。


 また、どんな刃物や道具を用いても、切り刻むことさえできず、火の中に入れても燃えることもなかった。

 ナギは怨鬼を封印するための力を使って、右腕から水分を全て抜き取り、ミイラのようにした。


 怨鬼はいつか必ず自らの封印を解き、この腕を取り返しにくるに違いない。

 ナギは、右腕を隠すために小さな森を作った。誰の目にも触れることのない、消える森。


 水が一滴もかからぬよう、森には一切雨は降らない。干からびた梛の木の根の塊の中に右腕を隠した。

そして、その森を守り、怨鬼の右腕を鎮める為に少年を森に残した。




 「……と、いうわけじゃ」


 「それが鎮守」


 岳斗が呟くと、紫龍はうなずいた。


 「梛の木の根の封印を解けるのは、潤いの種だけじゃ。鎮守は、その種の在処を知っておる」



              つづく

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