第5話

「行ってもらう?」

アイは、びっくりしてシンシアを見た。彼女は慌ててアイをなだめ、

「ごめんなさい。今のは、ものの喩えよ。あなたの天与の能力を使って、D.C.から放たれ現地上空を飛んでいる従属体スレイヴという無人飛翔ドローンに意識を投影し、そのカメラを通して、まずは見たままを教えて貰いたいの。そのとき一緒に撮影された映像は、数日以内にはここに届く。でも現地はあまりに遠くて、重い映像データをリアルタイムで送達することは不可能なの。でも、あなたなら今すぐ、思念波ソウト・ウェイヴを飛ばして、現地のスレイヴをコントロールすることができる。だから、まずは偵察隊として現地のありさまを視認し、そこに何があるのか、なにか未知の障害はないか、とにかくありのままを私たちに教えてもらいたいの。」


モレノがアイの気を鎮めるため、柔らかな口調で割って入った。

「モルドール斑の南に、濃い闇に沈んだ領域があるだろう?まるでカロンの大地につけられた、深い鉤爪の傷跡みたいな。」

そう言って、大スクリーンの一点を指差した。アイは頷いた。

「あの谷は、推定だが、高さが数キロメートルにもなるべらぼうな氷壁でできている。おそらくは水分や窒素がかちかちに凍ったものだが、あまりに深すぎて、下方は本当の真っ暗闇なんだ。その奥がどうなっているのか、それを観測したい。」


アイは、きょとんとしてこの父親がわりに尋ねた。

「真っ暗闇なら、私の眼にだって何も見えないかも。それにそもそも、そんな何億キロも離れた無人の僻地の谷底に、わざわざ探査ユニットを飛ばしてまでして私の思念波ソウト・ウェイヴを送り込む意味って、なに?」


モレノは微笑み、アイの小さな肩をその大きな掌で包んで、優しく前後に揺すった。

「実はそこに、何かがあるんだよ。我々はもう百年近くも前から、そのことを知っていた。知っていたが、何もできなかった。今やっと、すぐ近くにまで探査機を送り込むことができた。そして極秘のうちに、スレイヴをあの大地の裂け目へと直接ダイヴさせることができる。」


「割れ目に沿って、やさしく、撫ぜるように。」

誰かふざけた男の声がして、女性陣から一斉に非難の声があがった。モレノはすかさず、

「ギャビン君、厳に口を慎しみ給え。いまさら冥王プルートの怒りは買いたくない。」

そう冷たく事務的に言うと、アイに説明を続けた。


「実は、中国人たちがこのことに気づいた。そしていま、国家航天局と人民解放軍との共同プロジェクトが進行しつつあるという確かな情報が入っているんだ。彼らはなんと、あの辺縁に有人宇宙船を送り込むつもりだ。おそらく、飛行士が無事に生還できる確率は半分以下の筈だが。」


せんを越されちゃ、困る理由があるのね?」

アイは言った。モレノは即座に答えた。

まったくもってその通りアブソルートリー・イエスだ。まだよくはわからないのだが、そこに在るものを他の人類に先んじて把握しておくことは、国防上の最重要優先事項と考えられている。もちろん、何もなければそれでも良い。何もない・・・・ということを知っていること・・・・・・・が、今後のアメリカと、日本をはじめとする自由世界の繁栄にとって、とても、とても重要なことなんだ。おそらく中国人はこのカミカゼ的な有人飛行を、十年以内には実現する筈だ。我々に残された時間は、そう多くはない。」

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