第28話 似た者同士の二人【知佳視点】

 明日のための洋服を買った私は、一階にあるフードコートで小腹を満たすため、愛奈萌と一緒にエレベーターを待っていた。


 あ、ちなみにだけど、洋服は友梨ねえの案と愛奈萌の案、二セット買うことにした。いつも同じ格好をするわけにはいかないしね。それに愛奈萌が「辰馬の好みに合わせるのが一番だよ」と言っていたので、友梨ねえ、好みを聞いてくれてほんとにありがとうございます!


 しかしまあ……いつも通りとはいえ、ほんと申しわけない。


「ごめんね。これでもう三回目だ」

「だからいいって。こんなの気にしない気にしない。急いでるわけでもないんだしさ、ゆっくり待とうよ。セロリをことことミソスープって言うもんね」

「急いてはことを仕損ずる、でしょ」

「まあ、そうともゆー」


 愛奈萌は全然気にしてないと笑ってくれたが、私は心苦しくてたまらなかった。


 いま私たちは別の階に移動するためにエレベーターを待っているのだが、せっかく来たエレベーターを三度もスルーしていた。人が多く乗っていて、車椅子が入るスペースがなかったからだ。


「でも、私が普通に歩けてたら」

「そんなこと言っちゃダメ。ってかあいつらがおかしいんだよ。これ車椅子の人とかが優先して乗れるエレベーターなんだよ? なのにその車椅子の人が待ってて、階段でも移動できるやつらが譲らないのってほんとありえない」


 愛奈萌が肩に優しく手を置いてくれる。


「ありがとう愛奈萌」


 こういうことをサラッと言ってくれる愛奈萌と友達になれて本当によかった。


「だから気にしないでってば」


 愛奈萌はくしゃりと笑ってから、「んくぅー」と気持ちよさそうな声を出しながら大きく背の伸びをした。


「でもさぁ、知佳っていっつもこんな居心地悪い思いしてたんだねぇ」

「え? いきなりなに?」

「だって、ただ移動してるだけなのにみんながちらちらこっち見るじゃん。あの視線、なんか嫌だよね。同じ人間を見る目じゃないっていうか、好奇? 排除? 辟易? そういういろんな感情が混じった視線って気がして」

「まあ、たしかに壁は感じるね」


 愛奈萌の言いたいことはわかった。


 車椅子に乗っていると、すれ違う赤の他人からそういう冷たい視線を向けられることが多い。さっきエレベーターの扉が開いたときもそうだ。中に乗っている人から、


「うわぁ、あいつ乗ってくんの? 邪魔だなぁ。幅とんなよ」


 って視線が一瞬だけ向けられた。


 これは電車に乗るときも同じで、駅員の補助で電車に乗ると、みんなスマホを扱ったり本を読んだりしながら無関心を装いつつ、ちらりと一瞬だけ視線をよこす。もちろんみんな声には出さないが、


「うわぁ、車椅子のやつが乗ってきたよー」


 って思ってることが、その冷めた視線でわかってしまう。まだなんにも迷惑をかけていないにもかかわらず、だ。


「もう慣れちゃったから。別に気にしてないよ」

「そっかぁ」


 不服そうに愛奈萌はうなずく。


「でもほんとはそれに慣れるって方がおかしいんだよね」

「え?」

「だってさ、多数派の健常者たちが理不尽に徒党組んで排除しようとしてるってことじゃん。少数派の障碍者がそういう無言の迫害や圧力を我慢しなきゃいけない。それってやっぱりおかしいよ」

「それはそうかもしれないけど、他人に迷惑かけて生きてるんだって自覚があるから、しょうがないと思う」


 それに、と私は自分の足をさすりながら続ける。


「愛奈萌がそう思ってくれてるってだけで、私は本当に嬉しい。ありがとう。愛奈萌と友達になれて本当によかった」


 心に浮かんだ言葉を正直に伝えると、愛奈萌は顔を真っ赤にしながら微笑んでくれた。


「こちらこそだよ。私も知佳と友達になれて本当によかった。私もこれまで色眼鏡で見られ続けてきたから、やっぱ似た者同士じゃん!」

「愛奈萌も車椅子乗ってたことあるの?」


 私が疑問の視線を向けると、愛奈萌は、


「ほら、私って元芸能人だから」


 と苦笑いを浮かべる。あ、そういう意味か。愛奈萌は私なんかよりもはるかに生きづらい世の中を生きてきたのだ。


「なんつーか、元芸能人だからこそ人の視線に敏感にならざるを得なかったんだよね。だって小学校の登下校のときに、『あ、この人週刊誌の人だ!』ってよく思ってたし。ランドセル背負って通学路でトンボを見てただけの写真が週刊誌に載ったこともあるんだから」


 ほんと、どんだけネタないんだよ、私が共演者のドぎつい不倫ネタタレこんでやろうかって思ったくらいだよ、と愛奈萌は冗談を言うときのテンションで続ける。


 空気が深刻になりすぎた、と感じ取ったのだろうか。


 その気遣いが、余計に切ないなと思った。


「なんかそれ、全然プライベートなくて、辛いね」


 私がそう言うと、愛奈萌は目を見開いてから、むぎゅっと抱き着いてきた。


「ほんっと知佳は優しいなぁ可愛いなぁ」

「そんな、私なんて」

「否定しないで。知佳は優しいよ」


 愛奈萌の力強い目が、その言葉が本心から出たものだと物語っていた。


「だってね、私は小学校のころからずっと、『共演してたあのジニーズアイドルって本当に格好よかった?』とか、『あのドラマのあの役のセリフ言ってみて』とか『あの俳優さんは普段どんななの?』とか、基本的に他人のことしか聞かれなかった。だから、渋野愛奈萌自身を見ようとしてくれた知佳や辰馬のことが、すごく嬉しかったの」


 その言葉を聞いて体が熱くなる。こうして愛奈萌に抱き着かれて、頬と頬をすりすりし合っているだけですごく満たされていると感じる。


 辛い経験しかしてこなかった愛奈萌が、私が隣にいることで少しでも救われているとわかって、すごくこそばゆかった。


「だから知佳は……そんなに自分を卑下しないで」


 なだれ込んでくる愛奈萌の言葉は、本当に暖かい。

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