第17話 夏の少女の夢②
「ふむ、ベタベタだね」
大型ショッピングモールの自動ゲートを通り、俺が指定した目的地に到着した
もちろん、この「ベタベタ」というのは、猛暑によって汗をかいてしまったという表現ではなく(むしろ、いつも通り先輩は汗一つかいていない)、別の意味の「ベタベタ」だった。
しかし、そんな直接的に言われてしまっては俺としても恥ずかしいので、あたかも先輩の批評は聞こえなかったことにして雑談に興じる。
「先輩って、映画とかあまり好きじゃなかったですか?」
「いや、好きだよ。家でもよく見るし、慎太郎くんも好きなのかい?」
紗季先輩も、俺の心情を察してくれたようで話に乗っかってくれた。もしかしたら、少し言いすぎてしまったと反省したのかもしれない。
いや、ベタといえば間違いなくベタなので、何も間違ったことは言っていないのだが。
「好き……っていうほどじゃないですけど、時間ができたりすると観るって感じですかね。まあ、最近はほとんど配信で観てますから、映画館に来るのは久しぶりですけど」
俺みたいな大学生活を送っていると、学校とバイト以外は殆ど家にいることが多いので、動画配信サイトにはかなりお世話になっている。
映画は大体二時間くらいのものが多いし、休日の空いた時間などを埋めるには打ってつけなのだ。
――それに、そういう時間を使ってやっていた読書からも、ずっと離れていたし。
――その理由は、もう語る必要もないだろう。
「そうだったのか。なんだか意外だったね」
俺の話を聞いて、紗季先輩はそんな感想を漏らした。
どうやら紗季先輩にとって、俺は映画を嗜む人間には見えていなかったらしい。
「いや、そうではなくて、慎太郎くんが動画配信サイトを使っているというのが、ちょっと意外に思ってしまってね」
何気ない会話だったのだが、この先輩の発言を聞いて俺はまたしても自分の失言に気が付くことになる。
何度も言うが、今は俺がいた時代から五年前の時代なのだ。
うろ覚えだが、俺が本来いる時代こそ動画配信サービスなど別段珍しくもないコンテンツなのだが、五年前となると、動画配信サービスはまだ日本にはやっと普及し始めた程度だったような気がする。ましてや、高校生で何かの動画配信サービスに加入をしているというのはかなり珍しいことなのかもしれない。
全く……この五年間でもサブカルチャーの形は大きく変化していることを実感させられる。色々と発言には気を付けなくては。
「それで、慎太郎くんは何か観たい映画でもあったのかい?」
「あっ、いえ……。すみません、あまり考えてませんでした」
正直、紗季先輩の趣味といえば読書くらいしか思いつかず、さらにゆっくりできる場所で誰でも楽しめる場所と言えば映画館だろうという考えで来たのだが、その肝心の映画を何にするのかは全く考えていなかった。
「だったら、映画は私が選んでもいいかい?」
先輩は、カウンターの上に設置されたモニターに表示されている作品と上映時間を確認し始める。
「そうだね。あれなんてどうだい?」
そして、先輩が選んだ映画は、意外にもアニメ映画だった。
ただ、その作品は有名な監督が担当していることもあり、幅広い年齢層から支持されている作品で、当時は話題作としてCMもよくテレビで目にしていた。
俺は特に異論はなかったので、先輩の提案をそのまま採用する形となった。
本当は既に観たことがある映画だったけれど、それは先輩には黙っておくことにした。面白い映画は何度観たって面白いし、新しい発見があったりして違う楽しみ方だってできる。あと、単純に俺の記憶能力が乏しいので、忘れている場面があったりするかもしれないし。
そんなことを考えながらチケットを購入して館内へと入っていく。夏休みということもあって、小さな子供も結構いるみたいで、元気よく走り回っている。
「こら、駄目よハナ。他の人に迷惑かけちゃうでしょ!?」
それを母親らしい人物が呆れながら怒っても、子供は聞いているのかいないのか、今度はキャラクターが印刷されたパネルの前に立ち止まった。
「おかーさん! プリモア! ハナ、プリモアと一緒に写真撮りたい!!」
目を輝かせながら、一緒に写真を撮ってもらうように母親にせがんでいた。
母親も、困った顔をしつつも、顔を綻ばせて娘の要望に応えるため鞄からスマートフォンを取り出して写真を撮る準備をする。
俺はそんな風景をぼぉーと眺めていたのだが、ふと隣の先輩を見ると、俺と同じように子供と母親の様子を見ていたのだが、その眼差しがいつもの先輩とは違っていた。
「……先輩?」
「……えっ? ああ、すまない……」
気になって声を掛けてみると、はっ、と気が付いたように身体を震わせた。
だが、俺が声をかけたあとも、先輩は親子の様子を気にしているようだった。
「先輩、どうかしたんですか?」
あの親子が実は知り合い、という訳ではないだろうけれど、何か気になることでもあるのだろうか?
そして、俺の質問の意図を理解したであろう先輩が、ぽつりと呟く。
「いや、親子というのは、ああいう感じだったな、と思ってね」
そう告げた先輩は、まるで羨望のような眼差しを彼女たちに向けていた。
「行こうか、
ただ、話はそれで終わりのようで、先輩は俺を促しながらその場を離れてしまった。
チケットに書かれたシアターへと向かうと、まだスクリーンには上映前の映像が流れていて、紙芝居風のイヌとリスがポップコーンを食べながらお得なキャンペーン情報を面白可笑しく紹介していた。
俺と先輩が選んだ席は、スクリーンから一番離れた真ん中あたりの位置だった。座席を選んだのは先輩だけど、俺も後ろの席の方が、誰かの視線に気にすることもないので有難かった。
そして、シアター全体が暗くなっていく。
もうすぐ上映時間なのだろう。
客席は半分以上を占めていて、見た限りでは老若男女問わずといった客層で、家族で来ている人たちや、俺や先輩のように男女で来ている学生っぽい人たちもいた。
果たして、俺と先輩は他人から見れば、どんな風に思われているのだろうかと、普段考えないようなことが脳裏をよぎる。
スクリーンは、映画といえば御馴染みの映画泥棒のCMが流れ始めていた。
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