02話.[静かな外が好き]
やばい、どうすれば友達ってできるんだろう。
先輩は来てくれているけど、先輩に友達になってほしいと言うのは失礼にはあたらないだろうかって不安になっている。
「吉岡さん」
「んー……」
もう未来は友達としてカウントできない。
大人になってから知り合ったわけではないのだから名字呼びはやめておくれや、何故そこまで頑なに名前で呼ばないのかって問い詰めたくなるぜ。
3年以上一緒にいるのになんなんだ、積み重ねられているようでなにも私達の間にはなかったということなのか?
「吉岡さんっ」
「うわっ、いつからいたの!?」
「さっきから声をかけていたけど!」
もう、怒るときだけはなんか元気なんだから。
「伊代のところに行っておけよー」
「そんなの自分が行きたいときは行くよ」
「……それでなにか用?」
いまの私には先輩とのことで忙しいから早くしていただきたい。
どうせ伊代に取られてしまうから諦めてしまう方が楽な気もする。
でも、諦めたくないという気持ちもあるから難しいと。
「今日は遊ぶ約束をしていたでしょ?」
「え、そうだっけ?」
違うことを考えてて分からなかった。
いや、それどころか単純にしていなかったと思うけど。
だってあれから私はほとんど教室外で過ごしていたし。
「今日はペットショップに行こう」
「伊代と行けば?」
「はぁ……なんで伊代ちゃんの名前が出てくるの」
なんでって態度があからさまに違いますやん。
一緒にいて楽しくないのなら空気を読んでこっちから遠慮するよ。
「とにかく、これは約束だから」
「約束ねえ、まあいいけど」
なにかデメリットがあるわけでもなし、動物を見るのは好きだから。
了承して放課後までの時間をゆったりと過ごす。
放課後になったら約束通り、商業施設内にあるペットショップに。
しかしまあ平日なのに人がいるもんだ。
「おぉ、猫ちゃん可愛いっ」
「だねー」
ここにいる動物達なら嫌いな子とかいない。
指を差すだけで目で追ってくれるから結構楽しいかな。
んー、それでもこうして見ているだけが1番だ。
「伊代ちゃんも来たがってたね」
「そりゃそうでしょ」
未来が私の友達だとはもうカウントしづらい。
いまの私は伊代の友達である未来と来ているんだから気になるだろう。
「連れてくるべきだったかなあ」
「そりゃそうするべきでしょ」
「吉岡さんが喜ぶから?」
「未来が喜ぶからでしょ」
お、伊代の友達だと考えると名字呼びもおかしく感じない。
結局は気の持ちようってやつだ、これからは友達の友達としていよう。
「なんで今日、約束だなんて嘘をついたの?」
「……それは吉岡さんが避けていたからでしょ」
「私は迷惑をかけないようにしていたつもりだけど」
避けているならそもそもこうして来たりはしない。
なんだかなあ、他人って被害妄想っちゅうかなんちゅうか。
この距離感が難しいな、これは友達の友達レベルの会話じゃないぞ。
「仮に吉岡さんに避けているつもりはなくてもこっちからすればそういう風に見えるんだよ、だからやめてくれないかな」
「やめてくれないかなってどうすればいいの?」
「とりあえず教室で食べてよ、わざわざ外で食べるとかおかしいじゃん」
いきなり全否定されてしまった。
いやいや、なかなか外で食べるご飯というのも美味しいんだぞ。
というか、友達でいることをやめるとかじゃないんだな。
「はいはい、守りますよー」
「うん、そうしてね」
もう決まったみたいだから帰るとしよう。
「本当に避けているとかそういうのじゃないの?」
「避けてないって」
「その割には吉岡さん、自分から来てくれることもなくなったよね」
「そんなことないよー」
それは彼女の言う通りだった。
だって伊代の側にいるということは彼女の周りにも常に人がいるということになるんだから、複数人と群れるのは苦手なんだ。
1対1ならともかくとして、対複数になると駄目になる。
友達の友達といると気まずくなるのと一緒。
コミュニケーション能力に不安があるとかそういうのがあるわけでもないんだけどな、何故かこれは昔からずっと同じだからしょうがない。
「あ、もうここか」
「そりゃそうでしょ、距離も離れてないし」
「そんなの分かってるよ。それじゃあね、今日はありがと」
どうなんだろう。
ちゃんと私達の間になにかがあったのだろうか。
その上で伊代との出会いによって上書きとなっただけなのか。
「ただいま」
あれま、今日は母が家を出ているようだ。
もう18時を過ぎているのに珍しいこともあるもんだな。
しょうがないからご飯を作って待っておくことにしよう。
私は約1時間を使ってみんなの分を作って待っていたんだけど……。
「そもそも伊代もいないっておかしくない?」
――父に連絡してみた結果、喧嘩したそうな。
「って、そうなじゃねえ!」
喧嘩で娘も巻き込みやがって。
せっかく全員分作ったのに無駄にしないでくれよ。
「ただいま!」
「こらあ!!」
「ひぃっ、しょ、しょうがないんだっ」
「しょうがないじゃない! 早く謝りなさいっ」
「わ、分かった……」
少なくとも今日中に伊代を返してもらわなければ困る。
親に巻き込まれて勝手に連れて行かれるってそんなのない。
「今日は帰らないって……」
「なにやってんの……」
「だってよ、弁当にピーマン入れんだぜ?」
「しょうもない! 好き嫌いするな!」
はぁ、私達は明日休日だからあまり問題もないけどさあ。
「とりあえずこれら全てを食べてください」
「えっ、量が多いんですが……」
「帰ってこないのなら悪くなっちゃうから食べてください」
「分かりました……」
私も半分ぐらい協力して食べておいた。
それが終わったら洗い物をしてからお風呂へ。
「あれ、電話だ」
このタイミングでかけてくるとは……。
「もしもし?」
「あ、瑞月……?」
「そりゃ瑞月だよ。でも、なんかおかしいね、家族なのにこうしてまるで他所と他所の人間が話しているみたいでさ」
「うん……」
一緒に付いていきたいと言っていた伊代も連れて行くべきだったか。
未来がどうしてもふたりきりがいいと口にしたから従ったけど、正直に言ってもう友達っぽくないあの子より家族を優先するべきだったな。
「瑞月――」
「嫌だからね? 離れ離れになるなんて」
「あ、当たり前だよ、明日には帰るから……」
流石に今回ばかりは母にも言わなければならない。
喧嘩はするのは勝手だけど、やっぱり娘を連れて行くのは違う。
「瑞月、ごめんね……」
「もう、喧嘩で家を飛び出さないでよ」
「うん、ごめん……」
はぁ、それでもピーマンで文句を言う父も悪いからな。
あとは子どもには分からないこともあるんだろう。
小さな不満とかそういうの、あんまり言うと逆に壊しかねないからこれ以上はやめておく。
でも、親が相手なのに遠慮をするのも違うからこれだけは言わせてもらう。
「明日、ちゃんと帰ってきてよ?」
「うん、伊代を連れて帰ります……」
「せっかくご飯作ったのに」
「えっ! それならいまから帰るよっ、伊代っ」
「もう遅いよ、お父さんに食べてもらった」
母は「そっか……」と残念そうに言ったが私は気に入らなかった。
お弁当とかだって私は自分で作るタイプなのにそんな、まるで全然手伝わない人間が珍しいことを言ったみたいな反応をされるのは嫌だからだ。
「それじゃあね、風邪を引かないようにね」
「明日帰ります!」
「うん、待ってる、私達は家族なんだから」
やれやれ、もっと一緒にいて仲を深めていかないと。
よし、いまは友達のことよりもそっちを優先しよう。
あのような態度を取られても嫌だからいま以上に家事を手伝おうと私は決めつつ、しっかり拭いてから服を着たのだった。
「た、ただいま帰りました……」
「おかえり、そこに座りなさい」
「はい……」
土曜日の正午頃、ふたりは帰ってきた。
帰ってきてくれたのなら特に言うことはない、ないが!
「どうせなら私も連れて行ってよっ」
「えぇ……」
「あと、親の喧嘩に娘も巻き込まないっ」
「それはごもっともです……すみませんでした」
まったく、そうでなくても家でぐらいしか話せないんだから。
また勝手に連れて行かれても困るから部屋に伊代を拉致。
やっぱり屋内特有の寒さがあってすぐベッドにこもることになったがここはいい。
「楽しかった?」
「いや……お母さんはずっと暗い顔をしていたから」
なんか容易に想像できてしまうのが嫌だ。
ポジティブなときはやばいぐらい前向きになるのにネガティブなときはもう本当に酷いからなあと。
周りに八つ当たりしないからまだいいけど、思い込みの激しさというのは案外馬鹿にできないものになるから大変だった。
「昨日はごめんね、無理にでも伊代を連れていけば良かった」
「そういえばそれ!」
「わっ、な、なに? 別に動物を見ただけだけど」
「それ以外になにをしたのっ?」
「なにをしたのって、話をして帰ってきただけだけど」
私が避けているだなんだと不安そうな顔で言ってきていた。
こちらとしてはあからさまに態度を変えられていて気になっているんだけどね、それこそこちらが似たようなことを口にしたいレベルだ。
だったらさっさと名前呼びにしたりもう少し露骨なのを変えればいいと思う、変える気がないということならもうそれでいいやと片付けられる。
「今度からは私も行きたいっ」
「それなら未来に言いなよ」
「うん、言う!」
あっさりと敬語をやめてくれるんだな。
敬語は壁があるようで嫌だったのだ、この変化は最近中で1番嬉しい。
学校では残念ながら敬語に戻ってしまうが、家でこれなら安心だった。
「伊代」
「なに?」
「ちょっといまから近づくから」
別にこの前みたいなことをしたいわけではない。
実家に帰ったということは違うシャンプーを使ったということ。
であるならば多少の変化があってもおかしくないということなんだ。
だからなるべく伊代が不快に感じない距離で確かめてみた結果、
「また同じいい匂い」
残念ながら意味はなかった。
もう根本的な匂いが自分の好きな匂いだから。
シャンプーとかは関係ないということになる。
あの1番濃密そうな首筋に視線を注ぐ。
「なんで伊代はこんなにいい匂いなの?」
「だ、だから分からないって」
「分かった分かった、ありがとう」
ふぅ、ドストライクすぎて困ってしまう。
普通は他人の体臭なんてなにも思わないか不快に感じるだけなのに。
多分同じ部屋だったら寝ているときにあの首筋に顔を埋めたりとかもしていたかもしれないから助かった。
「とりあえず、帰ってきてくれてありがと」
「それは当たり前だよ」
「じゃあリビングに戻ろっか」
いまいるのは私の部屋だが、仮に彼女の部屋に行っても変わらない。
充満していないのだ、爽やかな香りなだけで好きな匂いにはならない。
そのことがいま1番不思議だった。
ある程度は部屋の匂いにも影響が出るはずなんだけど……。
あ、まあ、だからってなにかが変わるわけでもないけども。
「あの……瑞月?」
「なに?」
「お母さん達にご飯を作っていただけるとありがたいのですが……」
「まだ食べてなかったんだ? 分かった、いまから作ってくるね」
簡単でお腹も膨らむオムライスを選択。
20分後ぐらいには提供して、自分だけは外に出た。
「ふぅ」
醤油とソースがなかったから買いに行こう。
食材は自分が買いに行ったのに油断していた。
同じメーカーであれば値段の差もあまりないから1番近いお店に。
「ありがとうございました」
買ったら無駄遣いをしないようにすぐに家に帰る――ことはせず。
「み、瑞月」
「うん? ああ……」
正直に言えば伊代に取られたと言うより違う高校を志望したことによって友達ではなくなってしまった子を発見してしまった。
「ひ、久しぶり、元気してた?」
「うん、そっちは?」
「私は元気だよ、あっちゃんも」
あっちゃん――
私達は毎日、一緒に登校したり、お弁当を食べたりしていた。
部活動があったから下校はほとんど一緒にできなかったけど、部活動がない日だったり単純に休日なんかには遊ぶぐらいの仲だった。
当然そこには未来も含まれていて、表面上だけではなかったと思う。
ん、やっぱり伊代は関係あるかな、それで2年生の頃から変わってしまったような気がする。
簡単な例を出せば私以外とは遊びに行っていたみたいな、あくまで重たいことはなにもなかったけれども。
苛めをされていたわけでもない、ただ伊代の方を誘って遊ぶようになったというだけの話でしかなかった。
「そういえば伊代は?」
「家にいるよ」
「会いに行ってもいいかな?」
「うん、どうぞ」
話しかけられていなければ最短で家に帰る予定だったんだしね。
そもそも案内するまでもなく家を知っているんだから問題ない。
「ただいま」
「もう、どこに行って――も、もしかして霞ちゃん?」
「うん、そうだよ」
私は中に入って買ってきたものを棚にしまうことに。
「ありがとね、買ってきてくれて」
「ううん、これぐらいなんてことはないよ」
伊代が嫌われてないのはいいけど、単純に面白くない。
別に伊代や私と喧嘩別れをして違う高校を志望したというわけではないものの、いまさらになってのこのこと現れるとかさ。
それに連絡先だって知っているくせにいちいち私の顔色を伺うようなことをするとかなんだよってツッコミたくなる。
「お母さんは中学生のときに嫌いな子っていた?」
「きら……苦手な子はいたよ? それなのに近づいてくるからやめてって大声で叫んだこともあるかな」
「え、それでどうなったの?」
「別の高校を志望したからそのまま自然消滅みたいになったよ、だから同窓会で会ったときにまるで別人みたいに柔らかい態度になっていたときは驚いたかなあ」
ただその時間の長さが違うというだけか。
うん、伊代は関係ないな、あくまで私達は表面上だけの仲だったと。
「ふぅ、久しぶりに話せて良かった、連れてきてくれてありがとね」
「別に」
このことについてお礼なんて言ってほしくない。
私は伊代のために連れて行こうだなんて考えていなかった。
できれば話したくもなかった、ただ無視はできなかっただけだ。
一緒にいたくなかったから部屋に引きこもる。
中々に面倒くさいメンタルの持ち主でもあるようだ。
嫉妬深いというか独占欲が強いというか。
自分の好きな子が他の子と盛り上がっているのが嫌というか。
「み、瑞月?」
「この部屋にいるのは私しかないでしょ」
「それは分かっているけど……なんで急に部屋に」
「ちょっと来て」
鍵をかけられるのをいいことに閉じ込める。
決してここから逃さない、他の子にばかり魅力的なところを見せる妹には罰を与えなければならない。
「今日はもうここから出さないから」
「え、と、トイレとかは?」
「許可しない」
「そ、そんなあ……」
「ばか、そんなわけないでしょ、冗談だよ」
私の悪い癖だ、直さないとこの先みんな離れていく。
考えていることを抑え込むことは得意だ。
ただ、そこまで必死に抑えてまで関係を続けるのはどうなのかという疑問が自分の中にある。
まあいいか、あそこで食べることは続けよう。
別に避けているわけではない、外の方が寒くなくていいんだ。
「あ、戻っていいよ」
「ねえ、なんか変なこと考えてないよね?」
「考えてるよ、伊代の首筋に顔を埋めたいって」
「えっ」
「思ってても実行してないんだからそんな顔しないでよ」
同性でもなんでもいいから伊代に好きな人ができればいいのに。
そうすればどうしたって手の届かない存在になる、そうすれば独占欲だって働かせるようなこともなくなるだろうから。
「……いいよ?」
「ばーか、自分のことちゃんと大切にしろ、これはお姉ちゃんとして忠告しておくから」
いまはただ未来に変な絡み方をされないよう願うしかできなかった。
「さっみー……」
「はは、それでもよく来ますね」
「うん、ここじゃないとレアな瑞月ちゃんとは話せないから」
ここはお気に入りの場所だ。
体育館裏はほとんど人が来ない及び目の前に大きいグラウンドがあるから見ているだけで落ち着くからいい。
ただ、だからこそ本当になんで伊代にばれていたのか不思議なくらいだった。
「伊代のところに行った方がいいですよ」
あの子は寒いのがあんまり得意ではないということだから外に出てくることはほとんどない、彼女の友達としては好都合なのではないだろうか。
「伊代ちゃんとはずっと喋ってきたからね」
「そうですか、あの子はコミュニケーション能力が高いですからね」
「お義姉ちゃんは違うのかな?」
「どうなんでしょうかね」
面白いことはなにも言えない。
馬鹿みたいにハイテンションになることも少ない。
他人に怒るのは本当にしょうもないことだったとき限定のもの。
無視することもしないが、それは人として必要なスキルだから褒められることではないなと内で呟いた。
「私、お義姉ちゃんのこともっと知りたいな」
「友達がみんな友達じゃなくなった話でもしますか?」
「その話で」
「単純な話です、小学生の頃からの仲のはずなのにみんな伊代ばかりを誘うようになりました。魅力的なので気持ちはまあ分かるのですが、こちらが友達だと思っていても相手にとっては違かったということがよく分かりましたよ。多分、つまらない人間なんでしょうね、最低限のことしかしない、ノリもあんまり良くないし、ケチくさいし、流行とか全く興味ないことが合わなかったのかもしれません」
でも、俳優がイケメンだの言われてもはあとしか言えない。
これがおすすめだよと言われても無駄遣いはしたくない。
ああ、そりゃ一緒に盛り上がれないんじゃ切られて当然だな。
けど、友達だからといって、お金を使って興味もないものを集めなければならないって違うと思うんだよな。
昨今は小学生のときからそういうのがあるみたいだが、それを持っていないからって輪に入れない、それどころか貧乏人だのと苛められるって訳が分からないじゃないか。
しかも質が悪いのはそこまでしてまで誰かといようとしないでひとりでいようとしている人間の邪魔をしてくるやつらが多く存在していることだ。
集団じゃないと自分の思っていることすら主張できないくせになにを勘違いしたのかまるでリーダーみたいになった気分でいるあいつらを何回も潰したいと考えたこともあったぐらい。
「ドライなのかな?」
「嫉妬深いです」
「へえ、それじゃあ伊代ちゃんが誰かと仲良くしていたら嫌?」
「……正直に言えばそうですね、ここに来ているのはそのためでもあるのかもしれません」
避けているという考えも合ってないわけではないのかね。
誰だって見たくないことがあったらこうして見えないようにするもの。
もしかしたらちゃんと直視して生きている人が多いのかもだけど。
「それなら伊代ちゃんを取っちゃえばいいんじゃない?」
「いいえ、そんな伊代に我慢を強いるようなことはしません。だからそのかわりにですね、伊代に大切な存在ができればいいと考えています」
「え、矛盾してない?」
「確かにそうかもしれませんがそうしたら諦めるしかなくなるじゃないですか、そういう強制力がないと迷惑をかけるだけだから早く変わってほしいというのがいまの気持ちですね」
恋愛感情というのはない。
なのに仲良くしているのを見るのが嫌だと醜い自分の心を直視する羽目になるから変えたかったのだ、内面のそれを物理的に直視しないで済むような手段は死ぬぐらいしかないから。
でも、絶対に死にたくない、少なくとも50歳までは生きたいからそれしかない。
「そっか、瑞月ちゃんが考えていることは分かったよ」
「はい」
「とりあえず、私達にできるのはご飯を食べて戻るだけだね」
「そうですね」
せっかく朝早くに起きて作っているんだから残すのは駄目だ。
んー、せっかく作ってくれるって言ってくれているんだからたまには母に任せるのも悪くないかもしれない。
いまでも家事を多くやっているのは父しかいなかったときに自分がやらないと遅くまで食べられなかったりしたからではあるが、子どもなんだから甘えてもいいのではないだろうか?
「はぁ、美味しいです」
「私のも美味しい、流石私のお母さん」
1週間に1回ぐらいは作ってもらうことにしよう。
長らく母が作ってくれたお弁当とか食べていないからなあ。
「でも、ここに伊代ちゃんがいてくれたらもっといいかな」
「呼んでみたらどうですか?」
「おや? きみは伊代ちゃんが来てもいいって言うのかい?」
「ま、伊代ならいいんじゃないですかね」
どっちにしろあの子が大切な子を見つけたら嫌でも直視しなければならなくなるわけなんだし、それなら先輩と仲良くしているところでも見て耐性でもつけていた方が良さそうだ。
「よし、もうお弁当も終わっちゃうけどいまから呼ぼう」
連絡しようとしたら先輩の方がやってくれた。
そうしたらそれはもうすごい早さで伊代がやって来た、それも未来も連れてという形で。
「吉岡さん」
「「はい?」」
「あ……吉岡姉さん、なんで約束を守ってくれてないの?」
意地でも名前で呼びたくないのか!
なんか姉御みたいになっているから嫌なんだけど……。
「それは後にしようよ」
「それなら放課後によろしくね、逃げないよね?」
「逃げない逃げない」
ここには先輩もいるんだから私の話で時間を終わらせてしまうのは駄目だ、それにせっかくお昼休みを利用して来てくれているんだから楽しい話をするべきだと思う。
「伊代ちゃん、未来ちゃん、こんにちは」
「「こんにちはー」」
「でもね、お姉さん凄く寒いの、だから手を繋いでくれないかな?」
「「いいですよー」」
こっちは残りを食べ終えて片付ける。
あとは3人が楽しそうにしているところを見ているだけにした、なにも面白いことを言えないからこうしているのが1番だろう。
「瑞月ちゃんはこんな寒いところでよく食べられるよね、伊代ちゃんはどう思う? あ、未来ちゃんでもいいよ?」
「瑞月さんは寒いのが得意ですからね、瑞月さんにとってはなんらおかしなことではないのではないでしょうか」
「小学生のときからそうですからね、私も伊代ちゃんと同意見です」
「ほー、そうかそうか!」
その寒いところに好き好んで来ているのは先輩も同じだ。
呼ばれたら簡単に来てしまうのが伊代だ、未来は……よく分からない。
とにかく、どうせ外に出るのなら楽しくいられる方がいい。
「それでも私は教室にいてほしいですけどね」
「分かります、お昼休みになる度に慌てたように出ていかれると気になりますからね、それでも行かないのは嫌な気持ちにさせないためです」
そもそも毎時間こちらに訪れる伊代も律儀というかなんというか。
しかもその大抵の理由が未来だ、いつの間にか仲良しレベルが上がっているんだなあと、こうしている間にも一緒にいたわけなんだから当たり前な話なんだけど。
「こう言われていますが瑞月さん、どうしますか?」
「冬の間はずっと続けますよ、雨が降っても外が見えるところまで移動することは変えません。それに、賑やかなのはあんまり得意じゃないんです」
「こう言っていますが伊代ちゃん未来ちゃん、どうしますか?」
「権力があるというわけではないですからね」
「確かにそうですね、無理やり付き合わせるのは違いますから」
ふたりとも我慢するのが得意だということなのか?
それとも単純にそこまでではないということなのか。
「もう寒い! お姉さんは戻る!」
「それなら私も戻ります」
「じゃあ未来ちゃん、瑞月ちゃんのことよろしくね」
おおぃ! どうせなら未来も連れて行っておくれや!
「ああもう、こんなに冷えてるじゃん」
「そりゃ、ずっと外にいたからね」
「なんでそこまでして……」
「好きなんだって、外の方が暖かくて」
「外の方が暖かいとかおかしくなったの?」
屋内特有の寒さが嫌なんだ。
それに夏なんかは扇風機とか人工の風は嫌だった。
私は外にいられれば全ての季節が好きだと言えるようになる。
「未来もいてみれば分かるよ」
「そこにあなたはいてくれるの?」
「私は外にいるよ、嵐とかでなければね」
教室より静かな外が好き。
冬のなんとも言えない感じが好き。
そこに仲のいい子がいてくれたら楽しいだろうけど、私と未来は仲がいいとは言えないのではないだろうか。
「また今度見に行こうね、動物さんを」
「それなら動物園とかでいいんじゃない? 藤崎先輩、伊代、未来、私で行ければ楽しいと思うけど」
コミュニケーション能力が高い伊代と先輩がいてくれれば問題ない。
悪い空気になることはないだろう、帰った後はどうか分からないが。
いつかは心の底から友達だと思える子ができたらいいなとそう思ったのだった。
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