第7話 夏の始まり③


 俺たちが通う賀郭がかく第一高校は、田舎の学校らしく広い土地の一画にぽつんと佇んだ場所にある。


 近場の駅を利用したりバスで通う生徒も多いが、俺とみどりは、家から歩いて十分もかからないので、徒歩で通学していた。最初は自転車で登校していたのだが、翠が無理やり俺の自転車で二人乗りをしてしまい、それが先生たちにバレて、それ以降は自転車での登校を止めたという経緯がある。


 別にそんなことはどうでもいいのだが、そんなことを思い出してしまうくらい、俺たちの間では今なお全く会話が展開されていない。


 しかし、それがあたかも自然であるかのように、先を歩く紗季さき先輩は何も言わないし、あの翠ですら何も話さない状態を継続している。


 その翠だが、紗季先輩と合流してから、明らかに機嫌を損ねている。


 だが、原因が分からないので俺も対処のしようがない。


 そして、そんな沈黙状態が続く中、学校に近づくと共に、徐々に生徒の数も増えてきて、昨日テレビで見た話題や、部活の話で盛り上がっていた。


 だが、紗季先輩はそんな人物たちに一瞥もくれずに、ただ前を進んでいくだけだった。


「ねえ、慎太郎しんたろうくん」


 突如、学校の門をくぐったところで、紗季先輩は立ち止まった。


 振り返り、笑みを浮かべていた紗季先輩の額には、こんなに暑いというのに、汗が一滴も流れていない。


「今日、図書委員会について話がしたいから、いつものように放課後は図書室に寄ってくれたまえ」


 そう言って、紗季先輩は「じゃあね」と手を振りながら、俺と翠から離れて校舎へと向かってしまった。


「…………」


 そして、その後ろ姿を、翠はじっと睨んでいた。


 昔はそれほど気付かなかったが、翠はあからさまに敵意を向けているようだ。


「なぁ、翠。お前、紗季先輩のこと苦手なのか?」


 性格的には、翠と紗季先輩は真逆だ。


 だが、先輩だろうが後輩だろうが友好的に関係を築くはずの翠がこんなに相手に対して距離を取っているのも珍しい。


 そう感じての質問だったのだが、翠はさらに眉間に皺を寄せながら、呟く。


「別に」


 明らかに何かあるような態度たったが、ここで言及しても仕方のないことだと感じた俺は、これ以上の詮索は止めておくことにした。


 そして、その後も無言のまま、俺と翠は校舎の中へと入り、自分たちの教室へとたどり着く。


 俺にとっては懐かしい教室に足を踏み入れると、始業時間ギリギリだった為か大勢のクラスメイトが談笑したり自分の席に座って眠そうな顔を浮かべていたり、思い思いの時間を過ごしていた。


「あっ、みーちゃんおはよっ!」


 そして、翠の姿を見かけたクラスメイトの一人が声を掛けてくる。


 髪を団子頭にして、元気よく話しかけている女子生徒には見覚えがあるものの、普段から人の顔と名前を覚えない俺は、その人物が誰なのか分からない。


「ねえ、みーちゃん。ちょっと部活のことで話があるんだけど、いい? 夏休みの合宿のことなんだけどさー……」


 幸い、その女の子は俺に声をかけてくることもなく、早々に翠を捕まえて部活についての話を始める。


 翠も「うんうん」と言った感じで相槌を打ちながら、その女子生徒と一緒に離れていってしまった。


 そういえば、この時期の翠はテニス部の副キャプテンに選ばれて、色々と忙しかった時期だ。日焼けをしていたのも、部活の練習によってできたものなのかもしれない。


 本当に、当時から全く人に関心を持っていなかったのだな、と思いはしたものの、それを反省をするような性格ではないので、俺は黙って自分の席へと向かった。


 普通なら、当時の席場所なんて忘れてしまっているのだが、二年の夏といえば、窓際の一番後ろの席という非常に分かりやすい場所だったので印象に残っている。


 カーテンを閉めていても、夏の日差しが強烈すぎて嫌気が差していたのをよく覚えていたのが幸いした。


 生憎、うちの学校の教室にはクーラーといった冷房機器も備わっておらず、教室の端に申し訳ない程度に設置されている扇風機が生徒たちの頼みの綱だった。


 俺が席につくと、偶然、さっきの女子生徒と話している翠と目が合う。


 翠は、何か言いたげな表情で俺をじっと見つめる。


「あれ、どうしたの、翠?」


「……えっ、ううん? なんでもない。それで、えっと、合宿の練習メニューのことだよね?」


「そうそう。でね、このメニューなんだけどさ……」


 しかし、結局翠はすぐに団子髪の女の子と話を再開させた。


 俺は、先ほどの翠の表情に気付かない振りをして、窓から見える景色を眺める。


 空は透き通るように青く澄んでいて、遠くのほうに入道雲が浮かんでいた。


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