第3話 ソウルメイト

 入学して一週間。

 学校生活にも少し慣れ、学習の進み具合やクラスの雰囲気も把握できてきた。

 部活動はまだ体験入部の段階で、本格始動ではないものの、二人は剣道経験者ということもあって、すでに防具をつけて上級生と共に稽古に励んでいる。


 男子剣道部は、三年生が十二人、二年生が十四人、それと岳斗、天記、竜之介りゅうのすけ、その他に三人と同じ神武館しんぶかんの道場生の一年生が十三人。

 中学校の小さな道場には余りある人数だ。その上、一年生の体験入部が二十人以上はいるだろうか。今日は特に多い気がした。


 大原中学校は、岳斗と天記が通う神武館道場から来る生徒も多く、剣道部には実力者がそろっている強豪校だ。稽古もそれなりに厳しい。

 体験入部の中でこれだけ人数がいても、稽古についてゆけず退部するものも多い。少しづつ減っていき、そのうち人数は半分くらいになるだろう。


 とにもかくにも、狭い空間に女子も含め七十人以上の生徒が、まるでイモ洗いのように稽古していた。


 部長で三年の塚本啓吾つかもとけいごが、昨日の稽古終わりに、岳斗と天記を前にしてこう言った。


 「うちに見学に来たり、体験したりするやつがこんなにいるってスゴイよ。ただでさえ地味なスポーツだと思われてる。お前らのおかげだな」


 そう言うのには理由がある。

 道場内には、稽古に励む気合いの声よりも、女子の歓声の方が大きく聞こえていた。

 女子の部長である三井友香みついゆかが、見学の女子の前に立って、クッとにらみを利かすと、一瞬だけ道場内が静まり返る。


 (岳斗のせいだよ)


 天記は心の中でつぶやいた。

 そもそも、容姿がいい。

 剣道では全国トップクラス。その上勉強もできるとなったら、女子が騒がないわけがない。

 最近さらに身長も伸び、もうそろそろ百七十センチに手が届く。新入生の中でも一、二を争うほど高かった。


 (目立つんだよ)


 できることなら、二人で並んでいるのを他人に見られたくない。

 天記は稽古中、何となく岳斗から離れていた。


 「地稽古じげいこするよ。相手決めて」


 塚本が指示すると、皆お互いのパートナーを決めて一斉に互角稽古に入る。

 岳斗が、自然と自分に近づいて来るのを察した天記は、素早く竜之介をつかまえて互角稽古を始めた。


 「なんだよ。天記さん」


 岳斗が小さくつぶやきながら立ち尽くしていると、後ろから塚本が声をかけてきた。


 「岳斗、やろうぜ」


 「あ、はい」


 結局、その日は最後まで、岳斗と天記が竹刀を合わせることはなかった。



     ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 朝。

 岳斗はいつものように、天記の家に迎えに行くため家を出た。出たところで竜之介が待っていた。毎日の光景だ。

 天記が少し前を歩く。そのあとを二人で並んでいると、竜之介が口を開いた。


 「岳斗、ソウルメイトって知ってる?」


 「ソウルメイト?」


 あんまり突拍子もないことを言うので、岳斗は少し困惑した。


 「うん、『共通の使命を果たすために、お互いの魂を成長させながら何度も生まれ変わって、何度も同じ時代に出会うことが約束された人』のことだって、ネットで見たんだ」


 「へえ。そうなんだ」


 (だったら、俺にソウルメイトがいるんだとしたら、絶対天記だな)


 岳斗は、話を聞いてそんな風に思っていた。できれば、天記にも同じように感じてほしい。岳斗は目の前にいる天記にそう話そうと声をかけた。


 「天記さん」


 けれど、目の前にいるはずなのに、天記は返事もしなかった。


 「天記さん。天記?」


 たまらず手を前に出し、肩をつかもうとするが、なぜかスルリとすり抜ける。


 (え?)


 何度もつかもうと手を出すたび、天記との距離は広がって、どんどん遠ざかっていく。

 となりにいたはずの竜之介も、天記と並んで歩いて行ってしまう。

 みるみるうちにまわりの景色がゆがんで、暗くなっていった。

 耳元で『カァカァ』とカラスの鳴き声がする。次の瞬間岳斗は突然足首をつかまれて、グッと下へ引っ張られ落ちていった。


 「うわーっ!」


 岳斗はベッドから落ちて目が覚めた。

 ハァハァと自分の荒い息が響く。夢だったと気づくまでにしばらく時間がかかった。



 カラスの鳴き声が窓の外から聞こえてくる。

 立ち上がり窓を開けると、結界の向こう側に一羽の大きなカラスがいた。電信柱のてっぺんに留まって、こちらをじっと見ているようだ。


 すると、岳斗の右手首のブレスレットがクッと締まった。

 岳斗がいつも肌身離さず身につけているブレスレットは、龍神族の長が代々引き継いできた物である。天記や岳斗に危険が迫ると知らせてくれるのだ。

 軽くせせら笑うようなカラスの声に、岳斗はイラッとした。


 「今度はカラスかよ。いつも見てるってことなのか?」


 つぶやいてチッと舌打ちをし、バチンッと窓を閉めた。



       ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎



 通学路。

 岳斗はいつものように天記の家に迎えに行くと、待ち合わせた竜之介と一緒に中中学校への道のりを歩いていた。

 夢で見たのと同じ光景だ。目の前に天記と竜之介が並んで、しゃべりながら歩いている。

 何となく不安になって自分から天記に話かけた。


 「天記さん」


 天記がくるっと振り返り返事をする。


 「何?」


 「今朝、おかしな夢を見たんです。多分またエンキが動き出してると思う。気を付けてください」


 「夢って、どんな夢?」


 「えーと、それは」


 ソウルメイト。夢で見た突拍子もない話。


 (そもそも、ソウルメイトなんてあるわけない)


 岳斗が頭の中でそんなことを思っていると、竜之介が口を開いた。


 「そういえばさ、知ってる?ネットで見たんだけど、ソウルメイトって」


 岳斗の足が止まった。天記と竜之介がそれに気づいて立ち止り、岳斗の方に視線をやると、目をパチパチさせながら、驚いた表情で二人を見ていた。


 「どうしたの、岳斗?」


 「竜之介、前にその話を俺にしたことないよな?」


 そんなはずはないと分かっていたが、聞かずにいられなかった。


 「するもしないも、昨夜、ネットの占いコーナー見てたら書いてあったんだ」


 だったらあの夢はなんだったのか、誰かが自分にあの夢を見せたのだとしたら、一体誰が何の意図でと、岳斗は気味の悪さを感じていた。

 天記も竜之介も、一体何のことかと首を傾げながら歩き出した。竜之介は夕べ見たというネットの話の続きを、熱心にしゃべりながら学校へ向かった。



              つづく

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