157話 コウの過去 20



 御神木の華奈の案内で無事、総一郎の屋敷へたどり着いた功。誰にも見つからぬよう忍び歩きで寝床へ急ぐ。


「……よし」


 幸い誰にもに見つからずにたどり着けた。しかし……。


「功君!」

「わっ……!!」


 突然背後から声をかけられ、叫ぼうとした口を慌てて押さえる。振り返ると、そこにはこちらを見上げる美音みふねが立っていた。

 功の姿がない事に気がついてから、今に至るまで家の中を探し回っていたのだ。


「み、美音ちゃん……!」

「ねぇ……どこに行ってたの? 起きたらいなくって、びっくりしたよ」


 ずいっと問い詰めてくる美音に、後退りながら功は言い訳を言うしかない。


「えっと……ちょっと夜風に当たりたいなと……」

「え? 夜のお外は危ないだよ!? どこから妖怪が来るか分からないんだから! なんでお外になんて出たの?」

「あ、いや……ちょっと気分が悪くって。それで夜風にね」

「え!? 大丈夫!?」


 そう伝えるや否や、無事を確かめるかのように功の体をまさぐる美音。

 気分が悪いと聞いて、怪我がないか確かめるのは違うと思うが、功はそれについては何も言わなかった。


「とりあえず、もう大丈夫だよ。ゆっくり寝れば治るからさ」

「そ、そう……。良かった、じゃあ寝よっか」


 時刻は深夜。夜明けまでまだ数時間ある。

 であれば、子どもの身である2人は起きているよりももう1度寝るのが正しい判断だろう。


「おやすみ」

「おやすみ、功君」


 功が無事に帰って来た事に安堵した美音は、すぐに眠りについた。しかし、功はなかなか眠れない。考え事があるからだ。


 それは、華奈に言われたこと。


 結局、その答えが出た時には夜が明けてしまった。



「それではいただくとするかの」


 総一郎が作った朝食を功と美音が運び、両手を合わせて食べ始める。

 会話を楽しんでいる総一郎に、功は話を切り出した。


「あの、総一郎さん。1つ、お願いがあります」

「む? なんじゃ?」


 総一郎は返事をして箸を置く。功は続けて言った。


「俺に仙術を教えてくれませんか?」

「……ほう」


 功が悩んでいたのは、仙術を習うかどうかと言うことだった。



『あなたには武術を身につけることをお勧めします。この世の中、戦えて損はありません』



 華奈の勧め。実際に妖怪という未知の生物に襲われたこと。そして、妖怪に村が襲われると言った事実。


 地球ではあまり聞いたことのない武術。本当に自分にできるのかと疑問にも思うが、習得が可能なのであればそれにこしたことはない。


「ふむ、それは良い考えじゃの。この世の中、戦えて損はない」

「……同じこと……」

「何か言ったかの?」

「いえ、何も言ってません」


 不思議そうな表情を見せつつ、総一郎は提案した。


「ならば、今日から道場へ通ってみるか」

「はい。お願いします」

「うむ」


 すると、仙術を習えることがすんなり決まり、ほっと一息つく功の目に、美音が映った。

 なにやら寂しそうな表情をして、左手のお椀を見つめている。


「美音ちゃん?」

「えっあ……いや、なんでもないよ」


 声をかけるとびくりと反応し、無理やり作った笑顔で応える。

 置いたお椀をもう1度手に持ち、迷った挙句茶碗に持ち替えた様子から、明らかに動揺しているのが見て取れる。


 それを見て、功は総一郎へ話した。


「すいません。道場に通うのは午前だけでも良いですか?」


 動揺している美音の動きが止まり、その目は功を見つめた。


「……うむ。功君ならば、そう言ってくれると思っておったぞ」

「……え……え?」


 総一郎はその意図に気がついたようだが、美音は気がついていないようだ。2人の顔を交互に見ている。


「……それでもいいですか?」

「もちろんじゃよ。君は本当に優し子じゃのう」

「ありがとうございます。……美音ちゃん」

「え……な、なに?」

「午前中は道場に行くけど、午後は一緒に遊べるから。安心してね」

「……!」


 それは、再び1人となってしまう美音のことを配慮しての提案だった。いざという時のために、身を守れる手段は持っておいたほうがいい。

 しかし、それでも美音との時間は無くしたくない。

 それが、功の本心だった。


「うん……ありがとう、功君」


 安堵した表情でお礼を言う美音。功も、それに笑顔で応えた。



「行ってきます」

「行ってくるぞ。昼前には帰ってくるからの」

「うん、行ってらっしゃい。功君、頑張ってね!」

「……うん、ありがとう」


 玄関から街の道場へ向かう総一郎と功を、美音が笑顔で送り出す。その表情に孤独は感じられない。


 彼女は2人が、門の向こうへ見えなくなるまで手を振っていた。


「美音ちゃん、なんだか前より明るくなりましたね」


 階段を下る最中、功がふと話した。


「そうじゃのう。しかしそれは、何もかも君のおかげじゃよ」

「……そんなことありませんよ」

「いやいや、そんなことあるんじゃよ。君がきてからというもの、あの子は本当に明るくなった。ありがとうのう」

「……」


 若干照れ臭そうな表情をする功。そんな彼へ、今度は総一郎が話しかけた。


「して、功君や。1つ聞いてもいいかのう?」

「はい。なんですか?」

「なぜ急に仙術を習いたいと思ったんじゃ? いつか進める気ではあったが、君から習いたいと言うとは思っておらんかったのでな」


 これに功は、返答に困った。

 御神木から勧められたと言うのも事実ではあるが、おかしなことだろう。


「えっと……以前河童に襲われたことを思い出して……次にまたあんなことがあった時に備えたいなと、思ったからです」


 それを聞いた総一郎は、感心したように笑った。


「なるほどのう。うむ。それは大切なことじゃな。妖怪共を相手にしたならば、必ず誰かが守ってくれるとは限らないからのう」


 この世界では、いつこの身が危険に晒されるか分からない。楽観視などせず、備えておくことが正しい判断だ。

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