クリスマス

ヤクモ

クリスマス

 クリスマス・イブの今日、この街で一番広い公園には恋人たちがいました。日が沈むにつれ、街灯に加えイルミネーションが煌めいています。この公園の中央には噴水があり、人々の待ち合わせ場所として用いられていました。いまは水の代わりに純白の雪が積もっています。その前に、一人の少女が立っていました。少し幼さの残るその顔は寒さで真っ赤に染まっています。現在の気温は1℃。あと三十分もすればマイナスに下回るでしょう。身を寄せ合っている恋人たちでさえ、その寒さに帰っていきます。短いスカートから伸びる脚は時折震えており、漏れる吐息は真っ白です。

「ごめん、遅くなった」

 彼女の前に、背の高い少年が現れました。年の頃は彼女と同じくらいです。謝っている割にはその態度は落ち着いており、とても遅刻をした人とは思えません。

「大丈夫、私もさっき来たばかりだから」

 耳まで真っ赤にしながら、彼女は微笑みます。

「………」

「………」

「あ、これ、クリスマスプレゼント」

 少女は、黙って少年を見つめていたかと思うと、手にしていた紙袋を差し出しました。少年は嫌そうに顔をしかめながらも、「ありがとう」と受け取ります。

「何、これ?」

「マフラー。編んでみたの」

「ふーん」

 入っていたのはベージュのマフラー。

「よく、ベージュ系の着ているでしょう。だから、好きなのかなぁって」

 少年が今着ているコートもブラウンよりのベージュです。少年は冷めた目つきで、頬を赤らめる少女を眺めます。

「どこか、行こうか」

 何を考えているのかわからない沈黙を、不格好な微笑みと共に何とか崩そうとします。

「…………」

 しかし、少年はその提案を無視し、自分たちの周囲にあるイルミネーションに目を向けています。

「あ……綺麗だね」

 同じ方向を見ながら、会話をしようとします。

「これ」

 突如、少年はコートのポケットからピンク色の包みを出しました。

「これは……」

 少女の手にのるサイズのそれは、重量を感じさせないほど軽いです。訝し気な少女に、少年は吐き捨てる様に「あげる」と言います。

「あ、ありがとうっ」

 目に見えて喜ぶ少女に比例して、少年は不機嫌さを露わにします。

「で、どうすんの」

「え?」

「どこか行くのか?」

 ともすれば怒鳴りそうな口調に対し、少女は口元を緩めたままです。

「あのね、喫茶店とか」

「混んでるだろ」

「じゃあ、映画?」

「何見るんだよ。混んでるだろ」

 何を言っても一刀両断するその姿勢に、少女は萎んでいきます。

「じゃあ、帰る?」

「は?わざわざ来たのに」

「そうだよね」

 だんだん小さくなる声に、少年は苛立ちを強めていきます。

「何したいの」

「……一緒に………」

「聞こえない」

「一緒に、いたい」

「家来る?」

 少女の言葉と重ねる様に、少年が言いました。その表情は変わらず不機嫌です。

「いいの?」

 怯えるような問いに、ムスリとした顔のまま、「来ないの?」と返します。

「行きたい」

「じゃあ、行こう」

 紙袋を手首に引っ掛けて、両手をポケットに隠したまま歩き出しました。

「うんっ」

 水を与えられた枯れかけの花のように、少女は生き生きとしてその後を追います。

「遅い」

 小走りに隣を歩く少女に対してぼそりと呟きながらも、その歩調は緩やかになります。

「あ、ありがとう」

「何言ってんの」

 二人は手をつなぐことも無く公園を出ていきました。

 雪は、降り続けました。

🎄

 待ち合わせは五時だったのに、スマホの時計を確認すると17:47と彼の遅刻を表している。メールも着信も無い。

 周囲を見ると、さっきまでいたはずのカップル達がほとんどいない。肩を寄せ合って寒さから互いを守るように寄り添っているその姿を見ると、孤独に息が詰まりそうになる。

 やっと念願のデートができるかと意気込んで、普段は穿かないミニスカートにヒールの高いショートブーツを身に纏ったが、思った以上に寒い。

(帰ろうかな)

 足元に目を向けると、一センチ程度しか積もっていなかった雪は、ヒールと同じくらいの高さになっている。

「ごめん、遅くなった」

 突然、待ち焦がれた声がした。幻聴かと思って、頭を思いっきり振って顔をあげると、大好きな顔が私を見ていた。

「大丈夫、私もさっき来たばかりだから」

 憧れのデートの定型文を口にしながら、心はフワフワと浮いている。

「………」

「………」

 その冷めた目をじっと見つめていると、彼も無言で見つめ返してくる。「やりたいことノート」に書いたことが次々に叶っていく。ずっとこうしていたいと思いながらも、雪が付いた紙袋を差し出した。

「これ、クリスマスプレゼント」

「……ありがとう」

 とても、「ありがとう」と言う顔ではないが、丁寧にお礼を言うその姿に、頬が緩む。

「何、これ?」

「マフラー。編んでみたの」

 好きな人に、手編みのマフラーをプレゼントする。それも、クリスマスのプレゼントとして。今日はイブだが、そこまで欲は言わない。今日こうして会えただけでも満足だ。

「ふーん」

 紙袋を覗き込みながら、つまらなそうな呟きが聞こえる。

「よく、ベージュ系の着ているでしょう。だから、好きなのかなぁって」

 現に今着ているコートの色もベージュ系だ。細くも鍛えられた体によく似合っている。

「…………」

 何を思っているのか無言で見てくる視線に頬が熱くなる。

「どこか、行こうか」

(これって、まるで、まるで)

 恋人のようじゃないかっ。

 一人胸のうちで盛り上がる私を放置し、彼はこの場を囲んでいるイルミネーションを眺めている。

「あ…綺麗だね」

 興奮を誤魔化すように言うが、彼は何も答えない。

(一人で喜びすぎたかな)

 気持ちが沈んでいくのに合わせて視線を落とす。

「これ」

 突然目の前にピンクの塊が映りこんだ。

 ピンクの包装紙と赤いリボンで飾られたそれを、手にのせる。

「これは……」

「あげる」

 ぶっきらぼうな言い方でも、彼から話しかけてくれたことが嬉しくて。

「あ、ありがとうっ」

 口から出た声は大きい上、裏返ってしまった。

「で、どうすんの」

「え?」

 まさか言葉が続くとは思ってもみなかったため、ポカンと顔をあげる。

「どこか行くのか?」

 端正な顔が、「不愉快」を表している。それでも、彼が私に意見を求めたことが嬉しくて、口元が緩んでいるのを自覚しながらも、「あのね、喫茶店とか」「混んでるだろ」あっさりと否定された。

 世のデートスポットと言えば………。

「じゃあ、映画?」

「何見るんだよ。混んでるだろ」

 確かに。映画なんてせいぜいレンタルしてみる程度の私には、何が上映されているのか分からない。それに、彼は人混みが嫌いだった。そんな根本的なことも考えられないなんて。

 このまま解散となるのだろうか。

 予想以上にはやい別れに、ほわほわとしていた心が重くなる。

「じゃあ、帰る?」

 自分で言っておきながら、泣きそうになる。

「は?わざわざ来たのに」

「そうだよね」

 吹雪でこそないが、今日も雪は舞っている。そんな中来てもらったのに。

 申し訳なくなり、背中が曲がっていく。

「何したいの」

「……一緒に………」

 一緒にいたい。

「聞こえない」

「一緒に、いたい」

「家来る?」

 声が重なり、自分で何を言ったのか一瞬分からなくなる。見上げると、視線が合い、すぐ逸らされた。

「いいの?」

 強い願望が生み出した幻聴かと思い、恐る恐る尋ねる。

「来ないの?」

 視線を逸らしたまま言うその表情は、いつもより心なしか優しい。

「行きたい」

「じゃあ、行こう」

 言うが早いか、すたすたと歩き出す。

「うんっ」

 再びほわほわと浮いている心を抱いて、滑らない程度のスピードで走る。

「遅い」

 身長差のせいで歩幅が違うため、隣を歩くにはやや小走りになる。彼は冷たく言い放ちながらも、ゆったりとした足取りになった。

「あ、ありがとう」

「何言ってんの」

(かっこいいな)

 手首に引っ掛けられた紙袋を目にすると、頬が緩む。手なんかつながなくても、温かい。

 はじめてデートするだけでなく、家にまで招待されるとは。

🎄

 今日はクリスマス・イブだというのに、どうしてあいつと会わなくちゃいけないんだ。

 バイトを終えた足で、待ち合わせ場所に向かう。約束の時間はとっくに過ぎている。

「さみー」

 コートのポケットに手を突っ込んでも、寒いのは変わらない。吐き出した息は白い。あいつはまだ待っているだろうか。

 まっさらな道に足跡をつけながら目的地へ向かう足取りは遅い。その理由は考えるまでも無かった。

『二十四日に会えないかな』

 終業式が終わり、いつもよりもにぎやかな教室で言われた。幸いにも聞こえていたのは気の置けない友人一人だけだったようで、誰かに揶揄されることはなかった。

 あいつとは今年で五年間、同じ教室で授業を受けている。来年はクラス替えが無いため、必然と六年間同じクラスとなる。ただ、それだけの関係だ。休日に遊びに行く仲でもないし、ましてや教室で話をした事すらない。

 はじめての会話が、あんなものだなんて。この年にもなるとその誘いが何を意味するのかくらい見当がつく。

 面倒だった。

 彼女はいないが、欲しいとも思わない。今は異性よりも同性とばか騒ぎしている方が楽しい。

 俺は面と向かって断るのも面倒だったため、「はぁ?」と思う限りの冷たい対応をした。しかし、まさか「ごめん、聞きづらかった?」と困った笑顔で流されるとは。こうなったら約束だけ取り付けて、当日ドタキャンしよう。「××公園で、待ち合わせでいい?」「あぁ」最低限の不愛想な返事でも、こいつは馬鹿みたいにへらへら笑っていた。

 二十三日の夜、バイト先から「明日来れないかな」と電話が来た。どうやらバイト仲間がインフルエンザに罹ったらしい。断る口実ができた。すぐに連絡網からあいつへ電話をかけた。「明日、バイトが入ったから行けない」「そっか……バイト、何時に終わるかな」「………多分、四時」「それじゃあ、五時に会えないかな」しつこい。こいつは何をしたいんだ。「わかった」何もわからない。行くわけがない。

 歩きながら時計を見ると、あと数分で六時になる。来るつもりなんてなかった。ただ、ふとあのヘラリとした顔を思い出しただけだ。あいつはきっと待ち続けそうだ。

 雪が積もった噴水の前に、あいつはいた。遠目からでも体が寒さで強張っているのが分かる。ふっと息を吐くと、努めてゆっくりと歩いた。

「ごめん、遅くなった」

 罪悪感が無いわけじゃなかった。だから、素直に謝罪ができたんだと思う。

「大丈夫、私もさっき来たばかりだから」

 ヘラリと、教室で見たあの笑い方。さっきって、いつだよ。目の前のこいつはどうして笑っていられるんだ。

「………」

 無言でいると、こいつも黙って見上げてくる。

「………」

 さらに黙っていると、「あ、これ」と紙袋を出した。

「クリスマス・プレゼント」

 やっぱりそうか。

 予想が当たったことが不愉快で、眉が寄るのを感じながらも「ありがとう」と受け取る。

「何、これ?」

「マフラー。編んでみたの」

「ふーん」

 紙袋を覗き込んでみると、ベージュのマフラーが綺麗にたたまれている。

「よく、ベージュ系の着ているでしょう。だから、好きなのかなぁって」

 確かに、茶色の服は多い。こいつ、何で知ってるんだ?普段は制服しか見たことないだろう。てか、何で顔を赤くする。

「どこか、行こうか」

 思った以上に面倒くさそうなやつだと恐怖していると、中途半端に笑ったままそんなことを言う。

「…………」

 何も考えたくない。

 園内のあらゆる木に飾られたイルミネーションに目を向ける。

「あ……綺麗だね」

 遠慮がちなその声にイラつく。

 そして、そのイラつきをポケットの重さが倍増させる。少しでも身軽になりたかった。

「これ」

 顔すら見ないで、小さな包みを差し出す。

「これは……」

 呆然とした声と共に、手のひらに感じていた重量がなくなる。

「あげる」

「あ、ありがとうっ」

 だから、そんな声を出すな。

「で、どうすんの」

「え?」

 隣を見下ろすと、笑い方がホニャリに変わっている。ただでさえ気の抜けた顔が、輪郭が無くなっていた。

「どこか行くのか?」

 あまりにも馬鹿っぽいその顔に、声が大きくなる。

「あのね、喫茶店とか」

「混んでるだろ」

「じゃあ、映画?」

「何見るんだよ。混んでるだろ」

 ここに居るのは寒いが、人ごみも嫌いだ。しかも、こいつと一緒だなんて。

 イライラとしながらもこいつの言葉を待っていると、一転して弱々しい声で「じゃあ、帰る?」と言われる。

「は?わざわざ来たのに」

「そうだよね」

 さらに小さくなる声に、苛立ちが募る。

「何したいの」

「……一緒に………」

「聞こえない」

「一緒に、いたい」

「家来る?」

 は?

 何言ってんだ、俺は。

 すぐに訂正すればいいものを、突然妙なプライドが出る。この寒さの中外で待ち合わせて何もないなんて。

「いいの?」

 さっきまでの笑顔は何処に行ったんだよ。

 弱々しくそう聞かれると、冗談だと言えない。

「来ないの?」

 もう、どうにでもなれ。

「行きたい」

「じゃあ、行こう」

 改めて口に出すと照れくさくなり、この場から逃げる。

「うんっ」

 半歩遅れてついてくる足取りが軽いことに、息が抜ける。いや、安心しているわけじゃない。

「遅い」

 五〇メートルほど歩いてもなかなか隣に並ばないことにイラつきながらも、歩調を緩める。

「あ、ありがとう」

「何言ってんの」

 俺が何言ってんの?

 家には家族が総出でいる。父と母はあしらうとして、女姉妹達をどうしようか。

 まさかこの数分後、何もかも面倒になり自分から交際を申し出るとは、思ってもみなかった。

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クリスマス ヤクモ @yakumo0512

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