Ten Years 紫の髪の少女
青瓢箪
第1話 始まり
前を歩いている女性が持つ籠から果実がころりと落ち、神官ルーカスの足下に転がってきた。果実を拾って立ち上がったルーカスは自分のもとに歩んできた女性を見下ろした。
「あんな奴のために傷つくことありませんよ」
思わず言ってしまった。
若干後悔しながらあとにはひけないと思い、ルーカスは言葉を繋いだ。
「あの男、貴女とは別に里の女と会って何度も楽しんでいたようですし。いずれは、その女の家に婿入りするつもりだったんです」
同期の神官の整った憎たらしい顔を思い浮かべ、ルーカスは吐き捨てた。
目の前の美女は驚いたように目を大きく見開いてルーカスを見上げている。
「あんな不誠実な男。元々、貴女に釣り合うはずがない」
「……彼に女性が居ることは知っていたの。知った上で私が彼との関係を望んだのよ」
彼女が果実を受け取りながら返した言葉にルーカスは拍子抜けした。
「え」
「でも。ありがとう、ルーカスさん」
微笑む彼女に、ルーカスは赤くなって目を逸らした。
美しい人だ。目の前に居る彼女はミラルディという名の聖なる女性だ。紫の髪、金色の目、人形のような顔立ち。自分より少し下の二十歳。年齢では今が花盛りの女性である。生まれは大店薬店のお嬢様で、普通なら貧農出身のルーカスとは全く縁のない雲の上の存在だった女性だ。
その彼女に同期であるザフティゴという男が手を出し、そして彼女のことを捨てた。彼女が沈んだ様子に、イライラしていたルーカスは思わず声をかけてしまったのだが。
まさか、彼女が他に女がいる男と知りつつその男と関係を持つ女性だとは思ってもみなかった。
ルーカスは居心地悪く身動ぎした。
「歌がとても上手なルーカスさんね。去年の豊穣祭に詠まれた歌、素敵でした」
「あ、ありがとうございます」
小柄で貧相で地味な自分の取り柄としたら真面目であることと歌詠みの才能しかない。
それを覚えてもらっていたことが嬉しくて、ルーカスは心の中で驚き、舞い上がった。
「私も多少ですが歌を嗜みます。ルーカスさんには足下にもおよびませんけど……貴方のような方に教えていただきたいものですわ」
え。
ルーカスは頭の中が真っ白になった。
「お手隙の時でよろしいんです。御指南いただけませんか?」
妖しいほど美しい輝きを放つ、金色の目がルーカスをとらえる。
「そ、そんな。わ、私でよろしければ、よよよ、喜んで、な、なんなりと」
「嬉しいわ」
ふわりと花のように笑った彼女に、ルーカスは見惚れて我を忘れた。
「ではまた。お声をかけさせていただきますわね」
波打つ長い紫の髪と白い衣を翻し、ミラルディは笑顔のままルーカスから去っていく。
完璧な女性だと思う。
ルーカスはその後ろ姿を眺めながらそう思った。
生まれながらの美貌も、裕福な生家での教育の賜物である知性も、品位も。
ただ、外見が10歳の少女の姿であることを除いては。
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