213話 雨ざらし


「あ、雨具……ぁ……」


 これ以上体が濡れないようにと、空間魔法の収納部屋から雨具を出そうとしたが、その手がピタリと止まる。


 雨具を取り出したいのは山々だが、今朝ミフネと交わした約束が彼の頭の中にこだましていた。


『倭国で魔術や魔法を使わない』


 一度破ってしまった事を許してもらった上で、交わしたその新たな約束が、今の彼を縛っていた。


 ミフネはあくまで、“人に見られないように”という目的でその約束を提案した。

 彼女自身は、カイトが今いる森のように、人に絶対に見られないあ場所でならば、最低限魔術や魔法を使っても良いと言う、意味合いで言ったつもりだった。


 しかし、カイトは“絶対に魔術と魔法を使わない”と約束を交わした。


 この思いのすれ違いに、どちらか一方が悪いという事はないだろう。

 単純にこう言った魔術や魔法が必要な状況に関して、説明不足であったミフネにも落ち度はある。

 逆に、幼い両極端な思考のカイトの判断ミスでもある。


 結果、雨具を取り出す事を諦めたカイトの体は、徐々に冷えていってしまった。

 倭国の季節は春先で、気温はそれほど高くない。それにカイトの服装は軽装な上、何も持っていないため、体を温める手段がない。


「さ、寒い……」


 次第に震える体に両手で抱きながら、来た道を引き返す。急すぎる状況の変化に、カイトは例の少女の事をすっかりと忘れていた。


 幸い、カイトは道に迷う事なく森を抜けることが出来た。

 しかし、先ほどまで賑わっていた街はシンと静まり返っている。


 これだけの雨だ。よほどの用事がない限りは、外へ出たがる者もいないだろう。

 連なる家々は、雨が屋内へ入らないようにとしっかりと戸締りされている。土砂降りによって決して良くない視界の中、あてもなくカイトは歩き出した。


 街道を進みながら左右を見渡す。視界が悪い中なんとか目を凝らすが、戸が空いている家は1つも無かった。


 ここで最善の行動は、どの家でもいいからとにかく戸を叩いて中へ入れてもらうことだっただろう。

 幸恵が言っていた、“困れば大人を頼ればいい”という事は、カイトも重々承知していた。


 しかし、かつては“人”と言うだけで恐怖心を感じていた上に、幼く関わりのない他人に対してどことなく不信感や不安を抱いているカイト。

 そんな彼に、“自ら”他人に関わろうとする事は出来なかった。


 幸恵の八百屋の前まで来たが、やはり戸は閉まっている。一応彼女は、会話のしたことのある唯一の街の住民だ。

 声をかければ入れてもらえるかもしれない。


「……」


 しかし、あんな突然に飛び出してしまった。もしかしたら自分のことを不審に思ってるかも。もしそうでないとしても、迷惑になるかも。


 そんな思考が頭の中でぐるぐると回り、カイトは幸恵へ声をかけることを諦め再び街道を歩き始めてしまった。


 遂に街道を歩き切り、総一郎の屋敷へ繋がる階段の前まで来てしまった。だがそんな総一郎の屋敷も、今の彼の選択肢には入らなかった。

 なにせ、朝に屋敷には入れないと言われてしまっている。


 それを頭の中で再確認したカイトは、ゆっくりと来た道を振り返った。

 街道の家は全てしまっていた。幸恵も屋敷も頼れない。他人に頼る勇気もない。

 秀行はどこにいるか分からないし、コウ達とポチは少なくとも近くにはいないだろう。


 街中で完全に孤立した。カイトはそう思ってしまった。


「……うぅ……」


 そう感じた途端、孤独感を感じ始めた。寂しい、不安、悲しいなどの感情が、より一層孤独感を強める。


「……ックシュッ……ぅぅ……」


 それに追い討ちするように、体の冷えをより強く感じられる。

 そんなカイトの脳裏に、以前体調を崩してしまった時の記憶が蘇った。


 あの時は母であるエアリスが居たからこそ、耐え抜くことが出来た。しかし、当然今はエアリスは居ない。


 孤独感や様々な不安要素から、軽くパニックを起こしそうになる。


「……あ、そうだ……」


 そんな瀬戸際、1つ思い出した。

 それは幸恵の言葉、街を地図で説明されていた時のことだ。



『あったあった。ほら、見てごらん。ここに“神社”があるよ』



 街の外れにあるという神社。



『実はね、この神社はもう誰も寄り付かなくなっちまってんだよ』



 誰も寄り付かないのならば、当然誰もいないのだろう。それなら、雨宿りくらい出来るはず。


「えっと……」


 地図をよく思い出してみる。たしか、ちょうどこの街道の突き当たりを左に曲がった先はず。


 希望を抱き、震える体を両手で抱きながら左手の道を歩き始めた。

 街道から外れ、目の前の道をただ進む。道中にも家は多くあったが、やはり全てしっかりと戸締りされていた。


 しばらく進むと、景色から家が無くなり、土手の先には田んぼが見えた。雨さえ降っていなければ、建物の無い開けた光景を拝むことが出来ただろう。


「……」

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