第7話 試合

 会場に入ると、各コートで一回戦目が始まっていた。神武館道場はAチーム・Bチームとも、昨年の成績が良かったおかげでシードされており、二回戦目からの参加となっている。

 中学生の出場チームの数は九十六チーム。決勝リーグを合わせても七度勝てば優勝だ。


 Aチームのメンバーは三年生を中心としていて、大将は部活でも部長を務めている塚本だ。全体的に実力もあり、優勝をねらえるチームと言える。

 岳斗と天記はBチーム。一年生から三年生の混合チームで、岳斗が先鋒、天記が次鋒で出る。

 そして、その後ろにCチーム・Dチームと続くのだが、竜之介のいるCチームは既に一回戦目で強豪チームと当たり、負けてしまっていた。

 

 会場全体の一回戦目が終わると、必然的にチーム数は半分に減る。最後まで試合を見ることなく帰路につくチームもあり、少しづつ会場内の風通しが良くなってゆく。

 二回戦目でも、試合順が遅い天記達Bチームは、ただ待つことしかできず、他のチームの試合を見たり、同じ道場のチームを応援したりしながら時間を過ごしていた。


 Aチームの初戦が、無事勝利に終わったのを見届けると、岳斗は観客席のある方向を見て、ふと思いついたように、天記の手を引っ張って会場の外へ連れ出した。

 そして、体育館のエントランスの隅に置いてあった掲示板の裏側まで連れてくると、天記にこう言った。


 「天記さん、紫龍呼んでください」


 天記が言われた通りにすると、小さな紫色の龍は、一体なんだと言わんばかりに不機嫌な様子で現れた。フワフワと空中に浮かびながら、早く要件を言えと催促した。


 「嫌な予感がするんだよ」


 「水谷のこと?」


 「変なんだよあいつ、なんだか何かに操られてるみたいなんだ。目に全く表情が無いっていうか……、時々すごい怖い顔するし、天記さんのこと話すとメチャクチャ嫌そうだし。なんか人じゃ無いって感じ」


 「もしかして、エンキに操られてる?」


 「違うと思う。もしエンキだったら、これが危険だって教えてくれるはずだし」


 そう言いながら、岳斗は右手のブレスレットををじっと見た。

 以前、エンキの息のかかった子猫を触った時にも、家の前にいたカラスを見たときにも、ブレスレットは岳斗の手首を締め付けて知らせてくれた。

 だが、水谷に対しては、目の前にいても全く反応しなかったのだ。


 「岳斗の気のせいかもって言いたいけど、さっき水谷に会った時、俺も何だか怖かったんだ」


 天記は、水谷に腕をつかまれた時に感じた、背筋が寒くなるような感覚を思い出していた。


 「それで、わしにどうしろと言うんじゃ?」


 エンキが関わってさえいなければ、大したことにはならないだろうと、あまり真剣ではない様子の紫龍は、多少上の空で岳斗に聞いた。


 「もし、水谷が何かを企んでいるんだとしたら、きっとねらうのは俺達が試合をしている時じゃないかと思うんだ。だから、水谷が怪しい動きをしたら、その時は紫龍が時間を止めて」


 「人間の子供に何ができると言うんじゃ。そもそもわしが、こんな人間のたくさんいる場所にフワフワ浮いとって、誰かに見られたりしたら、どう……」


 紫龍が言い終わる前に岳斗が遮った。


 「どっかに上手く隠れてて。それに、もし見られたとしても記憶を消せるでしょ」


 岳斗の生意気な態度に、怒りをあらわにした紫龍だったが、全くの正論に言い返すことができなかった。

悔しさのあまり、口から小さな紫色の炎がボッと出た。



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 岳斗と天記は会場に戻ると、迫る試合に備えて防具の装着を始めた。

 道着と袴の上に、れと胴を着け、ひもが外れないようにしっかりと締める。面と小手と手ぬぐい、それに竹刀袋を持って試合の行われるコートに向かう。


 先鋒の岳斗と、次鋒の天記の二人が面を着けた。面ひもを締める手に力がこもる。

 どんな試合でも同じだが、初戦はかなりの緊張感がある。とにもかくにも、ここを突破しなければ次はない。


 前のチームの試合が終わり、試合開始の挨拶をするため、五人の選手全員でコートの中に入る。相手チームとお互いに礼をすると、先鋒である岳斗だけを残して、四人はコートの端に正座して自分の出番を待つ。


 岳斗と天記のチームは赤。胴ひもの背中の中心部分に、赤いタスキをつけていている。もちろん、相手チームは白のタスキだ。

 通常、審判は三人。主審が一人、副審が二人である。

それぞれが、赤い旗と白い旗を持って、その時一本だと思われた方の旗を上げ、ジャッジする。


 岳斗は相手の選手とお互いに礼をして、コート中央の開始線まで進み、竹刀を構えて蹲踞そんきょした。

 岳斗は、いつ見てもこういった、剣道の一連の所作事しょさごとが美しい。姿勢も良く、動きもスムーズ、堂々としていてそれだけで気合いが伝わってくる。


 良く見ると、コートの周りには結構な人だかりができていた。二階の観客席も、このコートの辺りだけやけに人が多い。しかも、他道場の女子ばかりだ。何人も固まって、その視線が全て岳斗に注がれているのは確かだった。


 小学校の頃から剣道では有名だった岳斗。その上、容姿がいいこともあって、女子の目を引くのは仕方がない事なのかもしれない。


 「始め!」


 主審の声でお互いに立ち上がり、気合いを出す。


 「ヤーッ!」


 岳斗は素早く前へ出て、初太刀しょだちは面をねらったが一本にはならず、ツバ競り合いの形になり、お互いのツバとツバを合わせてどこで引こうか、仕掛けようかとタイミングを図る。

 前後左右に細かく動きながら、岳斗は相手の隙を探した。


 チャンスはすぐにやってきた。相手が、間合いを取ろうと少し後ろに引いた時、岳斗は、一瞬前に出るふりをして、その後思い切り後ろへ下がりながら、相手の面に竹刀を振り下ろした。


 「メーンッ!」


 勢いでコートの端まで下がり、キュッと止まると、その瞬間審判の赤い旗が三本上がった。


 「面あり!」


 キレイな『引き面』が決まると、観客の拍手する中、女子の黄色い歓声が響く。

 岳斗は全くもって落ち着いていて、すぐに開始線に戻ると、主審のかけ声を待った。

 あまりの速さに、何が起きたのか把握できていない様子の相手選手も、少し遅れて開始線に立つ。


 その時点で、試合の結果は見えていた。

 相手選手は、すっかり岳斗の気勢に押されてしまっている。その後の二本目も、相手が面を打ってきたところを、竹刀で受けて面を打つ『返し面』で、岳斗が取り二本勝ち。


 お互いに礼をし、まるで勝って当たり前のように堂々と戻ってくる岳斗。

 コートの角で出番を待っていた天記と、途中すれ違いざまに、お互いの小手と小手でグータッチをしてリレーした。

 次は、天記の魅せる番だ。



               つづく








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