03話.[それかもしくは]
体育でサッカーをやることになった。
いくら外にいるのが好きな私でもこれは違うと言いたくなる。
女子って言ったらバレーとかバスケでいいじゃんか……。
「それじゃあ吉岡さんはキーパーをお願いね!」
「え」
キーパーに任命されてしまった。
意外にもみんなやる気満々でボールを蹴り始めてしまう。
声もしっかり出していて、まるでサッカー部みたい。
「吉岡さん!」
「え、え、ええ!?」
向こうに向かっていたはずなのにもうこっちに来てるよ?
キーパーなんだから手を使っていいんだよねと瞬時に動かしたらたまたまそこにボールが当たって決められてしまうということにはならなかったけど……怖い、もし止められていなかったら絶対に責められていたと考えるだけで。
「が、頑張れー」
応援していれば仲間が上手くやってくれる。
仲間だって頑張れば得点を取られなくて済むんだからやるしかない。
頼むから私が責められる理由を作らないでくれぇと願い続けた。
最低だと分かってはいるがしょうがない、私は自己中心的なのだ。
だから、
「てりゃっ!」
「ひゃあっ」
こうして本気のシュートが放たれる。
でも、ゴールより自分を守ろうとした手や腕に当たる奇跡。
ゲームが終わった瞬間にみんなに囲まれて困惑した。
すごいすごいと言ってくれているが、私は自分を守るためにしただけ。
みんなシュートコースが優しかったんだ、その証拠に私は動いてない。
「腕痛いなあ……」
それでも手加減されたシュートではなかったのと、季節的に影響して赤くなってしまっている、手で触れたらそこだけ少し熱いぐらいだった。
「お疲れ様」
「あ、未来もお疲れ」
同じチームで頑張ってくれていたんだよな。
どっちも点を取ることはできなかったけど、雰囲気は悪くなかったか。
「腕、赤いけど大丈夫?」
「うん、心配してくれてありがと」
不思議だったのは未来が撫でてくれただけで楽になったこと。
だけどなんかこれじゃ心配してほしかったみたいじゃん。
恥ずかしいから縮こまっておいた。
「ね、ちょっと向こうに行かない?」
「だめだよ、いまは授業中なんだから」
「それならこの後でいいから」
それならばと了承する。
10分休みだからなにができるというわけでもないだろうけどね。
授業が終わったら約束通り向こうへ。
みんなは校舎の方に戻っていくのに自分達だけ体育館の方へ行こうとしていることが不思議だとしか言いようがない。
「ここに来てどうするの?」
「ただ吉岡さんとふたりきりになりたかったの」
「へえ、それならお昼休みでいいと思うけどな」
今日は先輩も来られないと言っていたし。
それに伊代だって寒いのが苦手だから来ない。
「え、行っていいの?」
「うん、あんまりうるさくしないならね」
「しないよそんなこと、昔からずっといるんだから分かっているでしょ」
比較的最近出会った伊代と上手くやっているからこそ気になるが。
あとは単純にそう、あそこは別に私の場所ではないのだから。
向かったその先に私もいたというだけ、私は無視することもしないし。
「あ、戻らないとね、着替えないといけないから」
「うん、それならお昼休みにまた」
「って、私達は同じ教室でしょー」
それなら頑なに名字で読み続けるのをなんとかしてほしい。
「名前で呼んでくれたら教室で食べてもいいよ」
「ううん、あそこでいいよ」
何故なんだ……。
考えてみても結局分からないままだったからとりあえずさっさと着替えて午前中最後の授業に集中をする。
終わったらあそこへと向かおうとしてできなかった。
「待ってください」
呼び止めてきたのはどれだけ急いでいたのかと言いたくなるぐらいの早さでやって来た伊代、冷たい顔をしているのが印象的だった。
「どうして未来さんと一緒に行こうとしているのですか」
「そういう約束なんだ、だめかな?」
「だめではありませんけど……」
少しだけ甘い声を出しておけば伊代は大丈夫。
こう、お願いされるように言われると断れないらしいのだ。
だから私は安心していた、絶対にこれで上手くいくと思っていた。
「分かりました、それなら今日はおふたりでどうぞ」
「うん、行ってくるね」
やはり伊代は聞き分けのいい子だ、帰ったらなにかあげよう。
そしていつもの場所はやはり人気がないらしくフリー状態。
適当に段差に腰を下ろしてお弁当箱を開封する。
「それはなに?」
「ピラフだよ、ちょっと作ってみたの」
「美味しそうだね、ちょっとちょうだい」
「いいよ、はい」
自分の実力というものをあまり知らない。
母は美味しいと食べてくれるが、母親とは基本そうだと思う。
娘が作ってくれたものならなんでも食べるわ! とか言いそう。
そのため、未来が咀嚼している間、珍しく緊張していた。
「美味しいっ」
「そ、そっか」
ほっ……未来がこれだけ大声を出すのは伊代と関わっているときぐらいだからそれぐらいの良さがあったということだ。
基本的に私には淡々としている子だから新鮮だった、それを見たいがためにあげていたら自分の食べる分がなくなっちゃったけど。
ま、まあ、味見は何回もしてあるから大丈夫、しかも特別難しいというわけでもないから食材と調味料があれば何度でも再現可能だからね。
「昔から得意だったよね」
「いやいや、お母さんが出ていってから必死にやった結果だよ」
掃除、お風呂掃除、洗濯、調理、どうしても習得が必要だった。
父に任せるのは違うという気持ちが強かったのが影響していたかな。
「そっか、出て行っちゃったんだよね、話していて楽しかったのに」
「恨んではないけどね、いまのお母さんと伊代に出会えたから」
けど、産んでくれた本当の母が出ていったのは寂しかった。
だって出ていくまでは本当に仲良しだったんだ。
父とも毎日毎日喧嘩しているというわけでもなく、至って平和で。
だから離婚すると聞いたときは2日ぐらい部屋にこもったぐらい。
「伊代ちゃんか」
「うん、なかなかあんな子と出会えることってないからね」
しかも、みんなから好かれるような子が家族になるってね。
そういうのもあるからこそ複雑な気持ちにもなるようになったが。
「私、だめって言うかと思った」
「伊代はちゃんと聞いてくれるって私は思っていたよ」
両親が再婚してから365日毎日一緒にいるんだから分かる。
伊代はこちらを困らせるようなことはしない。
ただまあ、無意識に私を焦れったくさせるプロでもある。
「ごちそうさまでした」
ご飯は全部未来が食べたからちょっと足りないかな。
だからっていまから購買に行く程ではないと。
「ごちそうさまでした。私も自分で作っているけど吉岡さんみたいに上手には作れてないかなって思ったよ」
「誰かと比べなくていいんだよ」
「そっか」
伊代は伊代ちゃんで私は吉岡さん呼びのまま。
これだったらまだ敬語キャラでいてくれた方がマシな気がする。
そうすればさん付けで当然だ、なんら違和感はないというのに。
「そろそろ戻ろうか」
「え、やだ」
「ここに残ってしたいことでもあるの?」
ぼうっとしているだけで落ち着く場所ではあるけれど代わり映えのしない光景だ、毎日利用している身としては少し飽きがきているのも確かだった。
「う、腕っ、大丈夫っ?」
「いたっ……に、握る力強すぎ……」
「あ……ごめん……」
腫れていたとかではなくて単純な力の強さを前に負けた。
彼女は力加減をかなり調節し、それでもまだ離すことはしなかった。
しかもそのまま段々と掴む場所が変わっていって、ついにはこちらの手を掴むところまでやってくる。
「……どうせ伊代ちゃんとは毎日やっているんでしょ」
「伊代と? 手を繋いだりはあんまりしないけどな」
「え……そうなんだ」
伊代はこちらになんて興味を持ってくれない。
迫るときは私の方からだし、それも匂いを嗅ぐだけだからあれだし。
というか、私が伊代と手を繋いでいたからってなんだと言うのか。
そもそも伊代と出会ってから仲良くしている未来の方が怪しいけど。
あのあからさまに態度を変えるところとかね。
「戻ろう」
「もう満足できたの? それならそうしようか」
私は傍観者であり続けようと決めた。
藤崎先輩の様子がおかしい。
風邪を引いているというわけではなさそうだが先程からずっと横に座ってため息をついているのだ、基本的に明るい人だから気になる。
「はぁ……」
「どうしたんですか?」
「ん? ああ……瑞月ちゃんには関係ないことだから」
そりゃそうでしょうねという返答。
それでも他人に言うことで少しはすっきりすることがあるかもしれないということで私は諦めずに聞き続けた。
「もうしつこい! 瑞月ちゃんには関係ないんだから!」
行ってしまった……。
それならここに来なければいいのでは? と思わずにはいられない。
まあいいや、深追いはするべきではないな。
「恋でもしたのかねぇ」
「虫歯とかじゃないですか?」
「いや、虫歯だったらいたた……って喋る度に言うと思う」
みんなここが好きすぎる。
私はそろそろ場所替えをしようと決めているから譲るつもりだった。
「そういえば瑞月さん、未来さんを知りませんか?」
「知らないよ? 私はひとりで出てきたし」
今日はもう放課後だから帰った可能性大だ。
で、どうして私が残っているのかを言うと、先輩が暗い顔でここにいたから気になって向かった形になる。
「用があるなら連絡してみたらいいじゃん」
「いえ、いたなら少しお話ししながら帰りたかっただけですから」
「へえ」
帰ろう。
ここにいる理由も特になくなってしまった。
「一緒に帰るのは久しぶりな感じがしますね」
「残念だったね、未来と帰られなくて」
「もう、そんなこと言ってないですよ」
私も別に私でごめんねなんて言ってないんだけど。
本当に私達って家族なのかどうか分からなくなってくる。
まあ家族だからって外でも必ず一緒にいるなんて有りえないか。
「ただいまー」
母はどうやらまだいないよう。
机の上には書き置きが置いてあって、お買い物中だと分かった。
ということはコタツ内は暖かくないのでリビングには留まらず部屋に行くことに。
「瑞月、入ってもいい?」
「別にいいけど」
気にしないで布団の中に入ったままだが。
自分の体温で段々と暖まっていくこの瞬間が好きだった。
「ねえ瑞月、藤崎先輩はどうしたんだろうね」
「んー、仮に明日もあの調子でももう聞かないけどね」
また関係ないって言われるのが目に見えている。
それかもしくは、伊代や未来だったら教えてくれるかもね。
私は勝手に彼女の手を握って少しだけ力を込めた。
「うん、明日聞いてみるね」
「よろしく」
私にもちゃんと相手をしてくれる人だから悩んでいるならなにか協力してあげたい、けれど私には言えないということなら他の子を頼るのが1番だろう。
「未来ちゃんにも協力してもらおうかな」
「それがいいよ」
こっちは明日、場所探しを始めようと思う。
敷地が無限的な大きさというわけではないからすぐに終わるが。
中庭だと人がいるし来るし、残念ながら屋上は開放されてないし。
「瑞月、離して?」
「うん」
いまの悩みはご飯を作るかどうかだ。
母が特定のなにかを作りたくてお買い物に行っているということなら邪魔になってしまう、それに夜ご飯はやっぱり母が作ってくれたご飯が食べたいというのもあるのだ。
結局、欲に負けて寝転んだままでいることにした。
不思議だったのはまだ伊代がここにいること。
あとは会話がないこと、それでも気まずくないことか。
「お腹空いたね」
「そう?」
「私は食いしん坊だから」
そんなのずっと一緒にいるから知っている。
それでも、当然な話だけど自分のいないところでどう仲良くしているのかは分からないまま。
未来や他の子と仲がいいのは分かるが、どういうところまで深まっているのかまでは延々に分からないままだと思う。
「あ、お母さん帰ってきたっ」
「そうだね」
しまった、母のためにコタツの電源を点けておくべきだった。
そういうところの優しさが足りないなあ。
本当に小さなことでも役に立ちたい、本当の娘と同じぐらいとは言わないからこっちも求めてほしかった。
「おかえり!」
「ただいま! そうだ、お家の前にこの子がいたんだけど知ってる?」
「「うん、藤崎先輩」」
伊代になら教えられるということなのかも。
それならばと部屋で話させることにした。
私は母の手伝いの開始、あんまり出しゃばらないようにしながらではあるが。
「元気な顔をしてくれるといいなあ」
「それなら伊代がいるし、なんならご飯を食べてもらえばいいよ」
「そうだねっ、迷惑じゃなければご飯を食べてもらおうかなっ」
そうなれば余計に私の味というのは必要ない。
母のやつならうぉぉとなる、単純に私が食べたいのもあった。
「それより今日はなにを作るの?」
「シチューだよ、だから瑞月はあっちにいても大丈夫だよ」
「そんなこと言わないでよ、私だってお母さんの役に立ちたい」
「そっかっ、それなら一緒にやろうっ」
どう頑張っても私の感じを出すことは不可能で安心した。
皮をむいたり切るのはやらせてもらう、これをしなかったらもうここにいる意味がなくなってしまうから。
「はい、お疲れ様でした」
「えぇ、まあ邪魔になるだけだからそうするけどさ」
何故今日に限ってシチューなのか。
優しくしてくれた先輩のためにもちょっとはしてあげたかったのに。
「ふぅ、暖かいなあ」
やっぱりコタツというのは最強の家具のようだ。
部屋内の寒さを打ち消してくれる、ここまで頼れるのは他にはない。
「ふぅ……寒い寒い」
「あれ、もう終わったの?」
「うん、あとはあのふたりが来てからかな」
「そっか、お疲れ様でした」
たまには父のためにもなにかしてあげないと。
肩揉みでいいかな? それとも足のマッサージかね?
とりあえず私のすることはご飯を食べることだけど。
大体1時間が経過した頃、ふたりが下りてきた。
珍しく父も帰ってこられて、みんなで楽しい食事の時間となった。
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