第2話 ザフティゴ

 ミラルディは10歳の頃、神の器として選ばれ、この神殿に連れてこられた。しかし神はミラルディの身体に宿ることなく儀式は失敗した。

 神の器になれなかった者は眷属と呼ばれ、神殿にそのまま留まることになる。何人か居るそれらの眷属はもうヒトではないからだ。瞳、髪の色はあり得ない色に変化し、飲食をせずとも良く、長寿となる。老いもせず、その姿のまま気が遠くなるほどの永い時を過ごすのだ。だからミラルディは10歳の子どもの姿なのである。また、眷属は何百年という時を生きる代わり、神殿を離れるとたちまち死んでしまう。

 神にもなれず、人間にも戻れず、故郷に戻ることも叶わずに神殿に仕える哀れな存在として生涯を送る。


 * * * * *


「なんやねん、今日の料理。量は多いけど味、お粗末過ぎるやろ」

「悪かったな、僕が作った。いつもの当番のミケが熱出て寝込んでんだよ」


 食堂で文句を言ったザフティゴ神官に、すかさず背後のルーカスは答えた。


「文句あるならお前が作れよ。喜んで代わってやる」


 ザフティゴのはす向かいの席に乱暴に皿を置いて座ると、ザフティゴが猫撫で声で返してきた。


「俺、ボンボンやから箸と筆より重いもの持ったことないねん。無理やわ」

「女は持ち上げられるだろ」


 ルーカスの隣に座っていた神官が言い、周囲に居た数人が笑った。


「まあ。ええ、ええ。俺らみたいに若い男には質より量の食事の方が有難いわ、ルーカス」


 どうしてこんな男が神官なのか。

 ルーカスはザフティゴを睨みつける。

 黒髪、黒い瞳、高身長のザフティゴはあっさりとルーカスのそんな視線を流した。

 ザフティゴ神官は老舗造り酒屋の三男坊であり、自他共に認める色男であり、神官でありながら女と始終乳繰り合っている男である。


『兄貴二人が家業継いだから俺、あぶれてん。どないしよおもて、神官の登用試験受けたら受かったんや』


 しかも、最初の一発でザフティゴは合格した。難関と呼ばれる神官登用試験をたいした準備や勉強もせずに。独学で努力し、三回落ち続け、四回目にしてやっと合格したルーカスにはやりきれない気持ちになる。

 ひょろりとした小柄な身体で赤毛、雀斑顔、貧農家の八男出身のルーカスとは何から何まで違う。

 自分とは正反対に恵まれたザフティゴをルーカスは嫌いだったが、憎らしいのはザフティゴにはある種の愛嬌があり、どこかそんなザフティゴを許容している自分がいることだった。

 仲間内の神官にも彼は好かれており、彼の怠惰な行動を誰かが文句を言いながらも穴埋めしている。

 愛され育った人間の特徴だと理解して納得していたが、さすがにミラルディと近隣の里の娘を二股にかけた時には黙っていられずに非難と怒りをぶつけた。

 ザフティゴは近隣の里長の娘に気に入られて、以前から度々逢引をくりかえしており、いずれはこの神殿を出て、里長の家に婿入りするものだとルーカスや周囲の者は思っていた。そのザフティゴがミラルディと関係を持っていると気がついたのは、ルーカスのみである。

 事の発端は、ザフティゴの部屋の隣に居るルーカスが、ザフティゴの部屋の窓からミラルディが出ていくのを目撃したことだった。その後、隣の部屋から男女の睦合う声が夜な夜な聞こえて、ルーカスは確信した。

 最初は信じられなかった。

 ミラルディは神になり損ねた眷属だが、聖なる存在である。そんな彼女が俗で淫らな行為をするということに。

 そして、神官という立場でありながらその聖なる存在の女性、しかも少女の姿のミラルディを抱くザフティゴに。


 こいつ、アホでサルだからかな。


 流石に子供相手に欲情するザフティゴにひいて、動揺したルーカスだったが、その後ミラルディを観察するうちに自らの意識も変わってきた。

 彼女はもともと美少女だったが、ザフティゴと関係を持つようになってから変化した。

 大人の女かと思わせるような表情を見せたり、空気を纏わせることが増えた。

 みずみずしい快活な少女の身体だったはずなのに、その身体の端々が変化し、日に日に美しさを増した。

 すべらかな肌はしっとりと艶を増したように感じ、身体の線はやんわりと薄く脂肪が一枚まとったように思う。

 変化に気がついたのはルーカス以外にもおり、他の神官からもミラルディの魅力を褒めたたえる声が出てきた。

 本来なら自分とさほど歳の変わらぬ女性なのだと、ミラルディのことを認識して見るようになると、たちまち性の対象としてルーカスは意識するようになってしまった。

 夜間、隣の部屋から聞こえる甘いミラルディの嬌声を聞くたびに。

 寝台に横たわらせたミラルディの身体をなぞるザフティゴと自分をなぞらえて想像し、悩ましい夜を繰り返した。


 ザフティゴのやつ、俺が一言言ったからミラルディさんと別れたんだよな。


 自分の言葉を受けて行動したあたり、素直でまだマシな男かもしれない。それとも里の娘との縁談話が持ち上がり、身辺整理しただけかもしれないが。

 端正なザフティゴの横顔を見つめていると、ザフティゴがこっちを見た。


「おい、ルーカス。俺もな、お前みたいに生まれてからずっと辛酸舐めて苦労してきてへんっちゅうボンボンなりの引け目があんのや。そんなに睨まんといてくれ」


 苦労してない引け目ってなんだよ。意味がわからん。


 ルーカスは目をそらし、自分なりにも味のいまいちな煮込みスープをかっこんだ。









 






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