186話 コウの過去 49
「安心して良いぞ。なにも功君が弱いと言っているのではない」
「うっ……」
そんな功の思いを察したのか、総一郎は続け様にそう言った。
「な、なんで分かったんですか……?」
「そんな顔をしとったからのう」
「……」
顔に出ていたと聞き、それはそれで恥ずかしくなってくる。
「よいか? 悲しみを乗り越えれば、人は強くなれる。費やした時間など関係はない。乗り越えることさえ出来れば、人は皆等しく強くなれるのじゃよ」
「……そう……ですか……」
「うむ。事実、君は美音を妖怪どもから守ってくれた。君は強いんじゃ。胸を張り、誇りなさい」
「……」
功は少しの間言われたことについて考えていたが、無意識のうちに嬉しそうに頬が緩んでいる。
そんな功の頭を、総一郎の大きな手が撫でた。
妖怪襲撃の騒動からはや一月。功の体の傷はすっかり良くなり、生活に不便は無くなっていた。
そんなある日の夜、功の耳に一月ぶりに聞く声が届いた。
ー森、御神木前。
『お久しぶりです、功さん。お体はもう大丈夫ですか?』
「はい、この通りもう大丈夫です」
華奈の質問に、手首を回しながら答える。
『それは良かった……では、まずは貴方に謝罪をしなければなりません』
そんな功へ華奈がきりだした。
「謝罪……ですか?」
『はい、一月前のあの時、私のせいで貴方の身を危険に晒させてしまいました。本当に申し訳ありません』
「……え?」
その謝罪に、困惑する功。一体なぜそんな謝罪をするのか理解できていなかった。
「えっと、なんで謝るんですか? 華奈さんが教えてくれたから、美音ちゃんを助けられたんですけど……」
『いえ、そもそも私が貴方をここに呼ばなければ、あんな事にはなっていませんでした。覚えていますか? あの時貴方を呼んだのは、自らを安心させたいという身勝手な理由なのです』
「……あー……」
言われてみればそうかもしれない。そんな思いが生まれる。
『ですから、貴方が危険な目に遭ったのは私が原因なのです。本当に申し訳ありません』
「……」
華奈はふよふよと功へ近づき、地面近くまで移動した。どうやら、身を低くしているようだ。
華奈を見下ろす形で見つめる功。しばらく黙っていた彼は、「ふぅ」と息を吐くと申し訳なさそうに笑いながら答えた。
「もうすぎた事ですし、大丈夫です。そんなに気にしないでください」
すると、華奈はゆっくりとその体を浮かした。
『……そんなに簡単に許してもいいのですか?』
「はい、そもそもの話、華奈さんに助けてもらえなかったら、俺はすでに死んでいたでしょうし」
「……」
華奈は功が簡単に許してしまった事に納得していなかったようだ。しかし、彼の説得を受けてついに折れた。
『……ありがとうございます』
「もう気にしないでください。……えっと、それで今日は……」
『はい、もちろんこの事だけで呼び出したわけではありません』
すると、華奈はふよふよと自らの光度を上げた。明るい月を背後に功へ語りかける。
『あの日……美音さんがまとった得体の知れない炎、覚えていますか?』
「……!」
華奈の言う得体の知れない炎とは、功が霊鬼れいきに追い詰められた時の話だろう。霊鬼れいきと美音は炎に包まれ、それによって霊鬼れいきは退散した。
しかし、“鬼”が逃げ出すほどの炎に包まれながらも、美音は無事だったのだ。これ程不思議なことはない。
「あれから、美音ちゃんにも直接聞いてみたんです。でも……何も覚えてないそうで……」
『そうですか……』
その場に静寂が訪れる。
功はこの一月、その事に頭を悩ませていた。その度に生まれる疑いを振り払っていた。
美音のように髪が茶色の人間は、“怪憑き”呼ばれ迫害以上の扱いを受けている。
“怪憑き”は妖怪の仔とされ、生まれたその場で殺されてしまうと言うのだ。
それは、てっきり自分達と違う者に、村が滅んだなどの悲劇の責任を押し付け続けた事による勘違い(けっか)だと思っていた。
しかし、実際に目の前で起きた事は、とてもではないが人間の範疇に収まらない。
あの炎が本当に美音が出したものならば……。
もしかすると、本当に“怪憑き(みふね)”は……。
『……実は、1つだけ心当たりがあります』
振り払って来た疑いの念が再び生まれ始めた功に、華奈はそうきりだした。
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