第38話 静音の戦う理由

図書室


天月は資料の整理を行っていた。天月が選んだ委員会は図書委員会だったが、電子媒体が普及したこの世の中では、ほぼ作業が無くなったと言っても過言ではない。そのため、図書委員会になったはいいものの今まで委員会としての仕事がなかったのである。では、天月が今、何の仕事をしているのかということになる。それは図書委員会、唯一の仕事、月に一度、両世界から送られてくる本をデータに読み込む作業だった。


「なぁ」

「・・・」


しかし、アトランジュ側の生徒に話かけても無視をして歩いて行ってしまった。こんな調子でやはり、戦争の遺恨は根強いようだ。しかし、交流を期待して、均等にアトランジュと地球の生徒を配置しているのはいいが、当の本人たちがこの感じでは、話すだけでも何か月かかるか、分かったものではなかった。


3年生までそんな調子なので、作業効率は最悪だった。


何とか、作業を終えた天月の精神はかなりの疲労を見せていた。そんな天月に声が掛けられる。


「天月君、どうしたの?」

「静音か、ちょっと、歴史の壁を感じていただけだよ」

「?」

「アトランジュの生徒に無視されただけだよ」

「普通、むしろ、仲良くしている、天月君たちが異常」

「かもな、でも、この学校の創設者は両者の世界が仲良くなることを望んでこの学校を建てたんだ。いつまで経っても戦争の遺恨を残しいていてもどっちも苦しいだけだろ」

「それは、身近な人が無くなってないから言えるだけ」

「俺の両親は無くなっているんだが、しかも、開戦派の連中に狙われて殺されたとも言われるぞ」

「ごめん」

「まぁ、自分の両親を殺されて、許せる人の方が少ないか」

「・・・私も両親がいない」

「今の世の中、何にも事情がない奴の方が少ないさ」

「本当に仲良くなれる?」

「仲良くなろうとすれば、すぐにだって仲良くなれるさ」

「・・・私も頑張ってみる」

「無理のないようにな、俺もこの通り、少し疲れたからな」

「わかった、ほどほどにする」

「それじゃ、俺はもう、そろそろ行く、またな、静音」

「うん、またね、天月君」


可愛く手を振られながら天月は静音と別れたが、これが天月が静音を見る最後の姿になった。


次の日、静音が何者かに誘拐された。


静音が誘拐されて1週間という時間が経っていた。犯人からは、何の要求がなく、こちらとしてはお手上げ状態が続いていた。何故、魔物に食べられたでもなく、誘拐なのかというと、行方が分からなくなったアトランジュの近くの森で、現場に血の跡もなく、生徒手帳だけが落ちていたことから誘拐と判断された。それにより、校長も生徒の場所が分からなくなっていた。


捜索の方は時間がたち、静音の捜索が打ち切られることになったのだが、天月だけは静音の事を諦めず、調べていた。


天月は、静音の住んでいた孤児院に来ていた。


「すみません、何方か、いらっしゃいますか」

「はーい」


そこで、ここの職員らしき、女性が奥から現れた。


「ここで寮母をしている叶です、何の御用でしょうか?」

「柳さんのことについて、少し話を聞きたくて」

「あの、貴方は誰なんですか、静音ちゃんの事は、もう十分に話したはずですが」

「静音さんの友達です、少しだけ、静音さんのことを聞きたくて」

「もしかして、貴方、天月君ですか」

「はい、そうですが」

「まぁまぁ、なら納得だわ」

「何が納得、何ですか?」

「何も話さないあの子から、唯一出た、名前ですから」

「そうですか、一つだけお願いがあるのですが」

「はい、何でしょう?」

「静音さんの部屋を見せてほしいのですが?」

「貴方、静音ちゃんの部屋で何をするつもりなの?変なことはダメよ」

「静音さんを探すのに必要なんです。変なことはしません」

「探すって、他の人は捜索を打ち切るって」

「それは俺とは関係ありません」

「本当にあの子を探すの?同じ学生である貴方が?」

「そこに関しては信じてくれとしか言えません」

「・・・わかったわ、静音ちゃんの部屋に案内するわ」


叶さんに案内され、天月は孤児院の静音の部屋に通された。そこには、女の子の部屋と思えないほど、殺風景な部屋が広がっていた。ベットと机しかなく、机の上には大量のノートが積み上がっていた。


「この部屋はそのままの状態なのでしょうか?」

「うちの寮では部屋は自分で片づけるのが決まりですので、私は何もしていません」

「なるほど」


天月はベットを少しだけ触り、欲しいものを取った。


「これで静音さんを探して見ます」


叶さんは天月が何取ったのか、分からない様子だったが、何を取ったから聞く前に部屋の扉が開かれた。


「誰なの?」

「こら、隆二君、この部屋には入っちゃダメって言ったでしょ」


現れたのは、5歳ぐらいの子供だった。


「静音お姉ちゃんのお友達だよ」

「静音お姉ちゃんのお友達?」

「そうだよ」

「静音お姉ちゃん、どこ行っちゃったの?」

「ちょっと、遠くに行っているんだ、すぐに帰ってくるよ」

「ホント?他の大人の人たちは帰ってこないって言っていたよ」

「大丈夫、お兄ちゃんが静音お姉ちゃんをちゃんとここまで連れてくるって約束するよ」

「指切り、出来る?」

「出来るよ」


そこで子供は小指を天月に突き出した。それに応えるように天月は小指を絡ませた。


「「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った」」

「ちゃんと約束守ってね」

「ああ、安心しとけ」


隆二君と呼ばれた子供は安心したように部屋を去って行った。


「ありがとうございます。あの子を安心させてくれて」

「いえ、本当の事を言っただけですから」

「でも、警察も学校の人も無理だと言ったのに、本当に探せるの?」

「少なくとも自分は出来ると思っています」

「これだけは約束して、絶対貴方も帰ってくるって」

「約束します、必ず、彼女と一緒に帰ってきます」


そう言い残し、天月は孤児院を後にした。

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