06話.[上辺だけのもの]

 元からではあったが未来は話しかけてこなくなった。

 それでも伊代と交わした約束は律儀に守っている。

 伊代が未来や藤崎先輩、他の子と楽しそうにしていても関係ない。

 ただ自作のお弁当を食べて適当に時間をつぶすだけ。

 結局、霞とのことはなにも教えてくれなかった。

 私はあれで決めたことがある、もう複数人では出かけない。

 そもそも安里や霞が誘わないか、その点だけは最高だな。


「やあやあ」

「こんにちは」


 教室で先輩と話すのはなんだか不思議な気分だった。

 いつも「さっみー」と文句を言いながらも寒いところに来るのが先輩だったから余計に。

 分かっているのは教室だと生き生きとした顔だということ。

 そりゃそうだ、ここには未来も伊代もいるんだからな。

 私は約束も果たしたので教室から出る。


「ちょいちょーい、逃げなくてもいいじゃん?」

「違いますよ、やっぱり教室は好きじゃないんです」


 伊代の要求は教室で食べてくれというものだったから大丈夫だ。


「それって伊代ちゃんが他の子と仲良くしているから?」

「いえ、それはもうあんまりないんです」


 それどころか早く大切な子を見つけてほしいとすら思う。

 未来や霞だったら安心できるかなと考えているぐらい。

 あ、先輩でもいいか、ピーマンが嫌い以外はいい人と言えるし。


「なるほど、実は私も同じなんだ」

「え、先輩も教室にいたくないんですか?」

「うん、だってつまらないから」


 それじゃあ伊代達のところに来たくなるわけだ。

 ずっと前から関係があるみたいだから求めたくなるかな。


「友達、誰もいないんだ」

「それは嘘ですね、私でも分かります」

「残念ながら同級生の友達はいないんだよ、だ・か・ら、伊代ちゃんや未来ちゃんには助けられているというわけ」


 先輩は変な風に考えすぎているだけだと思う。

 考え方を変えれば友達なんて簡単にできる。

 私とは違うんだから必要なのはそれだけだ。


「それでお義姉ちゃんはどこに行くの?」

「特に目的地はありませんよ、なので戻ってください」

「ひとりが好きなんだ」

「そういうわけではないですけどね」


 気の利いたことなんて言えないからあんまり一緒にいたくない。

 が、ひとりなのも嫌だった、なんか惨めな存在みたいだから。

 そういうのもあって無視はしないでいるということになる。


「はぁ……未来の言う通りでもあるのかな」


 確実に遊びに恋感情なんか持ち込んだ安里と霞の影響もあるものの、一緒にいるのに誰かに指摘されるまでなにも話さないというのはなあ。

 自分はこういう生き方をしているのに誘った向こうが悪いみたいな言い方をすればそりゃ嫌な気持ちになるよなといまさら気づいた。

 まあいい、次からは行かないでやればいいだろう、誰も求めてない。

 というか、約束を律儀に守って教室で食べようとしている自分も馬鹿だと言うか、見ているだけの人間でいられない中途半端な自分の心に軽く辟易としていた。

 まだ時間があるのをいいことに外にやって来ていた。

 いつもの場所とは違う、ただ適当に移動していいところ探しをする。

 どうせなら誰にもばれないところがいい、やっぱりひとりが好きだ。

 誰かといると無駄に頭の中をごちゃごちゃにさせることになるから。


「ここかな」


 逆にグラウンドの向こう側、つまり校舎から1番遠いところがベスト。

 冬のお昼に遊ぶような生徒は中々いないからばれることもない。

 また、仮に誰かが来たとしてもそれが吉岡瑞月とは分かるまい。

 自己中心的な生き物だから自分だけが我慢させられるって嫌なのだ。

 教室で食べるように言っておきながら特に来るわけでもないってどういうことやねん。

 そもそも教室がそこそこやっかましい理由を作っているのは伊代だ、あの子が来るからクラスメイトが盛り上がって私があそこにいたくない理由を作っているという形になる。


「瑞月」

「はっ!?」


 後ろから話しかけられて飛び上がりそうになったのを我慢。


「なんでここにいるの」


 月曜日というわけではないけど平日、水曜日だと言うのに。


「今日の放課後、時間ってあるかな?」

「伊代とのことならなにも言えないよ」


 恋愛なんて結局大事なのはお互いの気持ちだ。


「違う、あっちゃんのこと」

「安里とのことだってなにも言えないよ」


 一緒にいたくすらない。

 文句を言うぐらいなら誘うなという話。

 逆に中学時代は伊代とばかりいてくれてありがとうと言いたい。


「喧嘩したんだ」

「へえ」


 もう伊代のことが好きなんだからそちらだけに意識を向けるべきだ。

 伊代を狙いつつ友達とは仲良くなんて贅沢すぎる。

 それに相手が悪い、自分が好きな女に我慢しろと言っているようなものだから。


「ねえ、瑞月はどうしたらいいと思う?」

「安里と縁切ったら? 伊代のことが好きならそうするべきだよ」

「な、なんでそんな酷いこと……」

「私だったらどう思うって聞いてきてそれって随分勝手だね、というか、霞にとって私ってなんなの?」

「なんなのって……小学生のときからの友達……」


 こちらは一応友達扱いしてくれていたみたい。

 その割には霞も伊代や他の子とばかりといたけどね。


「ま、私だったらそうするかなってだけ、そんなの霞の自由にしなよ」


 うん、絶対に自分にも離れられる理由がある。

 でも、そう考えつつも貫いて教室に戻ることにした。

 これまで我慢してきたんだからある程度は言わさせてもらえなければ我慢ならない。

 うんまあ、私なんて矛盾まみれの生き物だからすぐに意見が変わるものさ。


「おかえりなさい」

「うん」


 怒られる謂れはない。

 邪魔はしないから他の子と楽しくやってほしい。


「待ってください瑞月さん」

「なに?」

「約束、明日から守らないという顔をしていますが」

「うん、それ正解」


 やっぱり教室は駄目だわ。

 屋内特有の寒さ云々は本当だがそこまで重要じゃない、やっかましい空間でご飯を食べなければならないということが辛いだけ。


「許さないと言ったはずですが」

「知らないよそんなの、勝手に怒っておけば? そもそも伊代に私は必要ないでしょ、同じ空間にいようがいまいが変わらないもんね」


 わざわざ追ってこないのがその証拠だ。

 そのくせ、帰ってきたらちくりと指摘するとか質が悪い。


「許せないならそれでいいんじゃない? 好きに縁を切るなりなんでもしてくれればいい、だめだって言っても結局決めるの伊代だし」


 ドライと言うかなんと言うか、単純に面倒くさいだけなんだろうけど。


「縁を切るって私達は家族なんですよっ!?」

「別にそれでもやりようはあるでしょ? それに決めるのは全部伊代だってば。だから好きにしたらどうかって言っているの、とにかく、私はもう守るつもりはないからね」


 学校でぐらい嫌な気分にさせないでくれよ。

 そうでなくても自分と同じく勝手組である霞や安里の件であれなんだから。

 しかも彼女に原因がないわけでもないのだ、しかも無自覚にだぞ。

 巻き込まれるこちらの気持ちも考えてほしかった。


「まだなにかよ――」

「瑞月さんなんて大嫌いです!」


 騒がしくしたことを謝罪してから席に座る。

 遅かれ早かれこうなっていたんだから気にするな。

 ……それでも今日はなにか甘いものでも買っていこうと決めた。




「ねえ、瑞月」

「はぁ、どうすればいいの?」

「ちょっとファミレスに付き合ってほしい」


 律儀に校門のところで待っていた霞に付き合うことにする。

 今日はお使いとか頼まれていないから早く帰っても意味ないし。

 中と外の温度差でお店の窓は結露が凄かった。


「で、霞はどうしたいの?」

「私はあっちゃんと仲良くしたいよ」

「それならそう言うしかないでしょ。あ、それでもちゃんと伊代が好きなんだと言いつつだけど」

「と、というかなんでそれを知っているの?」

「見ていれば分かるよ、反応が露骨すぎ」


 注文して運ばれてきたアイスを食べつつ目の前の霞を見る。

 まあ、私個人の感想を言わせてもらえば伊代の隣に相応しいかなと。

 同情とかじゃない、ちゃんと友達同士に見えるからいい。


「仲直りするの、協力してくれないかな」

「安里と? 残念だけど私は嫌われているから」


 いや違うか、正直に言って会いたくないんだ。

 普通、誘わなければ良かったなんて本人の前で言わない。

 恋は盲目と言うけれど、その相手に振り向いてもらえない焦りや不安、悲しみがあるからって他人に八つ当たりしてはいけないんだよ。


「私は自分さえ良ければいいんだよ」

「…………」

「そもそも私に頼るのが間違ってる」


 友達なんて所詮は口だけのもの。

 利用されるためだけに側にいるなんて耐えられない。


「……だから縁を切ればいいなんて伊代に言ったの?」

「その方が霞も気楽でしょ、少なくとも焦れる要素はひとつ減る」


 これから早めに登校か、それとも限りなく遅く登校か。

 学校のときは教室から抜け出ていれば顔を見なくて済む。

 下校は元々ほぼ一緒にしていないから自由だし、家に帰ってからは部屋にこもっていれば問題ない。

 ご飯も同じ時間に食べるのを避ければお風呂の時間も被ることはない。

 あ、そうだ、お父さんと食べればいいんだ、流石にひとりじゃ寂しいしね。

 そうすればその間に上手くやるだろう、大切な子だってできる。

 全てそうだ、姉として私が避けていればそれでいいのだろう。


「ごめん、なんにも力になれなくて」

「……力になりたくなくてじゃなくて?」

「そうとも言うかな。勝手に嫌ってよ、そもそも私達は友達じゃないし」


 お金を置いて店外へ。

 これで帰ると遭遇するから本屋にでも寄ることに。

 適当に歩き回って気になる本を探して、見つけたら少しだけ内容を確認して。

 残念ながらこれでもまだ18時だ、少なくとも20時までは外にいなければ駄目だ、というか面倒くさいから。


「やっほー」

「どうも」


 先輩と遭遇したけど情報が筒抜けになる可能性が高いから頭を下げてから気にせず歩きだすことにした。

 先輩は今日のお昼みたいに追ってきたものの、適当に反応をしていたらいつの間にかいなくなっていた。

 結局、玄関前で時間をつぶすことに。

 向こうにいると無駄遣いをするし、変なのに絡まれても嫌だから。


「ただいま」

「おかえり」

「鍵がないのか?」

「違うよ、外にいる方が好きなだけ」


 どうせすぐにばれるだろうが喧嘩をしたなんて言わない。

 これは喧嘩じゃない、一方的に絡んだ結果のようなものだ。

 明日からは教室で時間をつぶすことにした。

 親、友達じゃないけど多分友達、それらに見つかると面倒くさい。


「瑞月、中に入って来なよ」

「まだいい、お母さんはお父さんの相手をしてあげて」

「……伊代と喧嘩したんだって? 帰ってきたとき泣いていたけど」

「関係ないよ」


 母が心配してくれたところでなにが変わるわけでもない。


「私のことはいいからお父さんや伊代のことを見てあげて。というか、私のことは放っておいて、家事だって全部自分でやるからさ」


 確実に空気を悪くするのは自分だと分かっている。

 被害者面するつもりはない、散々やってきたから家事だってする。

 部屋とか道具とかお風呂とか、そういうのを使わしたくないということならもうしょうがないけど。


「早く入りなよ、風邪を引かれても嫌だから」


 父は当然母の味方をする。

 当たり前だ、自分の好きな人なんだから。

 とにかく、どちらかがそういう判断をすれば出ていくしかないわけで。

 出ていったところで泊まらせてもらえる家もないわけで。

 私の目標である最低50歳まで生きるというのは叶えられなくなるか?


「……来なさい」

「え?」

「来なさい!」


 ……無理やり引っ張られて駄目だった。

 いつもはあんまり力が強くないくせにこういうときだけはもう……。

 連れて行かれたのはまさかの伊代の部屋の中央、今回ばかりは母も側に座ってこちらを見てきていた。


「……瑞月なんて嫌いっ」

「私も嫌いだよ伊代なんて」


 友達みんな取って、それだけではなく他の子、人からも好かれていて。

 こちらにだけは要求して、自分だけはなにも守らないで。


「仲直りしなさい」

「嫌だ、仲直りするぐらいなら出ていく」

「瑞月!」

「分からないんだよ私の気持ちなんて、だって本当のお母さんなんかじゃないんだから」


 そりゃ本当の娘である伊代の味方をするわな。

 リュックを持っているのをいいことに家を飛び出した。

 なんでもいいことばかりではないのも知っている。

 風邪とかに効く薬だって副作用があるぐらいだ。

 いいこともあれば悪いこともあるのは当然なんだ。

 でも、いいことばかりを求めようとするのが人間で。

 特に私みたいになんにもない人間はそういうのを見たがるもので。


「ここでいいや」


 裏で寝てれば誰も文句を言わないだろ。

 体育のときに使ったジャージをかけて寝ることにする。

 稼いでくれているのは父だ、母に偉そうにされる謂れはない。

 伊代の味方ばかりをする母なんかには特に、前々からそうだった。

 結局、3年以上も一緒にいて家族になんてなれていなかったということ――と言うより、邪魔だったんだろうなと予想ができる。

 興味があるのは父だけだ、自分と血の繋がっていない子どもと誰が深くまで仲良くしようというのか、それだけで済む話だろう。

 さっさと寝ればいいのにそんなことをごちゃごちゃ考えていたら朝になってしまった。

 汗ふきシートで肌を拭いて学校へ向かう。

 さて、これからどうしようか。

 20時まで時間をつぶせばいいというだけではなくなってしまったが。

 しかも全部自分がきっかけを作ったから逆に面白いぐらいだが。

 食事は、入浴は、洗濯は、どれが欠けても人として詰むのは簡単だ。

 自己中心的で考えなしで、本当にどうしようもないなと呟く。


「いたっ」


 誰かと思ったら先輩だった。

 他には目もくれずこちらに一直線。


「昨日どこにいたの?」

「家の裏です」

「ま、まさか、外で寝たの!?」

「まあ、頼れる人もいませんでしたからね」


 面倒くさいな、情報が回っているなんて。

 嫌いだと言った伊代がするとは思えないし、母か。


「ばか!」

「そうですね、自分でもそう思いますよ」


 本当の母じゃないから分からないなんて言うべきではなかった。

 本当に思っていることではあるが表面上だけでも誤魔化せばよかった。

 いまとなってはあそこで飛び出るよりも伊代に適当に謝罪をして部屋にでもこもった方がマシだったから。


「放っておいてください」

「そんなことできるわけ――」

「そんなこと言って結局なにもしてくれないじゃないですか」


 心配しているフリなんて誰でもできる。

 もうそういう上辺だけのものに疲れたのだ。


「もう来なくていいですから」


 いっそのことみんなに嫌われてしまった方が楽だ。

 ドライというか、中途半端になると途端にリセットしたくなるようなどうしようもない考え方の自分。

 面倒くさいのだけはごめんだった。

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