　運がいいのか、それとも全くの偶然なのか、トーマスはゴブリンの大集落からの偵察に遭遇することなく俺を見つけ出してくれた。

　俺の憶病なくらい慎重な性格をよく理解してくれているので、ゴブリンの大集落を大きく迂回して大魔境の奥を探してくれた。

　それが可能なだけの忍者が無事だったことが、俺にもトーマスにも幸いだった。

「アレックス様、よくぞご無事でいてくださいました。

　心から安堵したしました、どうかこのままお側に置いてください」

　まるで女性のようなセリフを口にするが、残念ながら女性ではない。

　幼い頃から俺を教え導いてくれた傅役のトーマスだ。

　傅役のトーマスが、公爵家の跡取りに相応しい男になるように、この世界の常識や基準を厳しく教えてくれたお陰で、俺は常識と権謀術数を身に着けられたのだ。

　そうでなければ色々と失敗していたかもしれないし、その結果もっと監視が厳しくなり、密かにスライムを飼う事もできなかったと思う。

「だがそれではトーマスの妻子や一族が危険だ。

　本気で俺に付き従ってくれるというのなら、妻子と一族も一緒に来てくれ。

　トーマスも含めて、一族の者には騎士や従騎士、徒士や兵士に相応しい給与を渡すから、安心してくれ。

　その証拠として換金する事のできる素材を渡すから、王都で換金してきてくれ」

「承りました、アレックス様。

　ただ今はゴブリン大集落を討伐する役目を与えられております。

　全てはその後で宜しいでしょうか」

　陪臣とはいえ騎士に相応しい言葉だった。

　トーマスらしい誇り高い言葉だが、父のリークン公爵にそれを受ける資格があるだろうか、もしなければ平気でトーマスを裏切るだろう。

　俺は前世の記憶と知識が鮮明で、リークン公爵を父親だとは思えないのだ。

　全く親子の情が湧かないリークン公爵よりも、トーマスの方がはるかに大切だ。

「トーマス、リークン公爵を信じるな。

　どれほど卑怯な手段を使ってでも、自分の欲望を満たすのがリークン公爵だ。

　だからトーマスの一族にも裏切りを誘っているはずだ。

　大切な一族でも、裏切りそうな人間は信じないでくれ。

　ゴブリン大集落を討伐することも、俺に忠誠を尽くしてくれることも、クラリス王太女殿下に助言を求めて決めてくれ。

　今の俺には社交界の情報がなく、何が正解なのか分からないのだ」

「承りました、今は索敵に専念して、勝てる確証が持てるまでは、ゴブリン大集落への攻撃を手控えさせていただきます。

　クラリス王太女殿下がつけてくださった監軍に相談して、アレックス様の無事をクラリス王太女殿下にお伝えすると同時に、素材の王都での処分も相談いたしますので、しばしお待ちください」

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