185話 コウの過去 48
「な、なにこれ……」
そこから見えたのは、かつての美しい街並みではなかった。
目に入る建築物はあらかた崩れ、街道に植えられていた桜の木もほとんどが倒木と化していた。
「酷いものじゃろう? まったく……妖怪のほとんどは物の価値がわかっておらぬ者ばかりじゃからのう」
「そ……そうなんですね」
2人は会話をしながら街へと下りていった。そのほとんどは2日前、互いの身になにがあったのかを報告し合う形である。
壊れた家屋の修繕、倒木の撤去の作業を行う人々を横目に街道を進む。
すると、1人の女性が2人へ話しかけてきた。
「おや、領主様に功君じゃないかい」
声のした方を向くと、恰幅の良い女性が立っていた。女性は火縄銃の台木の部分を肩に乗せて持っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます」
「うむ、朝から精がでるのう」
「いやなに、単純に見回りしてるだけだよ。それより聞いたよ? 功君も色々と大変だったみたいだねぇ」
どうやら女性は功の身に何があったのかを知っているようだ。
「いえ……あ、そうだ」
「なんだい?」
「あの時、助けてくれてありがとうございました」
2日前の夜、追ってきた霊鬼れいきを撃ち抜いた人物。遠く目から見たシルエットから判断すると、この女性で間違いはないだろう。
「はは、良いよ良いよ。領主様からお礼はたんまり貰ったからねぇ」
「そうじゃのう。まったくしたたかな奴め」
「安心しなって、貰ったもんは街のために使うからさ。それより、あの時一緒にいた子は大丈夫なのかい?」
「……!」
「暗くてよく見えなかったけど、功君が誰かを庇っていたよね。違ったかい?」
「えっと……」
美音の存在を知られた事に戸惑いを隠せない功。そんな功に代わり、総一郎が答えた。
「うむ、その子は無事じゃよ。じゃが、怪我が酷かった故にわしの屋敷で看病しておる」
「そうかい、まぁ気功術に関しちゃこの街で、領主様の隣に出る奴はいないからねぇ。あ、でもちゃんとこっちにいる奴らも診とくれよ?」
「無論じゃよ」
笑い合い、その場を後にする2人。
しばらく進むと街道の端に行列が見えてきた。なにやら良い匂いもしてくる。どうやらここで炊き出しをしているようだ。
「領主様、よろしければ前に」
「いやいや、かまわんぞ。ちゃんと並ぶからの」
前にいた領民たちの申し出を断り、列に並ぶ。しばらくして、2人には茶碗に入った米が配られた。
「では、どこかゆっくり食べられる所を探すかの」
総一郎の提案で、茶碗を持ったまま移動を始める。すると、後ろから功を呼び止める声が聞こえてきた。
「先生……!」
「む?」
振り返ると、そこには瀬音の姿があった。
「功さん……目を覚ましたんですね」
「心配かけてごめんね」
「うむ、2日も眠っておったからのう」
「瀬音さんも無事で良かった」
「はい。大人の皆さんが守ってくれましたから」
すると、どこからか彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ……すみません。母が呼んでいるので……」
「うむ、はよう行ってやりなさい」
「瀬音さん、またね」
「はい、落ち着いたらまた遊んでくださいね」
そう言い残し、瀬音は走って行った。彼女を見送り、総一郎も再び歩き出す。
しばらく歩いた後、総一郎は街外れの小道へ出た。そして、その道端の小岩へ功を座らせ、自らも座る。
「さて、ここならば落ち着いて食べられるじゃろう」
小道の反対側には田んぼが広がり、植えたばかりの稲の苗が風に靡いていた。その光景を眺めながら、2人は炊き出しで受け取った米を食べ始める。
「……功君や」
「はい」
「現状の街を見てどう思ったかのう?」
食べている最中、功へそう尋ねる総一郎。功は少し考えたのちに答えた。
「家が崩れてたり、桜の木が倒れてたりしていて酷い状況だとは思いました。でも、思っていたより皆さんが生き生きしていて、少し安心もしました」
「ほっほ、そうかそうか」
そう答えた功に、総一郎は笑顔で応えた。
「そう思えたことも、子供達が無事だったからかもしれないのう」
「……?」
「まだ言っていなかったがのう、今回、子供は誰一人として犠牲にはなっておらんのよ」
「あ……そうなんですか」
「うむ、子供達を守るために、戦えるものは皆尽力したからのう」
すると、総一郎は功の頭を優しく撫でた。
「子供が生きていれば街は再び活気付く。親を失ってしまった子もおるが、皆強い子ばかりじゃ。もはや街には泣き声のひとつもしない」
「……」
思い返してみれば、街はあれだけの被害を受けていながら、街の人々は皆明るかった。暗い印象はどこにもなく、むしろ皆笑顔で会話していた。
それは子供達も例外ではない。
功がそれを改めて認識すると、同時に自分がこの世界に来たばかりの時のことを思い出した。
あの時の自分と違い、子供を含めてこの街の人々はなんて強いのだろう。そう思うと、泣きじゃくった自分が恥ずかしくなってくる。
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