214話 神社


 雨さえ降っていなければ、建物の無い開けた光景を拝むことが出来ただろう。


「……」


 覚えている限りでは、この道のどこか右手に神社があるはず。

 カイトは震えながらひたすら右を確認しながら歩いた。


 そして、総一郎の屋敷が建っている山のなだらかな傾斜が終わり、1つ隣の山へ差し掛かった時。


「あ……!」


 少し先、今進んでいる道がある土手の右手下。

 そこに、山へと繋がる階段が見えた。


 しかし、その階段が繋がる先は草木で覆われ、その周囲の環境と同化している。


「も、もしかして……この先に……」


 その階段を駆け下り、生い茂った草木の隙間からその先を覗き見る。

 暗くて見づらいが、そこには山の上の方へと繋がる石階段が見えた。


「やっぱり……この上だ」


 階段を塞いでいる草木をかけ分けて、なんとかその先へ足を踏み入れる。

 見上げると、山の上へ繋がる石階段の先に鳥居らしき物が見えた。


「……!」


 目的のものが見つかり、嬉々として石階段を駆け上がる。

 しかし、その時だった。


「あっ……!」


 踏み締めた石段が崩れ、転んでしまった。石階段の角に膝をぶつけてしまい、血が滲んでいる。


「い……痛い……」


 滲んだ血は雨水によって、あっという間に滴り落ちていく。着ている服も転んだ際に泥によって汚れてしまった。


 ふとカイトは気がついた。

 見たところ石階段はかなり古く、ヒビだらけでボロボロだ。そのヒビから草が生えている箇所も多くある。

 それは、人が寄り付かないという言葉が似合いすぎるほどの見た目だった。


 しかし、今の彼にそんな事は関係ない。むしろ好都合だ。

 カイトは立ち上がると、神社を目指して再び石階段を登り始めた。


「……やっと着いた……」


 階段を登り切り、鳥居をくぐる。遂に、彼の目の前に目的の神社が現れた。


 石畳の先の木造の建築物へ駆け寄っていく。


「……?」


 近づいたカイトは違和感を感じた。

 あの石階段から連想していた印象と違い、とても手入れされたように見える。障子紙の1つも破れていない。

 それに、思っていたより大きな神社だった。まるで部屋がいくつかあるようにも思える。


「……ックシュッ……!」


 しかし、今はそんな事を気にしている場合では無いと、神社の屋根下へ入る。勝手に入る事へ抵抗を感じていたが、幸い人の気配は無い。

 それに、別に神社の中へ入るわけでは無い。縁側にある階段の、ギリギリ雨が当たらない場所座り込んだ。


「ふぅ……」


 ようやく一息ついたカイト。彼の足には跳ねた雨水が当たっているが、気に留めてはいないようだ。


「ふぅ……ふぅ……」


 呼吸が落ち着いて来て、視界が広くなったように感じる。

 聞こえてくる音も、先ほどまではザーザーと言う轟音のような雨音しか聞こえなかったのに対して、今では川の流れるような音や、雨が葉に当たるパシッパシッと言う音まで聞き分けられる。


 それほどに落ち着くことが出来た。


「……」


 しかし、落ち着いたからこそ、今の自分の状況が頭の中で大きくなっていった。

 総一郎の屋敷へと続く階段の前で感じた孤独感。それが呼吸するごとに強くなる。


 今日の夜にはコウ達が帰ってくるのだ。それまで耐えていればいい。ましてや、そんなに孤独が嫌ならば街の住民に助けを求めればいい。


 そんな事、カイトは十分分かっていた。


 しかし、どうしてもそれが出来ない。コウ達を待つ事は、待つ以外どうしようもない。

 そうなると、必然的に街の住民を頼る選択肢が残るが……。


「う……うぅ……」


 それを頭で理解しても、無理だと思ってしまう。

 他人に自分から関わる。切羽詰まった状況ならまだしも、命が関わっている訳でもなし。

 完全に自分の都合。他人にとっては関係無い。迷惑をかけてしまう。


 ぐるぐると思考が回る。もうどうしたら良いのか分からない。


「ぐすっ……」


 鼻をすすった途端、景色がぐるんっと大きく回った。思わず両眼を閉じ、膝を抱き寄せて両腕の隙間へ顔をうずめる。

 視界は真っ黒なのに景色がぐるぐると回る感覚。さっきまでなにを考えていたのかも分からない。


 ただ……ただ1つだけ、なんとなく分かった事がある。


「……」


 寂しいのも悲しいのも苦しいのも、全て自分が我慢すればいいだけの話だ。

 そうすれば、他の人に迷惑をかける事は絶対にない。


「おや、珍しいお客はんどすなぁ」

「……はっ……」


 突然女性の声がカイトの耳へ届いた。暗くどんよりとした思考の中の世界から、現実へ引き戻される。


「ずぶ濡れどすなぁ。雨宿りに来はったん?」

「え……だ、誰……?」


 辺りを見渡しても当然土砂降りの中には誰もいない。


「ふふっ、そないな土砂降りん中に人がいてはる訳ないやないの。こっちどすえ」

「ぇ……?」


 柔らかな京都弁の声が、背後から聞こえてくる事にようやく気がついたカイトはハッとして振り返った。


「ふふふっ、ようやっと気がつきはったん?」

「……!」

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