183話 コウの過去 46



受け答えをする総一郎は視線を横へ流す。その先には彼が先ほど斬った鵺ぬえの姿があった。

 しかし、両前足と尾の先端を切断されたその鵺ぬえは、大量に出血したことが原因か、地面に横たわりただ震えているだけだった。


「ふむ……どうやら、残るはお主だけの様じゃのう」

「……」


 怨京鬼おんぎょうきが姿を現した。だが、その表情は悟った様に落ち着いている。


「おや、もう姿は消さんでよいのかの?」

「もはや、姿ば消す意味はあらんめえ。もとより、きさんには通用しとらんやったがな」

「そうじゃのう。姿を消しても、音が全て聞こえていればなんて事はない」


 怨京鬼おんぎょうきはゆっくりと夜空を見上げた。その表情はどこか寂しげ、しかしすぐに覚悟を決めたかの様な表情へ変わった。


「……次で最後や。わしん最大ん奥義で終わらせてくるる」

「ふむ……そうか。ならばわしも奥義で応えよう」


 怨京鬼おんぎょうきが目を閉じ、霞の構えを取る。

 総一郎は刀を鞘へ納め、抜刀の構えを取る。


「わしん名は怨京鬼おんぎょうき。友ん仇んためこん刀ば振るう」

「……大和総一郎じゃ」


 2人が互いに名を名乗ると、辺りはしんと静まり返り、どこからとも無く聞こえる虫の声が寂しそうに響いた。

 小さなつむじ風が木の葉を巻き上げ、2人の間を通過する。


 決着は一瞬だった。


 “怨孤両斬掌えんこりょうざんしょう”

 “地裂ちさき斬ぎり”


 それぞれの奥義を使った次の瞬間、2人は互いに刀を振り終えた体勢で背を向けて立っていた。


 先に動いたのは総一郎。刀を回し、スムーズな動きで鞘に納めた。

 その鍔鳴りに合わさるかの様に、怨京鬼おんぎょうきの刀が“パァンッ”と音を立てて2つに折れる。弾けた切っ先は回転し、地面へ突き刺さった。


「……無念……」


 怨京鬼おんぎょうきの呟くような弱々しい声。

 その瞬間胴体に大きな傷が開き、血飛沫を高々に上げ、怨京鬼おんぎょうきは背から地面へ倒れた。


「……良かった……」


 その様子を離れた場所から見ていた功は、ほっと胸を撫で下ろした。


「うむ……さて、功君達を……っ!!」


 安堵する功へ視線を向けた総一郎の表情が強張り、叫んだ。


「功君!! そこから離れるんじゃ!!」

「……え?」


 キョトンとした表情の功。

 その背後に、全身が焼けただれた鬼の姿があった。右手には尖った岩が握られている。


「グッ……オオオオオオオ!!」

「っ!?」


 右腕を振り上げる霊鬼れいき。

 その声に功が気がついて振り返った時には、すでに岩が振り下ろされていた。


「美音ちゃん!」

「くっ!」


 功がとっさに美音の上へ庇う様に覆いかぶさる。総一郎が刀を構え、縮地で2人の元へ向かった。


 その瞬間、1発の銃声が鳴り響いた。


「……?」


 功がゆっくりと目を開け、頭上を見上げる。

 そこには右腕を振り上げたまま硬直している霊鬼れいきの姿があった。

 すると、霊鬼れいきの左右両方のこめかみから、血が水鉄砲の様に噴き出す。右手から尖った岩が落ち、それに続く様に霊鬼れいきも倒れた。


「……!」


 総一郎がその銃声のした方へ目を向けると、恰幅の良い女性が火縄銃をこちらへ合図する様に一振りし、背を向けて歩いていった。

 おそらく、八百屋の女性だろう。


「あやつめ……自分の持ち場から離れおって……」


 そう言いつつ、総一郎は優しい笑顔を見せる。


「功君、無事だったかのう?」


 2人に駆け寄り、声をかける。それに功が反応した。

 しかし、一向に美音の上から動かない。


「す、すみません……足に……力が入らなくて……」


 突然の襲撃に腰を抜かしたのか、それとも危機が去ったことに安堵したからなのか。功の両足には全く力が入らなかった。


「安心してよいぞ。もう安全じゃからな」

「はい……え、わっとと」


 功の頭をひと撫でした総一郎は、片手で彼に負担がかからないように抱え上げた。続いて地面に横たわる美音を抱え上げる。


「ふむ、2人とも怪我だらけじゃが、正しい治療を受ければ問題はないのう。さて、では屋敷へ向かうぞ。この子を誰かに見られるわけにはいかぬからのう」

「……」


 自分と反対側に抱えられた美音が視界に映る。全身の傷、特に脇腹の傷が目立つ。

 しかし、息はある。表情もだいぶ穏やかになった。


「……功君」

「っ……は、はい」


 歩いている総一郎に突然名を呼ばれた。何を言われるのかと、肩をすくめる。


「君も全身傷だらけじゃ。大変じゃっのう」

「……いえ……」

「美音を守ってくれたんじゃろう? ありがとうのう」

「……」


 完全に彼女を守れたかと問われれば、胸を張ってそうだと答えることはできない。

 自分も彼女も怪我だらけ。彼女は何度か本気で死にかけた。


 しかし、結果を見れば“守り抜く”ことは出来た。


 彼女を守り抜いた事で、妹が許してくれるかは分からない。言ってしまえば、自分が勝手に美音に妹の姿を重ねているだけだ。

 それでも、今度こそ守るという自分の決意に、嘘をつくことはなかった。


「百合……」


 妹の名を呟くと共に、功の意識は眠る様に沈んでいった。

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