04話.[生きてきたから]
「トイレ……」
そろそろ布団を2枚にするべきかもしれない。
こうして夜中にトイレに行きたくなるぐらいならその方がいいだろう。
「ふぅ」
結局、私に話してくれることはなかったな。
別になにができるというわけでもないけど、話してくれないと可能性すら出てこないし。
まあいい、戻って寝よう。
「ああ……瑞月ちゃん」
「きゃあああ!?」
「しー! しー! みんな起きちゃうよっ」
あれ、なんでまだ藤崎先輩がいるんだろうか。
泊まるなんて一言も発言していなかったんだけど。
「ちょっといいかい?」
連れて行かれたのは玄関前だった。
寒いのが苦手なくせによくやるよ、この時間なんてもっと酷いのに。
「はい、さっき買ってきておいたんだ」
「ありがとうございます」
多分だけど温かったんだろうな。
もう冷めているはずなのに温かい感じがする。
「さっきまで伊代ちゃんと話していたんだけどさ」
「珍しいですね」
伊代はいつも22時には寝て5時に起きる子なのに。
明日というか今日は寝坊しそうだからちゃんと起こしてあげることにしよう、そうすれば姉妹らしいやり取りもできるだろうし。
「あの子、意外なところで笑ってくれるから楽しいかなって」
「それは人によって違いますからね」
なんでこんなところでと自分でもおかしいと感じるのがツボに入ってしまったりするものだ、しかも大体は1分間ぐらい止まらなくて困ると。
「でも、伊代ちゃんと一緒にいて楽しいことはもうずっと前から分かっていることなんだよ、だ・か・ら、次はお義姉ちゃんと仲良くしたいなー」
「そんなこと言って、教えてくれなかったのは先輩ですけどね」
「だってさ……瑞月ちゃんにピーマンが嫌いなことを言っても克服できるわけではないからさ」
私の周りの人、ピーマンが嫌いすぎでしょ。
細かく刻んでも、使う調味料を変えてみても納得はしてもらえないのは面倒くさい。
「あのね、好きな食べ物の中に入れるとか最低だから」
「確かにそうですね」
仮にそれで食べられてもピーマン嫌いが克服できたわけでもないから。
だが、無理して食べさせようとすると余計に毛嫌いするようになる。
本当に難しい話だ、ピーマンの肉詰めとか美味しいのになあ。
「ちなみに、私のお父さんもピーマン嫌いですよ」
「ほら! 嫌いなものを無理やり食べさせようとするのは違うと思う」
「それでも好きな立場として分かってほしいと言いますか……いえ、押し付けがましくなってしまうのはだめなんですけどね」
それでもこれ以上は言うのをやめる。
大抵、むきー! となって意固地になってしまうだけだから。
いいことをしているようで逆効果なのだ、そも、自分の意思で食べようとしてくれない限りは意味がないからなあ。
「地面に手をついていたら冷えていますよ」
「それなら瑞月ちゃんが暖めてよ」
両手で握ってみたら伊代のそれとも未来のそれとも違うと分かった。
同じ性別の人間でもひとりひとり違くて面白い。
「はぁ、なんか暖かいと安心する」
「私は外の方が好きです、屋内は寒いので」
「それは分からないなあ、それでも瑞月ちゃんと仲良くしたいから私も外にいるのを好きになりたいっ」
「無理しなくていいですよ、風邪を引かれても嫌ですから」
別に仲良くしてくれるということなら合わせるよ。
いまはまだ友達でもなんでもないからこうしているけど。
でも、友達でいてくれることを求めると多分離れていってしまう。
だからできれば友達の友達でいられることの方がいいかな。
だけど私はどうせ場所を変えるつもりなんだからそれが中でも構わないわけで、傍観者として教室で食べるのもいいかも。
「このままずっと繋いでいたいなあ」
「それならずっとこうします? 朝までずっと」
そうなったら今日も学校だからふたりとも授業中は爆睡だろう。
ご飯を食べるときだっておかずをぽろっとこぼしてしまうかも。
「それはいいかも! ――と、言いたいところだけど寝なくちゃ」
「ですね、寝ましょうか」
怖い、急にこういう風にしてくれなくなることが。
伊代といる限り、それは絶対にすぐに訪れる。
けどそれでいい、全く問題ない、矛盾しているけどね
「失礼しまーす」
「え、こっちで寝るんですか?」
「だめなの?」
「いえ、だめじゃないですけど」
ベッドは貸して自分は床で寝ることに。
風邪を引いても嫌だから夏用のそれを多く出してかけておく。
「ごめんね、ベッドを使っちゃって」
「気にしないでください、お客さんに床で寝てもらうわけにはいかないですからね。一応、洗ったのは最近ですからだ、大丈夫だと思いたいです」
「そんなの大丈夫だよっ、おやすみっ」
「おやすみなさい」
早く寝よう、これぐらいならなんも問題はないから。
考えていた。
決して先輩だけの問題ではないからだ。
ネットを見てみても、細かく刻んで混ぜるとしか書いていない。
こんなのじゃ嫌いな人はすぐに気づいてしまうだろうし、やっぱり無理やり入れちゃうんじゃ克服には繋がらないと。
「よし、ピーマンはなかったことにしよう」
他にも魅力的な食材は沢山ある。
好きなものばかりを食べればいいというわけではないけどね。
次の問題はいつもひとりで食べることになる父だ。
母が作ってくれたご飯を食べることが1番疲労回復に繋がるのは分かっているものの、たまには娘としてなにかしてあげたかった。
「たまにはハンバーグでも作るか」
伊代にも協力してもらえばそれはもう喜ぶことだろう。
というわけで母に了承を得てから早速食材を買いに行くことに。
帰宅したらしっかり手を洗って、まずは玉ねぎをみじん切りに。
炒めているときのこのジューという音が好きだった。
「冷ましてからか」
「お菓子でも食べる?」
「そうだね、そうしよう」
とはいえ、途中だからそこまで豪快に食べたりしない。
しかもいっぱいいれると自分達がこれを楽しめなくなるからね。
「よし、それじゃあひき肉達の出番だね」
「えっと、パン粉、牛乳、塩、砂糖、胡椒を投入っと」
「混ぜないとね」
形作りと焼くのは任せるつもりだったからこれはやらせてもらう。
やっぱりね、伊代が成形した方が絶対にいいし、焼き加減もそう。
あとは単純に、父は伊代が作ってくれたやつの方が喜ぶだろうから。
「よいしょっと」
大して意味はないけどやっている感を出すために声を出していた。
「伊代、後はよろしくね」
「うん、任せて」
「あと、伊代だけが作ったって言ってね」
「え、それでいいの?」
「うん、その方がいいんだ」
たかだかこねたぐらいで偉そうに作ったなんて言えないし。
それに父に喜んでもらいたいのだ、私が作った物は再婚するまで沢山食べてきたから飽きているだろうから。
手を再度しっかり洗ってからコタツ内にこもることにした。
「ただいまー!」
「え、今日は早いね」
助かったぁ、いま調理しているのは伊代だから最高だ。
しかもいち早く気づいて、偉いな云々と口にする。
私としてもそれは同意見、文句も言わずにしてくれる伊代が好き。
「おいおい、お姉ちゃんは休憩中かー?」
「そうだよ、こういうのは妹にやらせないとだめなの」
「ま、伊代が作ってくれたハンバーグを食べられるのは嬉しいからな」
「そうだよ、だから私は後でピーマンの塩胡椒炒めを作ってあげる」
「お、俺のことが嫌いなのか……?」
寧ろ私達が美味しそうに食べることで唆られたりしないだろうか。
人が食べているものは美味しく見えるものだから影響は与えられる気がする、頼むとしたら母にしてもらうべきだと決めた。
「そういえば母さんは?」
「分からない、スーパーに行って帰ってきたらいなかったから」
学校から帰ったときにはいたのにどこに行ったのか。
ママ友が結構いるみたいだから、井戸端会議的なのならいいけどさ。
「連絡してみるかな」
「うん、そうしてよ」
形成をしたらもう焼くことになるから早く帰ってきてほしい。
せっかく伊代が作ってくれたんだから温かいのを食べてほしいし。
「ただいまー!」
「「おかえりー」」
ああ、触れたくないけど後ろにいるのは安里と霞だ。
少し気まずそうにしているところを見るに、あんまりここに来る気はなかったのかもしれない、もう19時頃というのもあるんだろうな。
「伊代」
「なにー?」
「安里と霞が来てる」
「え、そんなに量がないんだけど大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、私のをあげればいいんだから」
それより相手をしてと言おうと思ったがやめた。
中途半端なところで私がやったり母がやったりしてしまうと駄目だ。
なので調理はとにかく伊代に任せて、私はリビングから逃げる。
「あんなところにいられないよ」
コミュニケーション能力の高い母がいてくれるから大丈夫だろう。
「なあ瑞月、なんか気まずいよな」
「分かるよその気持ち」
帰ってきたらみんなで会話をし、食事、入浴、それからすぐに就寝という流れだからこうしてふたりきりになるのなんてかなり久しぶりだった。
「本当は瑞月が作っていたんだろ?」
「なわけないじゃん、仮に作るなら最後までやるよ」
「素直じゃないな」
頭を撫でられても困る。
あんなのでやったなんて言っていたら怒られてしまう。
「学校は楽しいか?」
「うん、楽しいよ。最近は先輩とよく話せるようになってさ、その人もピーマンが嫌いだからどうしようかって悩んでいるんだよね――あ、いや、悩んでいたって言うのが正しいかな」
「む、無理やり食べさせては駄目だ」
「分かってるよ、だからやめたの」
そもそも私だって嫌いなものを同じように入れられたら嫌だからね。
細かく刻ませるのも申し訳ないからやらなくていいよと言う。
その食材を見たときに〇〇だって本当に美味しいと言ってくれる人に食べてもらった方が嬉しいだろうからと屁理屈をぶつけるつもりだ。
「そろそろ好きな子のひとりやふたり――」
「できないよ」
誰かを好きになる前に興味を失くされてしまう。
それに色々といま以上に考えるばかりになるだろうから恋というものが一概にいいものだとは言いづらい感じがするのだ。
「そういえばよく聞いていなかったんだけどさ、お父さんはお母さんといつ出会ったの? あ、いまのね」
「実はコーヒーショップでなんだよな……」
「え、それでよくこんな関係までになれたね」
「頑張ったんだ、寂しかったのもあるし」
父はこちらの頭をまた撫でながら「お前に負担もかけたくなくてな」と重ねてきた。
正直に言って大変だった。
それまでは少しぐらいしかしていなかったから。
基本的にちょびっと手伝って満足していた私にとって、全ての家事を担うというのは新鮮でも辛くもあったかもしれない。
潰れずにやれていたのは父が頑張ってくれていたからだ。
あとは何度も言っているが自分のためだった。
「お父さん好き嫌い多すぎて大変だったんだから」
「悪い、子ども舌でな……」
「体だけは大きいのにね」
「ああ、だからいつまでも頑張れるぞ!」
……よく考えたら自分の家なのに逃げるっておかしいな。
だから気にせずに父を連れてリビングに戻った。
父を盾にするようにしておけば話しかけてこれまい、あっはっは。
「み、瑞月」
「な、なに?」
がーん、父はやっぱり体が大きいだけだ……。
仕方がないからまた廊下に出たよ、なんかふたりがいいみたいだし。
「久しぶり」
「うん、そうだね」
喧嘩別れをしたというわけでもないのに気まずい。
これはあれだ、単純に安里の方がそのような雰囲気を出しているから。
「霞と一緒にいたんだ、いまでも仲良しなんだね」
「同じ高校だからね」
「それで? 安里はただお母さんに無理やり連れてこられただけ?」
「ち、違うわ、私はあんたに言いたいことがあって来たの」
伊代とばかり遊ぶようになった安里はなにを言いたいのか。
後半、誘いは全部伊代がしてくれていたぐらいなのに。
それで行ってみると気まずそうな顔の安里と霞が待っているのが常だった。
でも、プライドとか伊代が誘ってくれているのだからと空気を読んで帰ろうとはしなかったけどね。
ただまあ、それが逆効果だとはそのときは全く気づけなかったが。
「また、友達になってほしい」
「へえ、友達じゃなくなっていたんだ」
「だ、だってさ、あんた凄く怖い雰囲気をまとっていたじゃない。伊代に誘われて来たときなんかこっちを冷たい目で見てきていて……」
そりゃそうだ、あからさまに態度を変えるんだもの。
少なくとも表面上だけでは問題ないという風に装ってほしいものだ。
「誘わなくなったのはこっちだから怒りたくなる気持ちも分かるけどさ、伊代といるのが楽しかったからしょうがないでしょ?」
「んー、それなら友達に戻れなくてもいいんじゃない?」
「それはだめよ、あんたが怖い顔をするから逃げてただけなんだから」
「まあ、いいけど」
「ありがとね」
仮に友達に戻ってどうするんだろう。
仲良くするにしても他校というのがネックだ。
しかも私の側には本命である伊代の存在、おまけに未来もいる。
結局これは無意味なものになるのでは?
「できたよー」
「あ、うん。安里達も食べていきなよ」
「え、いいわよそんなの、それにあんたのお母さんに出会う前に霞と食べていたから大丈夫よ」
「それじゃあね」
「あんたねえ……まあ、霞も連れて帰るから安心しなさい」
良かった、これで伊代作ハンバーグを食べられる。
「「「「いただきます!」」」」
ああ、任せて良かった。
この手作りソースも大変美味しい、ご飯がよく進む。
ハンバーグはふわふわして単純に食感もいい。
「美味しいよっ」
「えへへ、たまにはね」
母も嬉しそうだ。
父なんかは実際に涙を流しそうな勢いで感動しているようだった。
「普段からしてくれると助かるけどねー」
「ちょ……瑞月、いま言わなくてもいいのに……」
「「「ははは!」」」
何年経っても義理だからと上手くいかない家庭もありそうな中で最初からそうだったみたいに楽しくできるのは幸せだ、頼るだけではなく私達からも親のためになにかをできるというのもいい環境だと思う、つまり変な遠慮をしないで済むような仲ということなんだから。
「美味しかったよ」
「瑞月だってやったのに……」
洗い物を一緒にやりながらお喋りできる時間を作る。
「いいんだよ、伊代が作ってくれたからふたりも喜んでくれたんだよ」
「ばか……そういうところは嫌だ」
「まあそう言わないでさ、あとは洗っておくからお風呂に入ってきて」
小中とちょっと自己中心的に生きてきたから少しは謙虚に生きようとしているのだ。変に出しゃばると空気を壊しかねないからね。
「……瑞月も来てよ」
「洗い物を終えたら行くよ、早く入って部屋に戻りたいし」
「後で行ってもいい?」
「別にいちいち聞かなくてもいいよ、いつでも来てくれればいいよ」
私は無視することは絶対にしないから。
というか、単純に私が伊代との時間がほしかったのだった。
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