第16話

頭上に、大きな光のかたまりが見えた。それはどこか優しい、じんわりとした明るさで全身を照らし出していた。光に浮かび上がった自分の下半身を見て驚いた。それはあの忠実な分身、従属体スレイヴの見慣れた外甲だった。


アイは気づいた。自分の身体は、また冥王星の柔らかな光を浴びながら、ゆっくりとカロンの地表へと吸い寄せられているのである。微弱な引力の作用で、ゆっくりとした速度で自由落下しているのである。目の前いっぱいに巨大なカロンの裂け目が迫り出して来る。自分はどうやら、冥府の王の慈悲により特別に選抜され、来るべき終焉を回避し、この始原の地へと召喚されたようだ。




ふと気づいて、アイは従属体スレイヴの身をよじり、上方を見た。


そこに広がる風景は、あの、眼の前いっぱいの星々。


白、赤、橙、そして青。ぜんぶ合わさってきらきらと輝き、あちこち光芒を投げかける。背景には広々とした漆黒の夜空。どこか遥か彼方からのほのかな光に照らされて、星々は、ちりちり破ぜる線香花火のひげの先のように、しずくを撒きながら滝を零れ落ちる水のように、アイの視界から次々と消えてゆく。


さまざまに煌めき、なにごとかを囁きながら、名残惜しげに去ってゆく・・・




なるほど。そうか。

夢でも幻でもなかった。


これはかつて、自分が、自分自身で見た光景だったのだ。


アイの目に涙が溜まってきた。いや、このときすでに彼女に肉体はない。転移した感覚が、かつて有していた涙という反応の名残を、彼女にそっと伝えに来ただけなのだ。




アイは、泣いた。

アイは、泣いた。




「ただいま。私のふるさと。いま帰ってきたわ。」




アイのすべてを包みこんだ従属体スレイヴは、そのままゆっくり冥府の谷に沈み、深い深い闇の中へとその姿を没していった。



<了>

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冥府の王 早川隆 @oyajigagger

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