188話 コウの過去 51


「これからずっと、屋敷の中に美音ちゃんを隠している訳にはいかないです」

「……それは、わしも同感じゃ」

「なら……美音ちゃんのためにも……」


 総一郎は少し悩むような表情を見せた。だが、その胸の内には「美音を外へ出したくはない」という思いはない。


「わしは……この街を、この国を捨てる事は出来ん。いつか海の向こう側の国へ行ける日が来ても、わしがついて行く事は出来んのじゃ」


 美音には幸せになってほしいと思うと同時に、得体の知れない国へ功と美音だけでいかせてしまう事に、不安を覚えていたのだ。


「もしそれでも……あの子の事を想ってくれるのなら……」

「任せてください」


 功の力強い返答。そこに迷いは一切無かった。

 力強い返事、そして自分へ向けられる真剣な眼。それを見た総一郎は、安堵したように「ふっ」と笑った。

 そして、ゆっくりと手を伸ばし、功の頭を一撫でする。


「功君は本当に頼もしいのう。まるで立派に成長した大人のようじゃ」

「……いえ、そんな事ないですよ」


 その後、華奈にお礼を言って2人は帰宅した。

 寝ている美音を起こさぬよう忍び足で寝床へ着き、夜着へ潜り込む。

 静かな寝息を立てている美音を見ながら、功は考えた。


 散々妹や美音を救うと言ってきたが、“まだ誰も救えていない”。たしかにあの日、河童や鬼から命がけで美音を守った。


 だが、“守った”だけで、彼女を取り巻く環境が変化したわけではない。

 “茶色の髪”への人々の認識が変わったわけでもなく、以前と変わらず美音は見つかってはいけない状況が続いている。


 それなのに、どの口が「彼女を救った」と言えようか。


「……」


 彼女に何をしてあげれば、本当に「救った」と言えるかは分からない。

 だが、少なくとも安心して過ごせるようになれば、それへの第一歩と言えるだろう。


「……絶対に……」


 今度こそ、必ず救って見せる。

 寝息を立てる美音の横顔を見つめ、功は静かに誓った。



ーポチの背の上。


「……で、俺が予想の年齢だけど15歳になった時、ラカラムス王国から一隻の船が来てね。日本の歴史で例えるなら、ペリー来航みたいな感じだったよ」

「そうなんですか……」

「それで、倭国側から使節団を送ることになったんだ。俺とミフネは兄弟として、セオトは俺たちの付添人として、志願して王国に移ったんだ。あ、もちろん船の上ではミフネの髪は隠していたよ」


 倭国へ向かうポチの背の上に、あぐらで座り込むコウ。そのあぐらの中心には、カイトが収まっている。

 時間は早朝。彼らは夜通し話していたわけではなく、日が沈んでからはちゃんと休み、朝になってから続きを話した。

 しかし、カイトは昨日の夜は話の続きが気になってしまい、あまり眠れていない。


「でもその時のラカラムス王国は、暴君の前国王が統治していたからね。国交を結んだはいいけど、あまりに酷い扱いに倭国側が怒って鎖国してしまったんだ」

「あ、それで鎖国したんですか」

「そうなんだよ。だけど、俺達はタイミングが悪くて、倭国行きの船に乗れなくってね。結果的に俺たち3人は倭国から締め出される事になってしまったんだ。ま、そのおかげで今の役職につけたんだけれどね」


 苦笑いしながら話すコウ。

 その彼の顔を見上げるカイトは、今まで聞いてきた彼の話しに対し、1つの疑問を覚えた。


 森で鬼と戦った後、ミフネ腹部に刺さった刀が突然消えたと言う話し。恐らくそれは、彼の物をしまう能力が発動したからだろう。

 しかし、それ以降その事には一切触れていなかった。


「あれ……そういえば、コウさんの物をしまう力って……」

「ああ、これ?」


 そう言うと、コウは空中へ右腕を伸ばし、その先に刀を出現させて見せた。


「それです」

「実はね、これの存在に気づいたのは王国に来てからなんだ」

「え、そうなんですか?」

「そうなんだよ。あの鬼の刀が消えた事はすっかり忘れていたんだけど、王国に来てからふと思い出してね。なんで消えたんだろって色々試していたら、急に消えた刀が目の前に現れてね。それで、初めてこの力の存在に気づいたってわけ」


 このコウの言葉に、首を傾げるカイト。


「倭国にいた時は気にならなかったんですか?」

「それが不思議と気にならなかったんだ。まぁ、その出来事以降色々大変だったし」


 コウは再び苦笑いを浮かべた。


「あ……それでですね、コウさん……」

「なんだい?」


 言いづらそうに話すカイト、珍しくその表情は疑っているようなものだった。


「ミフネさんの性格……本当にそんな感じだったんですか?」

「ほ、本当なんだよ。俺も信じたくはないけど」

「……」


 疑いの目がコウへ向けられる。


「いやいや、本当なんだってば。成長していくにつれてどんどん尖っていったんだよ」

「……そうなんですか」


 カイトに疑われ、慌てて弁明するコウ。

 しかし、顔を上げポチの進行方向へ視線を向けた彼の表情が明るくなった。


「あ! ほ、ほら見てみなよ。きっとあれが倭国だ」


 促されるままにカイトが前方へ目を向けると、そこには地平線を覆い隠すように広がる陸地が見えた。

 今まで休憩に立ち寄った無人島とは違い、端の方はぼやけてだんだんと見えなくなっている。それだけ大きな陸地ということだ。


「ゴァウッ」

「あ、ポチも着いたって言ってます。多分」


 ポチも2人へ視線を送り一鳴きして到着を知らせる。


「懐かしいなぁ。帰ってくるのは9年ぶりくらいか」


 コウはカイトを降ろし、立ち上がって倭国らしき陸を眺めている。

 カイトもそれに続き、彼の横に立ってその陸を眺めた。それと同時に、ポチはゆっくりと高度を下げて行く。


「これから1ヶ月……ここで……」


 不安やら期待やら、様々な感情が入り混じる。

 しかし、エアリスの「楽しんで」と言う言葉が頭に浮かぶと、負の感情はほとんど無くなっていった。


「よし、じゃあカイト君。これから1ヶ月間、よろしく頼むよ。何かあったらすぐに俺たちを頼ってくれて構わないからね」

「はい……ありがとうございます」


 もうすでにポチは森の中へ着陸すべく、態勢を整えている。揺れる背の上で、2人は待つ。そして、ポチは地面へ足をつくと、2人が降りやすいよう身をかがめた。


 先に飛び降りたコウの背を見ながら、カイトは倭国への第一歩を踏み出した。

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