05話.[変わりはしない]

 今日は伊代と夜ふかし中だった。

 藤崎先輩のときと違う点は、ベッドで一緒に転んでいること。

 私達は家族なんだからなんらおかしくはないからね。


「もう、ぎゅっと握りすぎ」

「いいでしょ……」


 安里や霞、学校では未来や先輩と自由に仲良くしている彼女がどうしてこう「普段は相手をしてくれないからこういうときは」みたいな反応を見せてきているのかは不思議だが、まあ拒むことはしない。


「ね、ちょっと反対向いて」

「うん」


 そうしたら後ろから抱きしめて寂しさを紛らわせておく。

 こうすればダイレクトに匂いを嗅げるというやばい考えでもあった。


「伊代、安里や霞となにを話したの?」

「また前みたいに遊びに行きたいねって」


 そういえば友達に戻ったんだっけ。

 でも、また誘われないで終わるのが容易に想像できてしまう。


「というか、そこまでして手を繋ぎたいの?」

「だってさ、瑞月は私のこと後回しだし……」

「は? それは伊代でしょ」

「違うもん、毎回外に逃げるし……」


 恋人繋ぎなのはどういうつもりなんだろうな。

 とにかく、学校では他の子とばかりいて相手をしてくれないのは彼女の方だが、後回しにしているように感じるということならこのままにしておこうと思う。

 メリットがないわけでもない、こうして密着していられる間は求められるからだ。


「あんまり言いたくないけど、外で食べるのやめてほしい」

「それなら教室で食べればいいの?」

「うん」

「いいよ、伊代がそう言うなら」

「約束だからね? 破ったら許さないから」


 別に破るつもりなんてない。

 突っぱね続けて嫌われるよりかはマシだから。

 屋内特有の寒さや賑やかさは我慢してあげよう。

 そもそもメインではなく見ていられればいいんだからね。

 ……伊代が他の子と仲良くしているところを見るのは複雑だが、いずれは直視しなければならないのだから先か後かというだけだし。


「ね、伊代」

「ひゃっ、な、なにっ?」

「早く大切な子を見つけてね、おやすみ」

「瑞月……? あ、おやすみ……」


 やっぱり関わっている子の中でなら未来かな。

 それか霞? いや、これから仲を深めて先輩でも楽しそうだけど。

 ただ、好きになっても相手に届いていなかったら意味はないと。

 恋愛って難しい、1度も体験したことがないからというのもある。

 私にもいつかそういう存在が現れてくれればいいな。

 これでも一般的な女をやっているつもりなんだからと内で呟いた。




 1週間が経過した頃、久しぶりに集まることになった。

 安里、霞、未来、伊代、一緒にいると中学1年生に戻った気分になる。

 まあ高校1年生だからあんまり間違ってないけどと内で呟いていたら歩き始めたので付いていくことに。

 私は意図することもなく金魚のフン状態。

 でも、2、3年生のときはこれが普通だったから気にならない。

 今日はどうやら未来の提案により動物園に行くようだ。

 安里や霞が不満そうな顔をしているわけでもないからギスギスすることもないだろう、伊代なんかずっと><こんな風な目をしていて大興奮みたいだしね。

 ただね、バスで当たり前のようにひとりになったのは悲しかったよ。


「おぉ、ここは何回来てもいいね!」

「そうね、入場料も620円で安いし」

「凄く久しぶりな感じ、伊代ちゃんは?」

「私もです。でも、人が沢山いすぎないのもいいですよね」


 もう外で敬語をやめてしまえばいいのにとは思ったが指摘はせず。

 とりあえず私はここでも金魚のフン状態を継続する。

 流石にはぐれてそのまま放置されても困るし、逆に心配されて雰囲気をぶち壊しても嫌だったから。


「お、チンパンジーだって」

「霞も昔は木に登るの好きだったわよね」

「うん、高いところが好きだったんだよ」


 それでも最近はもう大人だからと口にしているが、キャラ物の下着をまだ履いているお嬢さんがよく言ったものだ。

 ま、熊さんは可愛いからしょうがない、一時期はリ○ックマとか人気になったぐらいだからね――あ、別に盗み見たとかではなくて安里が大きい声で言っていたからだけど。


「ライオンさんはゆったりとしていますね」

「飼い殺しをされるってつまりこういうことよね」


 親が過保護だった場合はこうなるのかな。

 友達も自由に作れない、勉強、習い事、親が求める理想通りの生活を求められる。

 期待に応えられなければ使えない扱いをされるものの、やはり家からは出られずに顔色を伺いながら生きるしかなくなると。


「私達は見られればそれでいいけど、檻の中の動物はどんな気持ちなのかしらね。もし動物の言葉が理解できていたらいま頃、大変なことになっていると思うわ」

「ちょちょ、動物園に来てそういうリアルなこと言うの禁止! だって結局そんなのは偽善じゃん、だって私達は見に来ちゃっているんだから!」

「そうね、あんたの言う通りね」


 もし私が猿やライオンとかだったらすぐに死にそうだ、それであっという間に自分のことを忘れられていきそう。


「あ、ちょっと3人は先に行ってて」

「「「はーい」」」


 靴紐でも解けたかと思ったら目的は私だったらしく両肩が掴まれる。


「あんたなんで一言も発しないの」

「いないもの扱いしてきたのはそっちなんだけど」


 動物園でいいよね? という確認さえなかったんですけど。

 当たり前のように霞と安里、伊代と未来が座ってしまって他のお客さんと座ることになったんですけど。


「あと、気にしなくていいから、見ている方がいいんだ」

「……あんたは昔から変わらない」

「だから嫌だったの? 伊代ばかりと遊ぶようになったの?」

「そうよっ」


 そうなのかよ……。

 空気を読んで出しゃばらないようにしているのが悪いって難しい。

 そもそも伊代の前に未来もいたから自分も一緒のように話をしてしまったら混乱してしまうだろう、だから聞く専門でいたというのに。


「分かっているなら誘わなければ良かったんじゃない?」


 今回誘ってきたのは目の前にいる安里だ。

 伊代がではなく自分がしたというのに文句を言われても困る。


「……なんでそんなこと言うのよ」

「え、だって合わない人間がいても嫌でしょ? いいから行きなよ、あたしは勝手に帰ったりしないからさ、無視だってするつもりもないよ」


 実はこの安里、霞のことが好きなんだ。

 だから伊代と仲良くされるのは相当なプレッシャーになると思う。

 伊代は誰にでも優しさを見せてしまうからなあ……。

 とりあえず、ゆっくりを続きを見ていくことに。

 色々な種類の鳥がいるコーナーにやってきた。

 糞の匂いは気になるけど基本的にこんなのだから意識はしないでおく。

 私はケチくさいからこういうところで飲み物を買ったりはしない。


「自前の水筒~」


 人がいないのを確認してから言ったから大丈夫っ。

 ふぅ、安里はあんまり積極的にいけてないようだ。

 依然として伊代と霞が並んでおり、彼女はその後ろを歩いている。

 常識はあるから3人で横並びしてはならないと遠慮したんだろうな。

 ……しょうがない、ちょっと余計なことをするか。


「伊代、ちょっと」

「はい? 分かりました」


 伊代を引っ張ってふたりで見させることにしたまではいいんだけど。

 ちらちらと霞がこちらを確認するようになった。

 ああ……、考えたくもないが安里にとっては三角関係ということか!


「ごめん伊代、やっぱり戻って」

「わ、分かりました」


 すまない安里、私にはなにもできそうにない。

 それより未来が今日、口数が少なめだ。

 遠慮しているのか? そういうのにすぐに気付けるとか?


「吉岡さん」

「未来」


 この未来も伊代のことが好きだったら泥沼化だな。


「今日見ていて分かったんだけど、霞ちゃん、伊代ちゃんのことが好きなんだね。その霞ちゃんのことを好きなのが安里ちゃん、難しいね」

「未来は?」

「私? 友達としてはみんな好きだけどね」


 こういう風に誤魔化すタイプもいるから分からない。

 ただまあ、そういう風に意識している人間がいると基本的にこういう集まりは上手くいかないんだよな、本人は隠せているつもりでも空気にありありと出てしまうからだ。


「吉岡さんは?」

「この感じだよ? そもそもそういう立場にいないでしょ」


 誰を狙っても誰かと戦うことになる。

 真剣になっても本人が振り向いてくれるという保証もない。

 それまでずっと苦しい思いを味わうことになるなんて無理だ。


「それより未来、今日は全然話してないけどどうしたの?」

「それは吉岡さんも同じだと思うけど」

「だから、私と未来達は違うんだって」

「勝手に違うとか考えないでくれないかな」

「それなら勝手に同じだとか考えないでくれないかなって言われたらどうするの? まさかなにも言われないとでも思ってるの?」


 はぁ、いまは一緒にいるのやめよう。

 そうしないと駄目だ、悪いけど未来にはあそこに加わってもらう。

 金魚のフンは自分だけで十分なのだから。

 それにそもそも分かっているはずなんだけどなあ。

 私がこういう考えをするってこれまでもしてきたんだからさ。


「ねえ、ここで別れない?」

「は? あんたなに言ってんの?」


 確かに、別れてしまったらなんのために5人で来たのか分からんぞ。


「私、伊代と行きたい」

「またあんたは勝手なこと言って……」

「それは伊代ちゃん次第だね」


 そうか、こういう機会じゃないとゆっくりしていられないんだよな。

 学校が違うってそういうことだ。

 私と未来はいつでもいられる、安里は霞といつでもいられる、けど霞達と伊代は違うと、少ないチャンスを無駄にはしたくないと。


「瑞月、あんたはどうなの?」

「私も未来と一緒、そんなの伊代次第でしょ」

「伊代、答えなさい」

「みんながいいならいいですよ、霞さんとふたりきりでも」

「じゃあ決まりだね。未来、安里、私達は別行動」


 帰るまでの時間の間、別行動するというだけ。

 安里にとっては落ち着かないだろうが、正直に言ってどうでもいい。


「なんでよ……」

「しょうがないでしょ、安里だって同じように動こうとしてるじゃん」

「だからってせめて終わった後でもいいのに……」

「あー、まあそれは安里の言う通りかもね」


 椅子に座ってくれたから休憩できてラッキーだった。

 しゃあない、伊代が許可した以上、どうしようもない。

 恐らくあの子は自分が好かれているなんて思ってもないんだろうけど。


「私はみんなで楽しく動物を見られると思ったんだけどね」

「しゃあない、恋愛感情を持ったらいつもこんなだよ」

「空気を壊してくれたのは吉岡さんも一緒なんだけど」

「は?」

「これ以上は言うのやめるよ、自分から壊すなんて馬鹿のすることだし」


 なんでそれをいちいち口にするのか。

 口に出してしまった時点で駄目だろう、もう壊しているのと同じだ。

 とてもじゃないが楽しくなんて気分にはならない。

 それどころか620円すらも無駄遣いのように思えてくる。

 そういう雰囲気を出すのなら3人で行ってほしかったものだ。

 ある意味未来も被害者ということだから口にはしないが。


「瑞月、ちょっと付き合いなさい」

「え、未来は?」

「未来はもう自分の世界に入ってる」


 おいおい、イヤホンを装着するとか最強のガードじゃないか。

 流石の私でもそこまで空気の読めないことはしないというのに。

 それでもちゃんと安里に言わせた、なにも言わずに行くときっとこちらが責められるだろうから。


「あんたも知っているだろうけど私は霞が好き」

「うん」

「あと、私は未来のことが嫌い」

「え、そうなの? って、私のことが嫌いなんでしょ?」

「あんたのことも嫌いだけどね」


 でしょうねという感じの返答。

 嫌いな人間だからこそ利用しやすいということか。


「伊代と霞が上手くいくのは嫌だ」

「早いもの勝ちだからね」

「そんなの分かってるっ」


 でしょうねという感じの返答。

 つっまらねえ普通のことしか言えないなら黙っておくか。

 中学のときみたいに黙って一緒にいれば問題はない。


「そもそも伊代が来てから全部変わったのよ……」


 それは確かにそう。

 未来も安里も霞も、みんな伊代とばかり遊ぶようになった。

 当時は悲しかったし、伊代にではなくそんなに簡単に切り替えられてしまうみんなのことを恨んだものだ。

 だが、いまとなってはそれで良かったとも思う、安里には悪いが。


「はぁ……」


 いま深刻そうな顔をするぐらいなら異を突きつければ良かったんだ。

 伊代は確かに言った、みんながいいならと。

 そこで安里が食いついておけば――なるほど、考えなしはこちらか。

 そんなことをしたら霞から悪いイメージになるからか。


「……悪かったわね、八つ当たりして」

「別に気にしてない」


 特に役立つことをなにも言ってやれないのが嫌なだけ。

 それになんでもかんでも言えばいいわけではないし、ある程度は我慢して抑えることができるのは悪いとは考えていない。


「ねえ瑞月」

「ん?」

「いや、なんでもないわ」


 いつまでも未来を待たせられないから戻ることに。


「どうする?」

「私はここに座っているままでいいかな」


 ぼうっとしていられるのはいい点だ。

 だが、お金を払っているのにとケチくさい自分も確かにいて。


「正直、私も見て回りたいとは思わないわ……」

「解散する? 連絡すればできると思うけど」

「……どうせ霞は伊代としかいたくないだろうしいいかもしれないわね」


 音楽を聞いているところ悪いが聞いてみたら未来は残るということだったので安里と帰ることにした。


「誘わなければよかったわ……」


 そういうことを言っている内は振り向いてくれることはない。

 仮に今日、伊代がいなかったとしても霞が安里のいないところで伊代と会おうとする可能性は0ではないのだから。

 連絡だって取り合えるんだ、しかも住んでいる場所は近くだし。

 なにをどうしたって急激に変わりはしない。


「あんたも未来も伊代もっ」

「良かったね、次に活かせるじゃん」

「そうねっ、あんたの言う通りだわっ」


 これは駄目だな、自滅だけならともかく最悪嫌われて終わるだけ。

 ま、微塵も興味ないから勝手にやってくれればいい。

 正直に言って、いまさら友達になんて考えがおかしかったのだ。

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