第4話 焼芋

「折句に気付いてもらえて良かったわ」


 翌早朝、まだ薄暗く明けきらぬうちに神殿の裏林に来たルーカスを、待ち構えていたミラルディが微笑んで迎えた。


「一人でもやってみて、焼芋が出来たら貴方に渡すつもりだったの」


 にっこり笑ったミラルディを見て、可愛らしい人だ、とルーカスは心の中で呟く。


「用意しましたか?」

「ええ、厨房のかまどで燃え残っていた薪を持ってきちゃった。神殿の供物から芋も少しくすねてきちゃったわ」


 ミラルディは後ろの燃えている落ち葉の山を指した。


「では、後は待つだけですね。何もすることはない」


 落ち葉の山に近づいて、地面に腰を下ろしたルーカスの傍にミラルディも次いで座った。


「寒くありませんか」

「大丈夫よ」


 山上の神殿だ。朝晩は気温が冷え、吐く息は白い。

 羊毛を羽織っているルーカスに比べてミラルディは薄手の長衣しか着ていない。


「どうぞ」


 ルーカスは肩にかけていた羊毛をとり、ミラルディに差し出した。


「私、眷属になったら風邪をひかなくなったの」

「そうかもしれませんが。見ていると寒々しくて」

「貴方が寒いわ」

「平気です」


 ミラルディは受け取った後、


「じゃあ、こうしましょう」


 羊毛を羽織り、ルーカスにぴたりと寄り添って羊毛の片方を小さな腕でルーカスの肩に回した。


「このほうが温かいわ」


 体温は人間とは変わらないんだな。

 右半身に伝わってくる小さな身体の温かさにルーカスはそう思った。


「静かですね、落ち葉の落ちる音を聞いたのも久しぶりです」

「私も。こんなに耳を澄ましたのは久しぶりよ」


 微かに木々から落ちる葉がたてる音に二人はしばし浸った。


「楽しみだわ」

「私もです。実はこうやって焼けるのを待つのは初めてで」


 見上げたミラルディにルーカスは返した。


「いつも農作業の合間に食べる感じでしたから。時間を逃してほとんど炭になったのをかじったことも」


 ルーカスは思い出して苦笑した。


「食べたらすぐに作業に戻って。ゆっくり食べたことなんてないですよ……不思議ですよ、あの頃の自分を思うと。こんなにゆったりした時間を過ごすことなんて無かったですし、貴女のような方とまさか折句のような雅な遊びが出来るなんて、思ってもみなかった」


 ミラルディが目を細めるようにしてルーカスの顔を見た。なんとなく、面映い気持ちになってルーカスは誤魔化すために木切れを落ち葉の山に突っ込み、芋を探して突き刺してみた。


「結構時間が経っていたんですね、もう火が通っています」


 自分とミラルディの足もとに芋を二個、棒で転がして出した。


「私、土や炭がついたようなのをそのまま食べるなんて初めて……あちっ」


 手を伸ばしたミラルディが慌てて引っ込めた。


「熱いですよ。半分に割って少し冷ましましょう」


 言いながら芋を踏んだルーカスはミラルディが目を見開くのを見て、しまったと思う。


「……私、足で踏んだのを食べるのも初めて」


 お嬢さんが口にするものを踏むんじゃなかったな。

 踏んで割れた芋から足を離すと、ミラルディはしばらくして手を伸ばした。


「美味しいわ」


 二人は無言で熱く焼けた芋を味わった。


「私も実は昔、赤毛だったんです。赤と金が混じったような。眷属になったら紫になってしまって。貴方のように雀斑もあったんですが。消えてしまったわ」

「意外ですね」

「ルーカスさんを見ていると兄を思い出すんです。貴方の髪色よりもっと真っ赤でしたけど。雀斑もあって。貴方と同じ歳でしたし」


 こちらを見るミラルディの鼻に芋の皮がくっついている。吹き出してルーカスは手を伸ばした。


「ついてますよ、ほら」


 芋の皮をミラルディに見せると、ミラルディは押し黙った。ルーカスは皮を地面に落とすと、芋にかぶりついた。

 ふわり、と紫の髪が揺れるのを視界に感じたルーカスは、次に自分の頬になにかが押し当てられるのに気づく。その正体に気づいた瞬間、ルーカスは反射的に立ち上がった。


「な、なに……」


 肩から羊毛が落ちる。見上げるミラルディと目が合った。


「ごめんなさい」


 拾った羊毛にすっぽりと身体を包んで、ミラルディも立ち上がった。


「貴方にしたくて思わず」

「お、驚きました」


 ルーカスは頬に手をやり、赤面する。


「いけなかった……?」

「い、いえ」

「私、貴方に惹かれてます。歌を交わす以上に貴方と近付きたいの」


 ルーカスは絶句した。


「……そ、それは」

「貴方に触れたいの」


 ミラルディが背伸びをして手が伸ばし、ルーカスの頬に触れた。


「あの……その。まず、男女には段階が。手順というものが」


 手順、てなんだよ。

 自分の言葉に、ルーカスは冷静に頭の中で突っ込んだ。

 ルーカスの言葉を聞いたミラルディは驚いたように目を見開いた後、次にはあわててルーカスの頬から手を離し、顔を俯けた。


「ごめんなさい、私、はしたなかったわ」

「あ、いえ」

「恥ずかしいわ。どうか軽蔑しないでください」


 最後の声は小さく、ミラルディは顔を上げないまま、走り去った。


 あ、肩掛け……。

 ミラルディが持ち去ってしまったことに気が付いたが、ルーカスは声をかけることもできずにその背中を見送った。































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