184話 コウの過去 47


「……ん……」


 顔を照らすほんのりと暖かい光と、心の落ち着く雀の鳴き声で功は目を覚ました。

 目に入る光景は見慣れた天井。そして体は自らの体温で温められ、ちょうどよい温もりの夜着に潜り込ませていた。


 天井を見つめながらぼんやりと呟いた。


「……生きてる……」


 昨夜のことははっきりと覚えている。河童と戦って、それを退けたと思えば今度は鬼が現れて……。

 思い返せば、よく生きていたなと背筋がゾッとする。


「そうだ……美音ちゃんは……」


 ハッとし、辺りを見渡す。

 幸い彼女はすぐに見つかった。すぐ横に敷かれた布団の中で、穏やかな表情で眠っている。


「……んー」


 なにやらニヤニヤしながら寝返りをうった際に、夜着からはみ出た手足や頭には包帯が巻かれていた。適切な処置を受けた証拠だろう。


 それを確認して安心する功。

 そしてゆっくりと体を起こそうとするも、彼の動きは止まった。


「い……いたたた……」


 体中が痛む。と言っても、傷が痛むわけではなく、どちらかと言えば筋肉痛のような痛みだ。


「あの時は本当に無理したからなぁ……」


 なんとか体を起こし、立ち上がる。夜着から出た事で気がついたが、自分の体も美音のように包帯だらけだった。


 縁側へ続く障子を開けると、一層強い光が目を眩ませる。その光に慣れ、ゆっくり目を開けると、驚きの光景が目に飛び込んだ。


 庭は荒れ、門や塀は完全に崩れている。地面に敷き詰められた石材も、所々剥がれてしまっていた。

 ここにも妖怪が攻め込んできたのだろう。


 その光景に寂しさを覚えつつ、ゆっくりと縁側に腰掛ける。すると、右後方の部屋から声をかけられた。


「おや功君、目を覚ましたんじゃな」


 振り返ると、そこには茶を嗜んでいる総一郎の姿があった。彼は立ち上がると功の横まで移動し、同じように縁側へ腰をかけた。


「体の不調はないかのう?」

「あ……はい、筋肉痛が酷いだけで、大丈夫です」

「そうかそうか。2日も眠っておれば、傷も少しは癒えるからのう」

「……2日!?」


 どうやら、昨日の出来事だと思っていたのは2日前の出来事だったようだ。


「あ……そうだ、美音ちゃんは……」

「安心してよいぞ、腹の傷と胸の骨が少々酷かったが、今は落ち着いておる。あの寝顔を見たじゃろう?」

「……はい、見ました」


 たしかにあの寝顔からは、体の痛みを感じているようには見えない。


「怪我が治るまで、わしの気で体を補強しておるからの」

「え、そんな事まで出来るんですか?」

「うむ、気功術とは奥が深いからのう」


 気は仙術という強力な武術から医療まで、幅広く役に立っているようだ。

 功は気とは一体何なのだろうと疑問を持つが、胸の内にしまっておくことにした。


「さて、2日ぶりに起きたんじゃ、お腹は空いておるじゃろ?」

「えっと……空いてはいるんですが、食欲はちょっと……」

「いかんぞ。子供はちゃんと食べなければ成長できぬからの」


 総一郎はそういうと、「よっこらせ」と腰を上げ、立ち上がった。その足で草履を履き庭へ出る。


「街へ行くぞ。そろそろ朝の炊き出しが始まるじゃろう」

「街に下りるんですか?」

「うむ、屋敷に備蓄しておいた食料は保存しておいた物も含めて、全て街へ持っていってしまったからの。すまぬが、わしらも炊き出しに並ばなければ食事にはありつけん」


 これも、領民思いの総一郎だからこその行動だろう。


「分かりました」

「うむ、では行くとするかの」

「あ、美音ちゃんは……」

「なに、あの寝顔ではあと半日は起きぬよ」


 美音の寝顔は穏やかで若干笑っている。功はそれを見ると、特に根拠はないが彼の言葉に納得した。


「よし、では行くとするかの」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 街へ下りるため、功も立ち上がる。が、思うように動けないようだ。痛みが少ないとはいえ、怪我が完治したわけではない。

 そんな功を見かねて、総一郎が歩み寄る。


「無理はいかん、わしがおぶって行こう。ほれ」


 そう言うと、総一郎はなんとか立ち上がろうとする功へ背を向けてしゃがんだ。


「え、でも……」

「ほれ、はようしないと炊き出しが無くなってしまうぞ」

「……」


 功はおんぶされる事に気恥ずかしさを感じたが、観念してお言葉に甘える事にした。

 総一郎におぶられ、崩れた門の外へ出る。そこからは街が一望出来るのだが……。


「な、なにこれ……」


 そこから見えたのは、かつての美しい街並みではなかった。

 目に入る建築物はあらかた崩れ、街道に植えられていた桜の木もほとんどが倒木と化していた。


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