08話.[それならまずは]
残念ながら朝まで解放されることはなかった。
なので朝、大慌てで色々準備をする羽目になった。
妹の相手をするって大変なんだとよく分かった1日だった。
でも、今日の私にはお弁当がある。
ただ自分で作ったというだけなのに大変美味しそうだ。
「って、昨日のチャーハンを入れたからほぼそれだけど」
おかずを律儀に温めたり焼いたりしている時間がなかった。
なので、1段いっぱいと2段目の半分までそれで埋められている、あとは卵焼きとウインナーだけという簡素な内容。
これを食べておかなければ放課後にとてもじゃないが耐えられない。
だってまた安里、霞、未来、伊代、私で集まることになっているのだ。
今度は空気を読んで話しかけることにしようと決めている。
「……瑞月さん」
「なに? 伊代も早く食べなよ」
「……この後、ちょっと」
「いいから食べなって、分かったから」
この後になんやねん……。
だけど、伊代と仲良くしておかないと放課後は乗り越えられない。
それにこの空気を持ち込んだらそれ自体が壊すことに繋がるから。
「近くない?」
「だめなんですか?」
今日は母も帰ってくるみたいだから上手くやらないとな。
直接謝罪するのはもちろんとして、ご飯とかも食べてもらいたい。
今回は特に迷惑をかけたからなあ、本当にしょうもないことをしてしまったと思う。それは伊代に対してもそうかもだけど。
「てかさ、伊代は私のことが大嫌いなんでしょ?」
「意地悪……」
「なんで? 伊代が嫌いって言ったり叩いてきたりしたんだよ?」
「も、もう謝ったじゃん……」
さて、今日の放課後はどうなるんだろうな。
今回は霞がみんなを誘った形になるが、そもそも仲直りできたのか?
もし伊代に告白したら伊代はどう答えるんだろう。
ま、付き合うようなことになったらおめでとうと言おうと決めた。
「それで?」
「え?」
「この後、なにがしたいの?」
「いまはまだ……」
あ、ちなみにいまいる場所は最近見つけたところだ。
付いていくと言って離れようとしなかったからしょうがなく一緒に向かうことにしたという形になる。
「食べ終わったでしょ」
「それなら片付けて戻ろうよ」
「それはいいけど、敬語はやめるの?」
「いまはふたりきりだからいいのっ、なんでそんな意地悪ばっかり……」
いや、ただ聞いているだけなのに意地悪認定は困るんですが。
と、とにかく、妹に付き合ってあげないとならない。
「あれ、教室に行くんじゃ?」
「もう、黙って付いてきてっ」
そうか、この前自分が反抗期だったように今度は伊代が反抗期になってしまったということのようだ。
まあしょうがない、人間なんだからそういうときもあるさ。
「で、手を繋ぎたくてわざわざ空き教室に来たと?」
「嫌いっ」
「あ、じゃあやめないとね」
「嘘だよ……なにも言わないでされていてくれればいいの」
霞と安里がどう動くのかがいまは気になるところだった。
そちらはともかく未来と私は安里に嫌われているわけだが果たして。
「瑞月、霞ちゃんにどう返事するべきかな」
「もしかしてもう告白されたの?」
「うん、この前動物園に行ったときに」
保留にしてしまっていたのか。
時間が経過すれば期待度が高まるか無理だと諦めるかの二択。
「まさか途中で帰っちゃうとは思わなくて……」
「それは安里に文句を言いなさい」
これで伊代が受け入れたら余計に拗れるだろうな。
受け入れなくても今度は霞が空気を変えてしまう。
それに巻き込まれることは確定している伊代は被害者でもあると。
「別に突き放すつもりはないんだけどさ、結局それは伊代がよく考えて決めてあげないとだめだよ」
お義姉ちゃんとしては寂しいけどとは口にしなかった。
いま自分が言ったようにそこに他者が入ることはできないのだ。
霞もなんでふたりきりで会うことを決めなかったんだろう。
それとも私達の目の前で好きだと言うつもりなのか?
「戻ろ、放課後までちゃんと考えておきなよ」
「やだ……」
「やだって、まだ授業があるじゃん」
最近のあれから考えれば説得力はないかもしれないが、家に帰ってきてさえくれれば私はそこにいる。
伊代が誰といようと、誰と付き合おうと関係ない。
私の方はそういうのとは無縁の人生だから無駄な心配というものだ。
「最近……一緒にいられなかったもん」
「それは伊代のせいでもあるんじゃないの?」
「そうだよ、だからこそ一緒にいたいの」
こういう雰囲気を出していると霞に逆恨みされそうで嫌だな。
それならここでちゃんと一緒にいてちょっと解消しておかなければ。
「ほらいるよ、手だって握れたままでしょ」
こっちからは残念ながらできないけども。
昨日抱きしめたのは姉としてだからノーカウントにしてもらいたい。
「……き」
「え?」
「あ……今日って制服のままで行くんだよね?」
「そうだね、わざわざ帰るの面倒くさいし」
ギスギス状態になった場合には逃げることのできないファミレスが今日の場所に選ばれていた。
そうなった場合に被害を受けるのはこちらだからなるべく不安の種は潰しておきたいというのが正直なところ。
「見つけたー!」
「「えっ!?」」
よくこんなところが分かったものだと思う。
まあいい、私にはしなければならないことがあったから。
伊代によって握られたままだったから悪いけどそのままで。
「藤崎先輩、昨日まですみませんでした」
「そんなこと気にしなくていいよ、仲直りできたみたいだからね」
「それと、昨日はありがとうございました」
話し相手になってくれたというだけで十分だった。
家に入れるようになったのは自分のせいであり自分のおかげだが。
「それより瑞月ちゃんはなんで手を握られているの?」
「放課後に備えてではないでしょうか」
「放課後? なんかあったっけ?」
「中学生のときのメンバーで集まるんです、未来もですけど」
「へえ、楽しそうだね!」
いや、いまの私としては気が重いぐらいだった。
行かなくていいのならそれを選んで母に早く謝罪をしたい。
大体、霞と安里と伊代だけで集まればいいと思うんですけどと不満ばかりが出てきてしまう。
「ねえ、私も行っていいかな?」
「え、つまらないと思いますよ?」
「大丈夫大丈夫っ、邪魔しないようにするからさ!」
それなら私は先輩と一緒にいようかな。
なにかを食べてもらってお金を払わせてもらえば少しはお礼ができる。
「それなら一緒に行きましょうか」
「うん、行くー!」
放課後になったら校門で集合という約束を交わす。
先輩はそれで満足したのか空き教室を出ていった。
「伊代、私は別の席で先輩といる――」
「だめっ」
と言っても、向こうも先輩も気まずいだろう。
それとも、安里霞伊代、未来私先輩という形にするか?
そもそもこの様子だと離れることは不可能そうだし。
「じゃあこうね」
「だめだよ、安里ちゃん霞ちゃん未来ちゃんにしよう」
「いや、それ空気読めなさすぎだから」
そりゃ伊代が隣の方がいいに決まっているが駄目。
「言うこと聞きなさい」
「やだ……瑞月の横がいいもん」
結局、今日のそれは主である霞が決めることだ。
なので私は考えることをやめておいた。
「いえーい、藤崎真希でーす!」
「吉岡瑞月」
「え、あ、吉岡伊代です」
霞が怒っているような感じはしなかった。
明るさMAXで同じように自己紹介をしただけ。
「ね、ファミレスに入ったらどうやって座るの?」
あ、先輩が代わりに言ってくれて助かった。
「それなんだけど、あっちゃんの横に瑞月と藤崎さんでいいかな?」
「瑞月ちゃんの横ならオッケー!」
「別に私も文句ないわ」
安里を問答無用で遠ざけてきたぞ。
本人もそれで納得してしまうところが意外だった。
ちなみに、伊代未来霞という構図になったみたい。
向こう側の3人がジュースを注いできてくれるみたいなので頼む。
「安里、良かったの?」
「別にどこに誰が座ろうと関係ないじゃない」
「なになに~? もしかして安里ちゃん、霞ちゃんが好きだったり?」
「好きですよ」
「おぉ。だけど霞ちゃんは伊代ちゃんが好きか~」
すごいな、察しが良くて。
あとは単純にコミュニケーション能力の高さがよく分かる。
相手を不快にさせてしまうことの多いこちらとは違うと。
「はい、あっちゃんと藤崎さんにはコーラを」
「ありがと」「ありがとー!」
「瑞月さんにはメロンソーダを注いできました」
「ありがとう――ん? 未来のそれはなに?」
「私のは紅茶だよ、温かいやつ」
「お、後で私もそれを飲もうかな」
さて、これからどうなるんだろう。
霞は今日、なんのために私達を集めたのか。
「それで霞ちゃん、きみ達は今日なんのために集まったの?」
本当に先輩はすごいなあ、すっごくありがたい。
「私はこの前、伊代に告白したの」
「おぉ、それでそれで?」
「だから今日は伊代に正直なところを言ってほしくて来てもらったの」
先輩から聞かれていても構わないといった感じで淡々としている。
「ちょっと待って、それならなんで私達は呼ばれたの? 瑞月ちゃんだっておかしいって思うよね?」
このタイミングで名前呼びとは未来も面白いことをしてくれるな。
でも、言いたいことは分かる、正直に言って私達は必要ない。
本人達同士で話し合う必要があるというだけなんだから。
「うん、なんで呼ばれたのか分からない」
「私も同じよ、なにもわざわざそんなこと私達に知らせる必要ある?」
仮に友達だからと教えるとしても後でいい。
霞の考えていることがよく分からなかった。
「とりあえず、伊代ちゃんはどうなの?」
先輩が聞いたことにより少しだけ前に進む。
「正直なところを言っていいんですよね?」
「うん」
どうやらここで言うことを決めているみたいだ。
なので未来も安里も特になにも言わなくなった。
横にいる先輩は楽しそうに、未来の横にいる霞は不安そうに。
「私は瑞月さんが好きなので受け入れられません」
「おぉ、それならなんで保留にしたの?」
伊代が正直なところを言った後も冷静に先輩が対応してくれていた。
横にいる安里は机の下で思いきり手を握っている。
出している雰囲気で喜んでいるわけではないことはよく分かる。
「……でよ」
「安里さん?」
「なんでこんなやつを選ぶのよっ、霞の方がいいじゃない!」
そういうことだったんだ。
霞が伊代を好きならって安里は割り切っていたんだろう。
なのに結果がこれだった、しかも相手は自分の嫌いな女だった。
そりゃ割り切れるわけないよな、怒りたくもなる。
「いいよあっちゃん、こうしてはっきり聞けただけで満足しているから」
「霞……」
その内側は満足なんてしていないだろう。
こういうときは思っていなくても口にしてしまうのが彼女だ。
「やっぱり分からない、私まで呼んだ理由ってなに? 伊代ちゃんがいるから瑞月ちゃんを呼んだというのは分かるけどさ」
「それはこうしてみんなで集まりたくて……」
「でも、恋愛感情を持ち込んで空気をめちゃくちゃにするよね、なんで純粋に遊ぶってことができないの?」
確かに、やっぱりこういうのはふたりきりですればいいと思う。
複数人を集めてそういうアピールをするって意味が分からないし。
「未来、黙りなさい」
「安里ちゃんは1番聞きたくない立場だと思ったんだけど?」
「いいから行くわよ、藤崎さんも付き合ってくれませんか?」
「いいよー、それじゃあお金はここに置いておこう!」
自分がしなくても今度は誰かが壊すと。
いや、未来の言いたい気持ちはよく分かるからな。
「行っちゃったね」
「そうですね」
ここに残れる霞のメンタルがすごい。
後者だったってことか、無理だと思っていたけどというやつ。
「なにか食べる?」
「私はいいです、今日はお母さんが帰ってくるので」
「瑞月は?」
「私もいいかな、お母さんとご飯を作るつもりだから」
「そっか、それなら早く帰ってあげたらどうかな」
特に残ろうとはしなかった。
お金を置いて外に出る。
「伊代の方に連絡ってきた?」
「まだきてないよ」
「そっか、じゃあ焦らなくてもいいかな」
それなら答えてあげないといけないか。
「伊代」
「瑞月が好きっ」
「うん、聞いた」
恋人繋ぎだったのはそういうことだったのだ。
そうか、義妹は義姉を好きになってしまったのか。
「後悔しない?」
「しない、ちゃんと気持ちをぶつけられないことの方がしてたよ」
「いいよ、それならまずはお母さんに言おっか」
歩いていたら横からがばっと抱きつかれた。
正直に言って踏ん張る力があまりないからやめていただきたい。
「いいのっ?」
「いいよ」
「瑞月大好きっ」
この前大嫌いだと言ってくれたのになんだこりゃ。
まあ、伊代は依然として大好きな匂いでいてくれているからいいか。
「た、ただいま帰りました……」
「おかえり」
約1時間後、母が帰ってきた。
少しだけやつれた感じがしているが、不健康というわけでもなさそう。
「瑞月……ごめんね?」
「ううん、私こそごめん!」
「ごめんねえ……」
その後は母と一緒にご飯作りをした。
終わったらコタツに入ってみかんを食べて。
「え、付き合うことにしたのっ?」
「うん、そういうことになるかな」
「もう、じゃああの喧嘩はなんだったの……」
「さあ、まあ必要だったんじゃない?」
一緒に入って寝ている伊代の頭を撫でつつ答えた。
喋っていても可愛げがあるから得しているなと思ったのだった。
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