169話 コウの過去 32
ー 森、御神木前。
「『羅刹らせつ』……ですか……」
『はい。彼は妖怪達からそう呼ばれています』
妖怪が総一郎を羅刹と呼んでいる。それを聞き、“羅刹”の意味を知らない功は首を傾げた。
そんな彼へ、華奈は羅刹がなんなのかを説明し始めた。
ー『羅刹』
その言葉を作った人物は、1人の鬼だった。
彼は自ら名を名乗ることは無かったが、他の存在を近づかせぬほど強力な実力者であった。
しかし、彼は鬼という立場でありながら、人間と妖怪の“両方”と敵対していた。
かなり好戦的な性格をしており、彼の目に映った生き物は死滅するとまで言われていた。
時が過ぎ、その姿は消えたが伝説は残り続け、妖怪は畏怖の意を込めてかつて存在したと言われる『鬼神 羅刹』の名を取り、その存在を後世に伝えたと言う。
『……人間の方々はただの“強力な鬼”として伝えているようですが、妖怪の方々にとっては相当衝撃的で印象の強い方だったようですね。その出来事以降、自分たちに多大な被害をもたらす者を、“羅刹”と呼ぶようになったそうです』
「そうなんですか……」
日本では聞いたことのない“妖怪の歴史”には、現実味がないと言う感想を思い浮かべる。
『ちなみに、総一郎さんは3人目の羅刹なんですよ』
「3人目……ですか?」
『はい。1人目は、先ほど話した方。2人目は、400年ほど前に突然現れて消えた方。そして、総一郎さんです』
「突然現れて消えた……?」
妙な紹介をされ、それに気が向いてしまう。すると、その様子に気がついた華奈が話し始めた。
『2人目の羅刹の方に関しては、ほとんど何もわかっていません。何者なのか、目的はなんだったのか、どこから現れてどこに消えたのか……ただ、その方が残していった現実は、とても凄惨なものです』
「せ……凄惨なって……?」
『その方は……妖怪の郷を1人で襲撃し、たった一晩で郷の6割強の妖怪を惨殺していったのです』
「……え!?」
『犠牲者の数は数万とも言われ、老若男女見境無しだったそうです』
たった一晩で数万の命が奪われた。決して楽しいことばかりと言える生活はできていなかったが、平和な日本生まれで、ここまで惨たらしい話に慣れていない功は動揺を隠せなかった。
それと同時に、この世界にはそんな恐ろしい存在があるのかと、恐怖心を抱き始める。
『……話題を少し変えますね。では功さん、総一郎さんはどのようなことをして羅刹と呼ばれるようになったのか、分かりますか?』
「あ……いえ、分かりません」
そんな功の心境を読み取ったのか、華奈は馴染みのある名を出し話題を逸らした。功はそれに対し、ハッとして答える。
「……総一郎さんも、妖怪をたくさん……?」
『ええ、しかし、彼の場合は“防衛”での話です』
「防衛で……ですか」
先程の話より惨たらしい雰囲気は無く、ほっと息をつく。
『彼は、今宵の出来事のような妖怪の襲撃を幾度となく退けました。彼が戦いに参加し始めてからの“人間の勝利”は、彼のおかげと言っても良いでしょう』
「そうなんですか……」
『ええ、ですから今宵も大丈夫ですよ。全てが終わったら、教えてあげますので、それまではここにいてくだいさい』
「……分かりました」
この自分の身を案じる提案に、改めて了承する功。しかし、少し落ち着いたからこそ、とあることに気がついた。
それは、華奈の言った『木霊は人間と妖怪のどちらの味方もしない』と言う発見に対して、『自分』はどうなのかということ。
彼女は街が襲撃されたからと言う理由で、自分をここに避難させた。
それは、つまり自分という“人間”に味方をしたということになるのでは?
「……華奈さん」
『なんですか?』
自分を助けてくれた事に対して、助けられた側が疑問を持つのはおかしいのかもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「……華奈さんは、“木霊は人間と妖怪のどちらの味方もしない”って言いましたよね」
『ええ、言いました』
「それなら……俺はどうなんですか? 俺の身を案じてここに呼んでくれたんですよね? その……感謝しているんですが、不思議に思って……」
『……』
すると、華奈はふよふよと動き出し辺りを飛び始めた。と言っても、何処かに行くわけでもなく、歩きながら考え事をする人のような印象を受ける。
『……実は、最初はとても悩みました』
「……!」
あてもなく浮遊していた華奈は、その動きを止め静かに話し出した。
『あなたをここに呼べば、あなたの言った通り木霊の掟に反する事になります……ですが、あなたを思うと、思い出すのです……』
「だ……誰をですか?」
『実は、400年ほど前にもあなたのように、私と親しくしてくださる人間の方がいたのです。今は廃村となった近くの村の女性で……名を“華奈”と言います』
「え……」
『私が名乗った名は……ご察しの通り、彼女から借りた名です』
「そ、そうなんですか……」
その女性と自分になんの関わりが?
そう問おうとしたと同時に、華奈は悲しそうな声で言った。
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