第4話 暗い影

 天記のクラスの二時限目は数学だった。元々、小学校の頃から算数が苦手でよく岳斗に教えてもらっていた。黒板に書いてあることも、先生の話もあまりよく理解できない天記。

 ぼんやりと今朝の竜之介の話を思い出していた。


 (ソウルメイトって、俺にとっては岳斗なのかな)


 そんな存在があるのだとすれば、きっとそれは岳斗だろう。

 同じ目的に向かって歩んでいる。多分、これから先もずっと同じ方向を向いて進んでゆく。

 いつも自分のことを自分以上にわかってくれて、さりげなくサポートしてくれる。口に出さなくても心の内を理解してくれる岳斗という存在こそ、ソウルメイトだと天記は思った。


 「やっぱり、岳斗に数学教えてもらおう」


 何か急に岳斗の顔を見たくなって、天記は放課後、急いで部室に向かった。しかし、そこに岳斗はいなかった。

 部室では竜之介が、先輩たちと楽しそうに話をしながら、道着に着替えていた。岳斗は何処かと尋ねたが、


 「同じクラスのやつと一緒に歩いて行くのを見たけど、どこ行ったんだろう?」


と、間の抜けた答えしか返ってこなかった。

 結局、その日の部活に岳斗は姿を現さなかった。

 そして、部活の最後、部長の塚本が言った言葉に天記は耳を疑った。


 「二宮は、しばらく生徒会の活動に参加するそうだ」


 そんな事全く聞いていないと思った天記は、ソウルメイトなんだとしたらあり得ないだろうと、怒りすら覚えたのだった。



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 次の日から、岳斗は朝の迎えにも来なかった。岳斗が体調不良の時以外、迎えに来なかったことなどない。

 心配になって、岳斗の家に電話しようと思ったちょうどその時、竜之介が天記の家にやってきた。岳斗が朝早く登校して生徒会の活動をするから、天記を迎えに行けと電話があったと言う。

 どうして自分には何の連絡もないのか、天記は怒りを通り越して不安になった。


 部活の後、いつもならば道場で稽古するのだがそこにも来ない。


 (まだ家にも帰っていない様子だし、あとで岳斗の部屋に行ってみようか、もしかしたら地下室にいるのかも)


そんなことばかり考えていて、本当はやらなければならない数学の課題にも、手がつけられない。


 (よし!とりあえず会いに行ってみよう)


 そう思って自分の部屋のドアを開けた時、足元にちょこんとチシャが座っていた。

 チシャは、体をくねらせながら部屋の中に入ってくると、クルッと一回転して人の姿になった。


 「久しぶり、元気だった?」


 天記は急いでドアを閉めた。

 自分の部屋に、見たこともない大人の女の人がいるなんてマズイ。妹の希々ききに見られたりしたら一大事だ。

 しかも天記の部屋には鍵もない。仕方なく天記は、ドアの前に立って廊下の様子を伺うしかなかった。


 「岳斗に会いに行こうとしてたでしょ。岳斗からの伝言よ。しばらくは生徒会の仕事を手伝うから、部活にも稽古にも出られないって」


 そうチシャに言われて、結局会いに行って確かめることもできなくなった。


 (それくらい、電話で話してくれればいいじゃないか、なんでチシャの伝言だけなんだよ)


と、天記はモヤモヤするばかりで、ひとつもすっきりしなかった。


 「天記は最近どうなの?学校楽しい?部活とか、クラスとかうまく行ってるの?」


 チシャがいろいろ聞いてはくるが、いっこうに耳に入らず、なんとなくうなづくだけで全く会話にはならなかった。なんだかどんどん気分が沈んでいった。



      ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 次の日、竜之介と二人で登校すると、岳斗がちょうど生徒会室から出てくるところだった。


 (岳斗!)


 呼ぼうとしたが、岳斗は天記の見知らぬ男子生徒と一緒に笑いながら、天記たちとは反対の方向に歩いて行ってしまった。


 「岳斗と同じクラスの水谷ってやつだよ。中原小から来たやつでさ、学校で一番頭が良かったんだって」


 天記は、岳斗と水谷の背中をじっと見つめた。いつもならとなりにいるのは自分のはずだ。そんな思いが天記の心に暗い影を落とした。


 「あいつが岳斗を生徒会に誘ったみたいだよ。確かに、岳斗みたいな目立つやつと一緒にいれば、他の生徒にも影響力はあるもんな。水谷ってそういうとこも賢いんだな」


 取り残されたような気持ちになった。

 これからの中学校生活、ずっとこんな風なんだろうかと、天記は不安な気持ちでいっぱいになった。



 家に帰って岳斗の家に電話をかけても、風呂に入っていると母親のルミに言われたきり、折り返しも来ない。

 地下室で待ったりもしたが、全く来る気配もない。しかなく、地下室から岳斗の部屋に行こうと階段を上がった。しかし、出入り口になっているはずの本棚は、つっかえ棒でもされているのか、全く動かなかった。



 こうなると、もしかして避けられてるのかと、余計な思考が働き始める。

不安な気持ちは最高潮で、とにかく誰かに話したくなった。


 「紫龍しりゅう


 思わず右手に呼びかけた。

 天記の中にいて、ずっと全てを見ていた紫龍。小言が多くて一緒にいるとうるさいものだから、普段はあまり呼んだりしないのだが、それでも今は聞いてほしい。


 「なんじゃ!めったに外に出してくれんのに、こんな時だけ」


 「ごめん。でも、岳斗、一体どうしちゃったんだろう?」


 「さあな。しかし、岳斗のことじゃ、何か考えがあっての事じゃなかろかの?あまり心配せんで、それより、もうすぐ試合があるじゃろう?中学生になって初めての試合じゃ、そっちに集中してはどうじゃ。少しは気が紛れるじゃろう」


 結局、なんの解決にもならなかったが、そういえば来週からゴールデンウィーク。休み中に道場のチームで出場する試合がある。同じチームで出るはずだから、その時には絶対に会えるはずだ。天記は滅入る気持ちを胸に押し込めて、目の前の試合に向けて稽古に打ち込んだ。



              つづく

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