第9話
「神々の進む航路を、照らさなきゃならないの。」
それが役割だ。それが
ギトの崖とは、もとは地上の人間たちから
愚かな人間どもは神々を歓呼し、火を焚いて夜通し踊りながら、その来臨と帰路の安全とを
万年億年もの時が経ち、地球はいくたびか冷えまた熱くたぎりたち、そうしていつしか世界はそのかたちそのものを変えて、神々は水底深く逃れ、滅多に出てこなくなった。
それでは困る、とても困る!
困り果てた愚かな地上の人間どもは、ふたたび神々を地上へと
そのいじましい努力の甲斐あって、水底と地上はふたたびつながり、時として神々はまた揚り、限定された恩沢を施してくれるようになった。しかし、敬虔さを忘れた愚かな地上の人間どもは、やがて自らの力を過信し、これを
地上にも水上にも、これら人間どもの焚くあまたの灯火があかあかと暗い水面を照らし、神々はその進むべき進路をしばしば誤った。怒った神々は、かつて大いに愛でた人間どもに対し、ときに峻厳な罰を与えるようになった。
かつて神々の来臨を
以来おそらく数千年。あるときには開かれ、あるときには閉じたこの両界を繋ぐ架け橋ともいうべきギトの扉は、いま再び大きく開け放たれようとしていた。愚かな人間どもが自らの水上航路の安全のために設けた灯台守として赴任していた夫婦者が、あるときこの世界の秘密を知り、彼らが本来仕えるべき水底の神々に忠誠を誓って、この階段の上に立ち、秘儀を行って神々を呼び寄せたのである。
代々、過去の恐ろしい記憶を口伝えにしてきた島民たちは
たまたま灯台の無人化と重なったこの灯台守夫婦の失踪事件の恐るべき真相は、遂に露見することなく終わった。しかし極限の恐怖と恨みを持って沈んだ彼女の
ああ、そうか。
でも、いま見る波瑠巳さまは、とても若く、つやつやとしていて美しく、まるで天女が地に、いや海中に降り立ったかのように見える。そうだ、彼女は美しい。そして神々しい。そう、まるで、彼女はわれの、理想の妻のようだ。
「神々の進む航路を、照らさなきゃならないの。」
ばばさまは・・・いや、我が美しき妻は、そう言った。
ああ、そうだった。
われは、灯台守だ。
それが、役目だ。
すでに罪深き地上の人間どもには、全員に相応の懲罰を与え、残らず火にくべ灰にしてしまっている。前非を悔いて、
われは、灯台守だ。
これからは、われの果たすべき職務にだけ専念すればよい。神々の進む航路を、照らす。その役割にだけ、忠実でおればよい。
すでに、邪魔っけなあの地上の灯塔は沈黙し、ただの黒く長細い線となって岬に立ち尽くしている。灯火の入らぬ灯台など、この世界でいちばんの役立たずだ。ざまあみろ。
われは、灯台守だ。
これからずっと、億年兆年の末までずっと、妻と二人で、神々のために灯りをともし続けるのだ。海のなかから、ずっとずっと照らし続けるのだ。
われらが指し示す道を、昏き水底から揚り来たる偉大なる神々が、波に
われは、照らし続ける。神々の道を。
そう。
われは、灯台守なのだから。
<了>
灯台守 早川隆 @oyajigagger
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