187話 コウの過去 50
振り払って来た疑いの念が再び生まれ始めた功に、華奈はそうきりだした。
『……これは、私が土地神になったばかりの時、倭神様に聞かせていただいたお話なのですが……』
「倭神様から……」
『はい。この国は四方を海に囲まれている、巨大な島の上にあります。そして、その海の向こう側には別の国があるそうなのです』
「……そうなんですね」
功はどこかに別の国がある事を予想していた。逆にいえば、この世界に存在する人間が、倭国の人間だけだと言う方がおかしな話だろう。
「でも……それが美音ちゃんとなんの関係が?」
『実は……その海の向こう側の国には、不思議な力を持つ人々がいるそうなんです』
「不思議な力……ですか……?」
『はい、聞いた話によると、風や土、水や炎を操り、時としてそれを用いて戦うと……』
「え!?」
それを聞き、驚きの声を上げる功。何よりも、『〜炎を操り、時としてそれを用いて戦うと……』という言葉が頭にこだまする。
「もしかして……!?」
『……この事は、美音さんの身を案じる方にはかなり有益のあるお話しです。なので……』
すると、華奈は功の背後へ視線を向ける様に、その明るい体の向きを変えた。
『あなたも、よろしければ聴きやすい場所まで来てください』
「え……誰かいるんで……」
「ほっほ、お気づきになっておられましたか。わしもまだまだですのう」
功がびくりと体を震わせ、声のした方向へ目を向けると、彼の背後にあった木の影から総一郎が姿を現した。
「え……そ、総一郎さん!? なんでここに……!?」
「こんな夜更にどこに行くのかと思ってのぉ……」
すると、総一郎はゆっくりと視線を華奈へ向けた。
「あの日、なぜ君と美音が森におったのか気になってのう。もしやと思いつけてきたが、まさか御神木様の木霊とは」
「え……と……」
「まずい」という思いが功の頭の中を巡った。総一郎がもし華奈を妖怪として敵視したら……。
「安心せい、今までの経験で妖怪と土地神様の区別は付く。心配せんでも、御神木様には手を出さんよ」
「あ……そ、そうですか」
『良かったです。こう見えて私、今胸を撫で下ろしていますよ』
「ええ、話を聞けばどうやら貴方は反省しておられる様子。功君も美音も無事だったことですし、此度の件は不問に致しましょう」
『はい、ありがとうございます』
仮にも神の立場である華奈へ、かなり攻めた受け答えをする総一郎。功と彼女の会話から、その人間性を見抜いていたのだろう。
安堵した表情を見せる功。そんな彼へ総一郎はにこりと微笑むと、真剣な眼差しを華奈へ向けた。
「……して、御神木様。先程の話を詳しく聞かせていただきたく、存じ上げます」
『はい、勿論ですよ。そのために声をかけたんですからね』
華奈は“海の向こう側の国”について、先ほど功に話した事より、より詳しく話し始めた。
風、土、水、炎などの自然のものを操ることの出来る、不思議な力があること。
文化も人々の見た目も言語も、何もかも違うこと。
そして、“海の向こう側の国”では、おそらく茶色の髪が普通であること。
『倭神様と対話させていただいた際、興味本位で訊ね、軽く受け答えされた程度のお話ではありますが、かの御仁は嘘はつかれません』
華奈の説明を受け、黙り込む功。その胸の内には1つの期待が膨らむと同時に、1つの決意が生まれていた。
「……総一郎さん」
「……なんじゃ?」
「俺、美音ちゃんとその国に行きます」
「……!」
その決意を総一郎へ打ち明ける。それを受け、総一郎はどう返せばいいのか分からない様子だ。
「それは……かなり難しいじゃろう。御神木様によれば、その国の存在は確かでも、場所までは分からないらしいからのう」
「……」
「それに……文化や言葉までも違う。仮に行けたとしても、一筋縄ではいかぬじゃろうな」
「……それでも……それでも、美音ちゃんにとってはその国の方が過ごしやすいはずです」
「ぬ……」
功の一言に、総一郎は黙り込んだ。
功の言う事は正しいだろう。倭国では、美音のように“茶色の髪”と言うだけで殺されてしまう。
だが、“海の向こう側の国では、おそらく茶色の髪は普通である”と言う言葉。つまり、その国では、美音が堂々と外へ出られるのだ。
「これからずっと、屋敷の中に美音ちゃんを隠している訳にはいかないです」
「……それは、わしも同感じゃ」
「なら……美音ちゃんのためにも……」
総一郎は少し悩むような表情を見せた。だが、その胸の内には「美音を外へ出したくはない」という思いはない。
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