170話 コウの過去 33


『あなたをここに呼べば、あなたの言った通り木霊の掟に反する事になります……ですが、あなたを思うと、思い出すのです……』

「だ……誰をですか?」

『実は、400年ほど前にもあなたのように、私と親しくしてくださる人間の方がいたのです。今は廃村となった近くの村の女性で……名を“華奈”と言います』

「え……」

『私が名乗った名は……ご察しの通り、彼女から借りた名です』

「そ、そうなんですか……」


 その女性と自分になんの関わりが? 

 そう問おうとしたと同時に、華奈は悲しそうな声で言った。


『その女性……華奈さんのいた村は、妖怪に襲撃され、滅びました』

「っ……!?」

『彼女もその時……ですから、悩んだ末に私の自分勝手な判断であなたをここに呼び、“私の”不安を取り除きました』

「そうだったんですか……」

『はい……あ……街の方は大丈夫ですよ。先ほども言いましたが、総一郎さんがいますから』

「……ありがとうございます」


 妖怪の襲撃で村が滅んだという不吉な話を聞かされ、不安にさせてしまったと勘違いした華奈は慌てて励ました。


「……あの……その華奈さんってどんな人だったんですか?」

『……どんな人……ですか?』

「はい、その……気になって」


 少しの間華奈は黙っていたが、功の頼みを了承した。


『……良いですよ』


 そして、華奈という女性について語り出したが、その口調は少し明るく懐かしそうなものだった。


『華奈さんと初めて出会った時、彼女はまだ幼い少女でした。肩までの短い髪にややつり目気味の目、貝殻を模した簪かんざしはとても綺麗でしたね。ただ……』

「ただ……?」

『とても不思議な方でした。どうも年齢と口調が一致しないと言いますか……かなり大人びた方でしたね。……そもそも、私と仲良くしてくださってる事自体、不思議な話なのですが』

「大人びた……ですか……」

『はい。それに加え、どなたかを待っていると言っていました。彼女とは数十年の付き合いでしたが、待っている人がいるとの一点張りで、誰ともご結婚はされなかったようです』


 つまりは、幼少期からかなり大人びた人物で、その頃から誰かが自分の元へ来るのを待っていた、という事だ。


 妙にその女性が気にかかった。


「……」


 大人びた子供と言うのは、物語中ではよく見る存在ではある。

 しかし、現実ではあまり聞く話ではない。それも、幼い頃から1人の人物を待ち続けているだなんて変な話だ。


 夢見る少女の“私の王子様”的なものなら一応の納得はできるが、流石にそれを数十年抱き続けるのは無理がある。


『華奈さんがそんなに気になるのですか?』

「え……あ、いや……いえ、もう大丈夫です」


 功はなぜかそれを否定してしまった。特に理由もない。しかし、思わずそう言ってしまった。


 もしかしたら、自分と同じ転生者かもしれない。


 そんな思いを抱くも、これだけ少ない情報から結びつけるのはただのこじつけだろう。

 功は、その思いを胸の内にしまっておくことにした。



 ー 街


 あれだけ騒がしかった街は静まり帰っていた。つい先ほどまでの戦闘が嘘のようだ。


 そんな街中の大通りを歩く総一郎の姿があった。


 右手には抜刀された刀。その刀から滴った血の水滴が、彼の歩いた道に点線を作っている。

 そして、その点線の先には数十の妖怪の亡骸が横たわっている。


「ふむ……」


 刀を振るい、付着した血を飛ばした彼は、顎に手を当てて辺りを見渡した。


「……そろそろ出てきても良いんじゃないかのう?」


 誰もいない家屋へそう呼びかける。すると、彼の目の前に立ちはだかるように、1人の鬼が姿を現した。

 額の大きな黄色い一対の角、緑色の肌、腰まで伸びたもじゃもじゃの髪、そして、口の両端から伸びる牙。その体躯は優に2メートルを超えている。

 それは、見るもおぞましい鬼だった。


「おお、そこに居たのか。……その姿……怨京鬼おんぎょうきじゃな?」

「……覚えとったか、羅刹」

「うむ。こうして対峙するのは、お主以外の四天王を切り伏せた時以来じゃな」


 余裕を感じさせる口調でそう言う総一郎に対し、怨京鬼おんぎょうきは肩で呼吸をし、その怒りをあらわにしていた。


「にしても、わしは羅刹を名乗った記憶はないんじゃがなぁ」


 そんな怨京鬼おんぎょうきへ、総一郎は何食わぬ顔で話しかける。

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