07作品目

Rinora

01話.[これは煽りか?]

 私には3年前に義理の妹ができた。

 たまに合わないところはあるけれど、それ以外は基本的にいい子で一緒にいて楽しく思えるくらいだった。


瑞月みづきさん、少しそこいいですか?」

「あ、ごめん、おはよ伊代いよ

「はい、おはようございます」


 気になっているのは敬語をやめてくれないことと、さん付けをやめてくれないことだ。

 なんだか仲良くないみたいで嫌だ。

 だから諦めずに言い続けている、呼び捨てでいい、タメ口でいいと。


「瑞月さん、今日も教室に行きますから」

「そんなこと言って、友達に会いに来るだけでしょ?」

「ふふ、そうとも言えますね」


 学校でも同じように話せればいいんだけどそうはならない。

 友達が沢山いるから基本的に家族である私は後回し、同じ家に住んでいることが逆効果になっていることもなくはないということだった。

 まあいい、こちらにも友達がいるんだからその子と話していれば寂しさも少しはなくなる。


「吉岡さんおはよう」

「あ、おはよー」


 この子が友達の玉井未来みく

 伊代が来る前からの仲だからそこそこいい関係だと思う。

 問題があるとすればそれぐらいの仲なのに名前では呼んでくれないということ、もう名字は聞き飽きたよ。


「今日の体育憂鬱だね」

「そう? 私は走るの好きだけど」


 体を動かしているときはごちゃごちゃ考えなくて済むから。

 そういう細々とした気になるところとかを忘れられるから。


「あ、未来さんおはようございます」

「うん、おはよー!」


 おいおい、唯一の友達も取られたら詰むんですが。

 それに未来も伊代を褒めてばかりなのが気になっていた。

 だが、彼女がそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 だって伊代はみんなに優しいからだ。それは素晴らしいことだけど。

 友達なのか自信がなくなってくるぐらいだったが、未来は先に教室に入っていってしまった。


「瑞月さん」

「うん?」

「正直に言って、未来さんは私といるときの方が楽しそうですよね」

「そ、そうだね……」


 これは煽りか? ついに反抗期なのか?

 もう可愛げがあったあの頃の彼女はいないということなのだろうか。


「友達になってもらってもいいですかね?」

「それは未来次第だからね」

「そ、そうですよね、ちょっと頼んできます」


 いやいいか、みんなに求められる子が求めたって。

 そういう自由は平等にあるはずだから。

 というか冬の寒い廊下でなにをしているんだかね。

 さっさと教室に入ろう、なーに、伊代だって来てくれるさ。


「未来さん、私とお友達になってくれませんか?」

「え、もう友達のつもりだったんだけどな……」

「え、そ、そうですか? それならこれからもよろしくお願いします」


 ……ああ、ああして安心しているような表情とかを見ていたりしたら可愛いとしか思えない、これ以上見ていたらやばいやつ扱いされてしまうからすぐにやめたけど。

 こうなったら新しい友達を作る努力をしないと駄目だ。

 友達としてカウントしてくれていると伊代が分かった以上、仲良くしようとしても伊代が積極的に動くだろうし、未来もそちらを優先するだろうからね。

 残念ながらだらだらと伸ばした時間よりも大切なのは濃さということなんだろう、なんにも意味のないことだったことになる。

 あとは単純にあれだ、態度が違いすぎるから嫌とかって弱気なもの。

 ちなみに未来とは別にふたりずっと続いていた友達がいたのに全て伊代に取られたことになる――まあ、魅力的だからしょうがないけども。


「はぁ……」


 お昼休みも寒い方が好きだからわざわざ外に出た。

 少なくともここを教えているわけではないから伊代は来ない。

 一緒にいても話せないなら少しでも見ていたくなかったのだ。

 自分と違って上手くやる彼女をね。

 持久走だって問題なく終えられたんだんからあとはゆったりと過ごしたかった、心身共に。


「やあ」

「こ、こんにちは」


 どうやら2年生の先輩のようだ。

 躊躇なく私の横に座って「寒いねー」だなんて言ってきている。


「大きなため息だったね」

「そうですね……」

「なにかあったの?」


 友達を妹に取られてしまってと馬鹿正直に話していた。

 ま、露骨に反応を変えたりすることが自分にもあるから責められることではないけれど。


「良かったね」

「え?」

「だって妹ちゃんは魅力的だってことでしょ?」


 ああ、そういうことか。

 そりゃ、そういう見方ができればってずっと考えている。

 みんなから求められるようなすてきな子が妹になってくれたんだって喜べればいいのにできないでいるのが現状だが。


「その妹ちゃんって二つ結びの子?」

「はい、よく知っていますね、吉岡伊代って名前で」

「あー、知ってる知ってる、伊代ちゃんね」


 どれだけ効果範囲が大きいんだろうか。

 先輩達にも名前を知られる程って結構すごいような気がするが。


「それじゃあきみは瑞月ちゃんね」

「え、なんで私のも……」

「だって伊代ちゃんはよくきみの話をするから、ここで食べているって話を伊代ちゃんから聞いて今日出てきたんだよ。でも、お姉さん寒くてもう戻りたくなってきちゃった」

「あのっ、もしかして伊代にこの場所がばれているってことですか?」

「うん、だって本人から聞いたから」


 先輩は「そうでもなければここに来られないよー」と重ねてきた。

 な、なんでもお見通しだったということか。

 それなら外で食べているのとか馬鹿みたいじゃん。

 寒いのが好きなのは本当だけど、ここには逃げてきているわけで。


「あ、私は藤崎真希まきね、よろしくっ」

「よろしくお願いします」


 何回か一緒にいられれば友達になってくれと頼むことができる。

 ばればれだったのは残念なものの、中々に悪くないきっかけとなりそうだった。上手くいかないのが現実だからどうなるのかは分からないが。


「ご飯食べよー」

「そうですね」


 走ったことにより火照った体が通常に戻ってきた。

 こうなれば確かに外気は冷たく感じる。

 吐いた息が白く見えるというのもそれに繋がっている。

 でも、やっぱりこの季節が1番好きだ。

 冷えた体に温かいものを入れたときが最高だから。

 ま、自分で作ったお弁当は冷めているんだけども。


「もう、教室で食べてくださいよ」

「え、い、伊代?」


 先輩に挨拶をした後に横に座ってきた。

 走ってきたようで少しはぁはぁとしている。

 横に座っているだけで体温が高くなっていることも分かった。


「ふぅ、疲れました」

「お疲れ」


 先輩はすぐに戻っていってしまう。

 そういう空気の読み方は求めていなかった。

 どうせ家に帰れば伊代とは話せるんだからどうせなら友達になれるかもしれない先輩と話せた方がいい。


「未来さんが探していましたよ」

「もしかして場所のこと説明しちゃった?」

「いえ、探してきますと言って出てきました」


 でもここにいる伊代にはばればれだと。

 寒いからこそこんなところに来ないだろうと考えていたのに何故だ。


「なんでここで食べるんですか? 寒いのが好きだということは知っていますが、わざわざこんな避けるようなことをしなくてもいいじゃないですか。否定するつもりはありませんが、教室で食べた方が楽でいいと思いますけどね」


 そんなことは私でも分かっている。

 それでもたまにはひとりになりたいというときがあるわけで。

 しかも私は毎日ここまで出てきているわけではない。

 話しかけられたら対応するから無視しているわけでもない。

 なんなら彼女の方が周りを優先してそれっぽいことをしている。


「私達は家族でしょ、家に帰ればゆっくり話せるんだからいいじゃん」

「そうは言いますけど瑞月さんは部屋にこもってしまうじゃないですか、課題があるとか、掃除がしたいとか、お昼寝がしたいとかで」

「そりゃ人間だからね、やらなければならないことが多いし」


 部屋にこもっていないときはちゃんと対応をしていた。

 いまだってそうだ、現に私はこうしてきっちり受け答えしているじゃないかと言いたくなるぐらいだった。

 避けているなんて事実はないんだ、未来ちゃんにはそういうことをしていることになるのかもしれないが。


「もう戻ろ、お昼休みも終わっちゃうし」

「はい……」


 そんな顔をしてくれるな、私はちゃんと近くにいる。

 別に悲観して伊代に私は必要ないんだ的なことを考えているわけでもないのだから。

 流石に私でもそんなマイナス思考をしないんでねと内で呟いて、ただ教室に戻ることだけに集中したのだった。




 母に頼まれてお使いをしている途中で藤崎先輩と会った。

 なんかそのまま付いてくるみたいなので、一緒に行くことにする。


「偉いね、ちゃんと手伝って」

「これぐらいしかできないですからね」


 少しだけでもなにかしたい。

 義理の母とより仲良くできるようにするためでもあった。

 ま、私は拒絶とか人見知りとかしていなかったから全く問題もなかったんだけど、伊代とだってすぐに仲良くなれたことだし。


「よし、これでもう終わりです。付き合ってくれてありがとうございました、先輩がいてくれたから楽しくできました」


 良くも悪くも子どもだからたまに面倒くさいと感じるときもある。

 例えば本を読んでいるときに頼まれたらせっかくいいところだったのにと思わずにはいられない――けど、断ることもしないけどね。


「今日は伊代ちゃんといないんだね」

「はい、なるべくコミュニケーションを取れるように私がやらせてもらっているんです、変なところで遠慮されてたら嫌ですから」


 あの人はもう私の母親なんだ、それならどんどん頼ってきてほしい。

 面倒くさいと感じるときもあるとか言っておきながらなんだけど、関係が上手くいっているとこちらとしても安心するから。

 逆に気を遣われていたりすると気まずくなる、それに疲れるし。


「あ、そういえば義理の妹なんだっけ」

「伊代はそこまで話をしているんですね」

「違う違う、だっていきなり転校してきたから」

「なるほど、それも同じ名字だったら気になりますよね」


 吉岡だからって吉岡瑞月の妹だとは繋がりにくいと思うけど。

 しかもそれでだって義理の妹だとは直結しにくいと思う。

 伊代本人が口にしているのか、それとも周りの子が言っているのか。

 ま、別にばれたところで不都合があるわけではないから問題はないが。


「そうだ、優しい瑞月ちゃんにはこれをあげる、飴ちゃんだよ」

「ありがとうございます、この飴は好きなので嬉しいです」

「おぉ、そっかそっかっ、それじゃあね!」


 封を開けて飴を口内に。

 ああ、この飴特有のコーラって感じが凄くいい。

 飲み物の方は喉に強炭酸すぎて突き刺さるからマイルドなところが好きだった、しかもこちらはそれより何倍も安いから。


「ただいまー」

「おかえり」

「買ってきたよ」

「うん、ありがとう」


 実は家にいるより外にいる方が好きだった。

 異常だと言われてしまうかもしれないが、外の方が暖かいからだ。

 屋内特有の冷たさは体に大きくダメージを与えていく。

 でも、外にばかりいたら心配されてしまうから家に帰ったらすぐにコタツに入るのが常のこととなる。


「瑞月さん、あーん」

「あむ――うん、みかんはやっぱり美味しいね」

「はい、お母さんが沢山貰ってきてくれたのでいっぱい食べられますよ」


 それでも私は年にひとつ食べられれば十分だ。

 なのに伊代ときたら平気で1日にみっつとか食べちゃうんだから。

 よくそれでお腹を壊さないなっていつも思う。


「あ」

「ふふ」


 彼女はよくコタツ内で足技を繰り広げてくる。

 母がいるときなんかはしないのに私相手だとしてくるから困ってしまう。


「はい、私の勝ちです」

「触れただけで勝ちってずるいじゃん」

「ふふ、素直に認めてくださ――ひゃっ!?」

「隙ありー」

「ち、ちが……ちょ、は、離してください……」


 ん? なんか様子がおかしいから足を戻しておく。

 なんか真っ赤な顔になってしまった。

 足が敏感だったとか? この3年間で全然分からなかったけど。


「ばか……」

「え、なんで?」


 同じように戦っただけなのに? 自分は良くて私は駄目なのと困惑中。


「もう部屋に戻りますっ」

「え、あ、ちょ、よく分からないけどごめんって」

「知りませんっ」


 そうか、必死に隠しておきたかったのにばれてしまったからか。

 私があの場所を知られたくなかったように、そういう弱い部分に気づかれると困ってしまうと、それを本当に偶然で見つけてしまったと。


「伊代は戻っちゃったの?」

「うん、なんか良くないことをしちゃったみたい」

「そっか、それなら後で謝っておいた方がいいよ」

「うん、ご飯のときにでもそうするよ」


 ただ、自分はしておきながら一方的に責めて引きこもるのはずるい。

 だってこちらはなにも言えなくなってしまう、つまり詰みだ。

 あの様子だと謝っても聞いてくれないだろうし、たちが悪いな。

 だが、乗って勝負を仕掛けたのは初めてだったから加減の調節が悪いのもあったのかもしれない、こんなことで嫌われるのは嫌だからそれでも後でちゃんと謝ろうと決めた。


「瑞月さん、ちょっと来てください」


 それは思ったよりも早く訪れた。

 こうなったら後回しにしてはならない。


「さっきはごめん」

「……それは別にいいですから早く」

「うん、分かった」


 連れて行かれたのは彼女の部屋。

 ……床に座らされて両腕を縛られて――なんで縛られてるの?


「今日は私が全てやるので瑞月さんはなにもしなくていいです」

「全てやるって家事の手伝いとかを?」

「違います、あなたのことを全てです」


 んー、ということは身の回りのこと全部ってことか。

 それは楽でいいけど、別にそこまで楽をしたいわけではないからなあ。


「伊代、これをほどきなさい」

「はい……」

「私はお父さんお母さん、そして伊代と普通に仲良くできればいいんだからさ、こういう誰かに頼りきる形は嫌なんだよ」

「そうですよね……」


 しかもずっと縛られておくと単純に血行とかが気になるから助かった。

 やっぱり両腕が自分の意思で動かせるのは幸せでいい。


「ありがとね、私のためにしてくれようとして」

「……はい」


 自由に動かせるからこそこうして妹の頭を撫でられるんだし、両親のためになにか手伝いをできたりもする。

 されるだけでは嫌なんだ、あとは単純に自分を必要してもらいたい。


「敬語じゃなければもっといいんだけど」

「うん……」

「あと呼び捨て」

「瑞月……」

「そうそれ、家の中でぐらいそうしていてよ」


 彼女をベッドに座らせて横に勝手に座る。

 こういうところは姉妹って感じがして凄くいいと思う。

 友達の家のだとこんなことできないからね、非常識だし。


「さ、さっきのことなんだけど、あのね?」


 赤くなった事情を説明してくれた。

 正直に言ってそれよりもいい匂いなことに意識がいっていた。

 同じシャンプーやボディソープを使っているのに何故なのか。


「伊代、なんでこんなにいい匂いがするの?」

「なんでって……特になにもしてないから分からないけど」

「嘘つき、なにかしてるでしょ?」

「し……てないよ? というか、ち、近い……」


 香水を使っているというわけでもなさそうだ。

 試しに色々なところに触れたり嗅いだりしてみたが、そもそも全体からこのいい匂いが出ていたから。


「私、伊代の匂い好きだよ」

「な、なにもしてないって……」

「うん、それは分かったから満足してる」


 流石にデリカシーがなかったか、反省しよう。

 また真っ赤になってしまっている妹の頭を撫でてから退出。

 これで喧嘩から不仲には繋がらないから十分だ。


「瑞月、もうご飯ができるから伊代も呼んで」

「はーい、伊代ー」


 父はどうやら今日も定時で帰るのは無理なよう。

 いま頃仕事と向き合いながら泣いてそう、大体そんな感じがする。


「あれ、顔が赤いよ?」

「お母さんは知らないかもしれないけどね、伊代はこうして全身を赤くしてすっきりさせることがあるの」

「えっ!? そ、そうだったんだ……」

「うそー!」

「もうっ!」


 その理由を作ったのは自分だから細かく説明したりはしない。

 ご飯を食べることが好きな子だからすぐに治るだろうから。

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