168話 コウの過去 31



 次の瞬間、“発勁”が炸裂。鵺ぬえは吹き飛び、門を破壊してその先の家屋へ突っ込んだ。ガラガラと音を立てて家屋は崩壊し、鵺ぬえの姿を隠す。


 胸を抑える秀幸の元へ、総一郎が駆け寄る。


「ぜ……ぜんぜ……」

「肺をやられたか……ちと辛抱せい。手を退けるんじゃ」


 その言葉に従い、胸から手をどけて身を委ねる秀幸。総一郎は彼の胸に手を添え、力を込めた。


「うっ……」


 すると、彼は小さく呻き声を上げた直後にむせた。だが、すぐに呼吸を再開した彼は総一郎へ微笑みかける。


「ありがとう……ございます。師匠せんせい……楽になりました」

「うむ……しかし、この惨状……」


 辺りを見渡す総一郎の目には、横たわる門下生や道場の師範の姿が映っていた。その者達が生きているのかどうか、彼は一目で理解した。


「……申し訳……ございません……」


 震えた声が彼の耳に届く。目を向けると、そこには悔しそうに涙を流す秀幸の顔があった。

 一難去った安心感からか、彼の強張った表情は崩れていた。


「私は何も出来なかった……道場ひなんじょを任されたのに、この失態……私の腕がひ弱なばかりに彼らを死なせた……申し訳ご……」

「阿呆」


 弱々しく謝罪を始める秀幸。しかし、総一郎はそれを一蹴した。そして、彼の肩を掴み、真っ直ぐに目を見て伝えた。


「確かにお主にはここを任せた。しかし、彼らを殺めたのは鵺ぬえじゃ、お主では無い」

「……しかし……」

「お主等は“誇り”を持って戦った。命途切れるその時までな。何も出来なかったと嘆くのならば、後ろを見てみなさい」


 言われるがままに、ゆっくりと後ろを向く。そこには、避難者達の姿がある。


「お主等は彼等を守り切ったのじゃ。そして、お主はその先頭に立って戦ったのじゃろう」

「……」

「だと言うのに、何も出来なかったなど……死んでしまった者達にどう顔向けするつもりじゃ」

「……そうですね」

「死んでしまった者達にも誇りがあった。お主はその誇りを受け継がなければならない」


 崩れていた秀幸の表情が変わった。


「彼等のためにも、ここは必ず守り抜きます」

「そうじゃ、その意気じゃ」


「ガァァアアアア!!」


 秀幸が立ち上がったと同時に、獣の咆哮が響く。そして、崩れた家屋の残骸が飛び散り、そこから鵺ぬえが姿を現した。


「貴様ガ……貴様ガ『羅刹』カアアアア!!」

「ふん……妖怪共が勝手につけた名に、答える義理は無い」


 総一郎は立ち上がり、鞘に添えた左手の親指を鍔へ当てた。


「秀幸。お主は1度治療を受け、避難所の整備をせい」

「わ……分かりました。しかし奴は……」

「なに、心配はいらん」


 鵺ぬえは咆哮しながら総一郎目掛けて走り出す。それを見た彼は余裕を感じさせる笑みを見せた。


「すぐに終わる」


 その言葉と同時に刀は抜かれ、肉を切断する音が辺りへ響き渡った。



ー 森、御神木前。


「『羅刹らせつ』……ですか……」

『はい。彼は妖怪達からそう呼ばれています』


 妖怪が総一郎を羅刹と呼んでいる。それを聞き、“羅刹”の意味を知らない功は首を傾げた。

 そんな彼へ、華奈は羅刹がなんなのかを説明し始めた。




ー『羅刹』

 その言葉を作った人物は、1人の鬼だった。

 彼は自ら名を名乗ることは無かったが、他の存在を近づかせぬほど強力な実力者であった。


 しかし、彼は鬼という立場でありながら、人間と妖怪の“両方”と敵対していた。

 かなり好戦的な性格をしており、彼の目に映った生き物は死滅するとまで言われていた。


 時が過ぎ、その姿は消えたが伝説は残り続け、妖怪は畏怖の意を込めてかつて存在したと言われる『鬼神 羅刹』の名を取り、その存在を後世に伝えたと言う。




『……人間の方々はただの“強力な鬼”として伝えているようですが、妖怪の方々にとっては相当衝撃的で印象の強い方だったようですね。その出来事以降、自分たちに多大な被害をもたらす者を、“羅刹”と呼ぶようになったそうです』

「そうなんですか……」


 日本では聞いたことのない“妖怪の歴史”には、現実味がないと言う感想を思い浮かべる。

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