第28話 そして彼女は消えていく⑧


 空也くうやさんとのドライブは、小一時間ほどで終了した。


 ドライブ中の車内では、空也さんから学校での紗季先輩の様子などを事細かに質問された。


 それを俺が答えるたびに、空也さんは驚きの声を上げて反応していた。


紗季さきは僕とはあまり話をしたがらないからね。だから、情けないけど紗季のことはきみのほうがよく知っていると思うよ」


 そう言った空也さんは、少し寂しそうな顔をしていた。


 本人の言う通り、紗季先輩とはあまり家では会話を交わすことはないらしい。家の状況が状況だけに、そういう当たり前の会話さえできないのだろうが、空也さんとしても歯がゆい思いをしてしまっているようだ。


「今日は色々と付き合わせちゃって悪かったね」


 俺を家まで送った後、別れる寸前に運転席の窓を開けて申し訳なさそうにする空也さんだったが、俺は首を横に振って答えた。


「いえ、俺も……あの家に紗季先輩の味方になってくれる人が、ちゃんといるんだって思えたら安心しました」


「そうかい。そう思ってもらえると嬉しいよ。ただ……」


 と、空也さんは口ごもりながらも、俺に告げる。


「紗季がメモを残していたと思うんだが、多分、しばらくの間は母さんが紗季の外出を許可することはないと思う。昨日と今日で、勝手に外出したことに相当怒っているようだったからね。それに、実際、紗季の体調が悪いというのも事実なんだ。母親に似たのか、あまり身体が強いとはいえない体質みたいでね。特に、こういった暑い夏の日は、調子を悪くしてしまうみたいなんだ」


「……そう、ですか」


 なんとか返事ができた俺だったが、しばらく紗季先輩とは会えないという事実に、内心はかなりダメージを喰らっていた。それに、体調が悪いというのも気がかりだった。


 そして、それが顔に出てしまっていたのか、空也さんは俺を安心させようと笑みを作りながら言ってくれた。


「だから、紗季のことはしばらく僕に任せてくれないか? 大学が始まるまでの間は、僕もあの家にいられるし、紗季の面倒も見てあげられると思う」


 真剣に、そう言ってくれる空也さんに対して、俺はこのとき、仲間意識のようなものを持ってしまったんだと思う。


 そして、この人になら、紗季さんのことを任せられるんじゃないかと、そう思って、俺はあることを彼に打ち明けることにした。


「あの……空也さん。空也さんがあの家にいる間だけでも構いません。紗季先輩のことを、ちゃんと見ていてくれませんか? その、もしかしたらなんですけど、紗季先輩、どこか遠くへ行こうとしているかも、しれないので……」


 拙い言葉ではあったが、俺は必死で空也さんに警鐘を鳴らすように、この夏、紗季先輩がこの町から消えてしまう可能性を伝えようとした。


 もちろん、いくら信用したからと言って、実は俺が未来から来た人間なんだと全部を話したところで信じてもらえる可能性は限りなくゼロに近い。


 それでも、なんとか俺は必死に未来で起こりうるかもしれない危機的状況を伝えようとした。


「それは……紗季が家出をするかもしれないということかい?」


 そして、空也さんはちゃんと、俺が伝えたいことのニュアンスを受け取ってくれた。


「……わかった。気を付けるよ。ああ、そうだ、白石くん。念のために、白石くんの連絡先を交換しておいてもいいかい?」


 こうして、俺は空也さんと連絡先を交換することになった。


「紗季のことで何かあったら、きみにも連絡を入れることにするよ。ああ、そうそう、最後に一つ、聞きそびれていたんだけど……」


 と、何気ないことを聞くように、空也さんは言った。


三菜みなさんって、一体誰なんだい? 紗季が図書室で残したメモに書いてあった名前なんだけど、白石くんの知ってる人、だよね?」


「えっ? まぁ、はい……。俺の幼なじみで、家も近くなんですけど……」


「……そうか。じゃあ、その子にも紗季のことをよろしくと伝えておいてほしいな」


 そういえば、メモにも翠の名前が出て来てたんだっけ。


 また、機会があれば翠のことも空也さんに紹介しておこうと思った。翠だって、今では紗季先輩の味方になってくれる人なのだから。


「それじゃあ、また」


 そう言って、空也さんは運転席の窓を閉めて去って行ってしまった。


 そのころにはもう、夕日も落ちてしまっていて、辺りは真っ暗になってしまっていた。


 そして、手に持っていたスマホには、先ほど登録したばかりの空也さんの連絡先が表示されていた。それが、俺にとっては心強い味方ができたのだと、そんな風に思っていた。


「…………ん? 太鼓の音? ああ……そうか」


 耳を傾けると、静かな夜の帳に、太鼓の音が響き始めているのに気が付いた。



 夏祭りの日まで、もうあと少しだった。

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