第3話 暗号

 彼女ミラルディに指南することなどない、いや、むしろ反対に彼女に指南を受けたほうがいいんじゃないだろうか。


 数日後、ミラルディから自作の歌の木簡を受け取ったルーカスはその完成度に舌を巻いた。

 季節の風景を切り取った歌ばかりだったが、どの作品も女性らしい優美な文字で書かれた洗練された歌だった。


 自分ならこうはいかないな。女性の感性はまた違うな。

 ルーカスは素直に感心した。


 果たしてどのように対応すればいいのか頭を悩ませていたルーカスだったが、ミラルディの実力に触れた途端、心配がふっとび、むしろ対抗意識が湧いてきた。


『貴女の歌はとても素晴らしい。私の出る幕などありません。どうでしょう。これからはお互いに歌を贈り合い、競いあうというのは』


 木簡にしたためると、ルーカスは次の日、神殿の地下にある書庫の入り口にそれを置いた。ミラルディと決めた場所だった。

 ミラルディとルーカスは日中はそれなりの業務があり、空いた時間が合わない。木簡を贈り合う方法が無難だろうと二人で話したのだった。

 ミラルディが少し前から頻繁に書庫を訪れているのをルーカスは知っていた。以前、書庫に出入りするのは神官だけだったのだが、ミラルディが書庫係の神官に書庫本の閲覧を申し込み、書庫係がそれを承諾したことも聞いていた。

 それを聞いた時に驚いて思ったのだ。


 女性が珍しい。


 思った瞬間に羞恥した。

 ミラルディはルーカスが知る故郷の農村女性たちとは違う。大店薬店の箱入り娘なのだ。当然、教育を受けていて、読み書きも出来る。

 とはいえ、眷属で今までそのようなことを希望した者も居なかったので(読み書きができなかったからかもしれないが)やはり珍しいのだろうとは思う。

 書庫から木簡の束を抱えて出てくる紫の髪の少女とすれ違うたびにルーカスは好ましく感じた。


 ミラルディからは承諾の返事だった。

 ルーカスは久しぶりにわくわくするような高揚を覚えた。

 早速『残暑』というお題をあげ、自分の歌を一首書き上げて出した。次の日に感想と共にミラルディの歌が返ってきた。

 それからは交互にお題を出し合い、相手の歌の感想を伝える。共に、木簡を受け取った次の日には返した。それは毎日の楽しみとなり、ルーカスはお題を考えるのに必死に頭を働かせた。日々が過ぎ、夏が終わり、季節は秋を迎えた。

 ある日、ミラルディがルーカスの出した歌に疑問を返してきたことがあった。


『落ち葉からどうして芋が出てくるのですか?』


 最初はミラルディの疑問の意味がわからなかった。

 ルーカスの『落ち葉』をお題にした歌は、故郷で兄弟たちと畑のくず芋を焚火で焼いて食べた思い出をうたったものだった。

 しばらく考えて思い当たった。

 ミラルディは『焼芋』を知らないのだ。

 箱入り娘は厨房以外で作ったものを食べたことがないのかもしれない。


『落ち葉を集めて、焚き火をするんです。その中に芋を入れておくと焼きあがります。取り出してそのまま食べるんです。熱々で美味しいですよ』


 ミラルディからは次の日に返事が来ず、ルーカスは少しがっかりした。

 その日は夜に木簡を開く楽しみがないため、憂さ晴らしにザフティゴにいつも以上にねちねちと嫌味を言ってやった。


 その次の日、ミラルディから返事が来た。

 木簡を開けた途端、驚いた。

 これまで歌といえば短かい歌だったのだが、ミラルディが今回送ってきたのは長歌だったのだ。


 長歌を読み終えて、ルーカスは違和感を感じた。


 ––なにか、ひっかかる。


 返ってきた長歌は、木々から舞い落ちて重なる葉の様子に時間の移ろいや物悲しさを歌ったものだったが、どうもいつもと違う。下手ではないのだが、ミラルディならもっと別の調子に詠むのではないだろうか。それに。

 ルーカスは首を捻った。

 行の始めと終わりの文字だけ字体が違うのだ。

 今までこんな事は一度もなかった。

 もしかして長歌には元々、こういう決まりごとがあったのかもしれない。田舎者の自分が知らなかっただけじゃないか。

 青くなって、もう一度長歌に目を落としたルーカスは、あ、と呟いた。


 始めと終わりの文字だけを繋ぐと、以下の言葉が出てきた。


『あさ、はやしでまつ やきいもされたし』




















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