第6話
思念波とは、アイが生まれつき持ち合わせている特殊な能力のことである。彼女の曽祖父はアメリカ人で、当時米国領だったフィリピンに住み、戦争がはじまるとそこで日本軍の捕虜となった。その後日本本土に連行され、戦後は日本女性と結婚して子を成し、そのまま日本で死んだ。アイはその四代目に当たるが、もともと一族の大半はなんらかの超常的な特殊能力を持っていた。1970年代にはその異能がマスメディアで広く取り上げられ、アイの祖母や親戚が世間で大いにもてはやされることとなったが、軽佻浮薄な超能力ブームの終焉とともに忘れ去られ、今では一族は全くバラバラとなってしまっている。
あるときモレノが、アイにもう少し詳しい事情を教えてくれたことがある。
「君の曽祖父は、もともとアメリカ東海岸ボストンのすぐ近く、インスマウスという港町に住む漁師だった。だが、公式には記録されていない深刻な暴動事件に関与して逮捕され、免罪と引き換えに当時フィリピンの孤島にあった隔離研究施設に移され、軍のさまざまな実験に協力していたんだ。」
つい映画に出てくるような凄惨な人体実験を連想したアイが眉をしかめると、モレノは言った。
「当時は、彼の持つ不完全な遠隔透視能力が、国防のためのスパイ技術に進歩をもたらすと思われていたらしい。実験自体は穏当なものだったはずだよ。だが、やがて戦争がはじまり、その施設を占領した日本軍は、別のことを考えた。悪名高いユニット731に属する科学者連中が、日本国内にいる透視能力者の女性を連れてきて、彼との間に半ば強制的に子供を作らせ、異種の血の掛け合わせによるなにか新たな超能力の獲得を目論んだんだ。その、連れてこられた女性こそが、君のひいおばあさんだよ。」
「それじゃ、その無茶苦茶な実験の結果が、私だと言うの?」
アイが涙ながらに問うと、
「いや違う。それは違う!二人は愛し合っていたはずだ。戦後まもなく、彼らは日本に帰化して結婚し、ごくあたりまえに家庭を作った。以来数十年、サクラガワと名乗った君の一族は平和に暮らした。だが一時、マスメディアにいいように使われてしまったあと、継続的にいろいろと問題が起こったようだ。内輪揉めや金をめぐる係争、そしてうちつづいた不幸な事故。世代をまたぐ不幸だったようだね・・・残念だが、よくあることだ。君のご両親もそんな最中に亡くなった。」
「パパやママの、顔も覚えていない。写真だけ。」
「あの事故のとき、君はまだ本当にちっちゃかった。後席のチャイルドシートに括り付けられていた君だけが助かった。私はメキシコ系だが、インスマウスに居た君のひいおじいちゃんの遠縁だ。だから引き取った。君と暮らすことができて、私は後悔していない。」
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