192話 倭国入国 4



冷や汗がだらだらと流れる中、女の子はふいに顔を背け、何処かへ行ってしまった。


「はっ……」


 ど、どうしよう……魔術使ってるところ、見られちゃった……。

 倭国の人間に魔術を見られた。その事実を何度も再認識する。



ーラカラムス王国、出発前。


 倭国へ出発する前日、一通りの話を終わらせたカイト達。

 すると、一息ついたカイトにミフネが話しかけた。


「ちょっといいかしら?」

「はい、なんですか?」

「あんた、色々とやらかすから心配だから言っとくけど、倭国では絶対に魔術や魔法は使ってはダメよ」


 その言葉に少し驚くカイトへ、ミフネは真剣な表情で続けた。


「前にも話したと思うけど、倭国には魔術も魔法も無いわ。まぁ……あたしみたいに使える奴もたまにはいるけどね」

「……」

「貿易の時に少しは魔術や魔法の事が知られたとは聞いたけど、きっと一般的には知られていないわ。何も知らない倭国人の前で使ったら、妖怪と判断されてしまうかもしれないのよ」

「あ……分かりました」



ー池、カイトside


「ど……どうしよう、どうしよう……!」


 さっきのあの子が俺の事を妖怪だって思ったなら……。

 もしかすると、大人を連れて来てしまうかもしれない。そうなったら大変だ。

 ここから離れるべきかな? でも、ここで待って言われたし……。


 約束を破ったとたんにかなりまずい状況になった。また約束を破ったら、もっとまずい状況になるかも知れない。


「う……うぅ……」


 や……やっぱり、怒られるかな……? ミフネさん怒ったら怖そう……絶対怖い。


 もう取り返しのつかない状況に、どうすることも出来ずただそこから動かないでいる。心境は不安でいっぱいだった。


 その時だった。


「主人様あるじさま、どうされました?」

「……ポ、ポチ?」


 背後からポチの声がした。振り返ると、そこには立派な和服に身を包んだポチの姿があった。尻尾とツノは無く、今はただの人間に見える。


「主人様、呼吸に乱れがあります。どうかなさいましたか?」

「ポチ……ど、どうしよう。僕、魔術使ってるのをこの国の人に見られちゃった……」


 すると、ポチは顎に手を当てて少し考えた。


「なるほど、そのような事が……とにかく、まずは1度落ち着きましょう。こちらへ来てください」


 促されるままに池からあがると、ポチは収納部屋から出したタオルで俺の体を拭いてくれた。体の水を拭き取りながら、彼は話しはじめる。


「過ぎた事は、もうどうしようもありません。その件については後でコウ様方に相談いたしましょう」


 それを聞き、背筋がひやっとする。


「や、やっぱり……怒られるかな……?」

「その時は、私も一緒に謝りますから。ちゃんと謝るのが最も正しいと、母上様や父上様から教わりましたでしょう?」

「……うん」

「でしたら大丈夫です。コウ様方は必要以上に叱り付けるような方々ではありませんよ。さ、拭き終わりました。こちらを着てください」


 ポチはタオルを収納部屋へしまうと、1着の服を取り出した。受け取って広げてみると、灰色の和服だった。


「甚兵衛じんべえと呼ばれる服だそうです。この国では、子供の方々は基本的にこの種類の服を着て過ごすそうです」

「へぇ……そうなんだ。分かった」


 腰タオルを外し、まずはズボンの方を履く。薄い生地で、風通しが良くとても涼しい。そして、ズボンの紐を結び、上を羽織る。


「主人様、それでは死装束の着方なってしまいます」

「し……え?」

「私が結びましょう」


 前掛けの服は来た事がないから、どうやら着方を間違えてしまったらしい。

 ポチはしゃがみ込むと、俺が羽織ってる甚兵衛の紐を結び始めてくれた。


 その時、初めてポチのきている和服を観察してみた。


「ポチ、その服……」

「ええ、街でコウさんが用意してくださいました。それぞれ小袖、袴、羽織り、大刀、草履と言うそうです。これが倭国の一般的なスタイルとのことです」


 ポチの着ている和服は、コウさんが着ていたものととても似ている。羽織りは濃い緑で小袖は灰色と、かなり地味ではあるがそれが渋さを醸し出していた。

 というか、ポチはイケメンだから何着ても似合う。


「さて、結び終わりました。どうでしょう? サイズなどに問題は?」

「ちょっと待ってね……」


 ポチが結んでくれたのを確認してから、少しその場で動いてみる。軽く飛び跳ねてみたり、くるくると回ってみたり。


 特にこれといって気になる事はない。

 むしろ、着心地が良すぎる。前の服が悪かったわけではないけど、それでもだ。


 風通しが良く、とても軽い。結び方も覚えれば、簡単にきたり脱いだりできると思う。


「うん、大丈夫みたい。ありがとう」


 そう答えると、ポチはにこりと微笑んだ。そして、「さ、行きましょう」と右手を差し伸べた。それを左手でしっかりと握り返す。

 森で迷子になったら大変だし、ちょっと恥ずかしいけどちゃんと握っておこう。


「では、これから街へ向かいます。しかし、その前に1つお伝えしなければならない事が」

「……? なに?」


 ポチの表情は微笑みから真剣なものへと変わった。それが、なにやら不安げな雰囲気を伝えてくる。


「コウ様のお話にあった総一郎様ですが……」

「……?」

「現在、原因不明の病にかかってしまい、意識不明の容態との事です」

「え!?」


 総一郎さんって……コウさんの話にあった凄く強い人だったよね? 


「それにより、コウ様方は総一郎様の屋敷から動くことが出来ない状況です。どうか、配慮ある言動をお願い致します」

「う、うん……分かったよ……」

「ありがとうございます。では、街へ向かいましょう」


 ポチはそれを伝え終わると、俺の手を引き案内を始めた。

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