158話 コウの過去 21



「なるほどのう。うむ。それは大切なことじゃな。妖怪共を相手にしたならば、必ず誰かが守ってくれるとは限らないからのう」


 この世界では、いつこの身が危険に晒されるか分からない。楽観視などせず、備えておくことが正しい判断だ。


 以前にも歩いた道。行き着いたのは立派な道場。

 総一郎が門を叩くと、前と同じ男性が門を開けた。その男性へ挨拶をし、門を括る。

 すると、総一郎はその男性の紹介を始めた。


「ここで学ぶのであれば紹介しよう。彼の名は秀幸ひでゆき。わしの刀鍛冶師兼剣術の1番弟子じゃ。今は基本この道場の師範を任せておる」


 その男性はいかつい人相で短髪。総一郎よりやや背は高く、筋肉質な体だ。


「先生、その子供は以前連れてこられた……」

「そうじゃよ。ここで仙術を学びたいそうでな、連れてきたんじゃ」

「そうですか」


 いかつい人相が向けられる。それを受けて若干尻込みする功。

 すると、筋肉質な手が功の方へ置かれた。


「その心意気や良し! 十二分に励みなさい!」


 ニカッと笑顔を見せ、応援した。


「ほっほ。お主、ここを任せた当初より、随分と変わったのう」

「私も変わるのですよ。しかし、甘くなったわけではありません。ご安心を」

「そうかそうか。うむ、では功君行くとするかの」

「は、はい。秀幸さん。よろしくお願いします」


 頭を下げ、その場を後にし道場の中へ進む。

 総一郎の後ろを歩く功の目には、瞑想をしている門下生の姿が映った。その中には、以前会話した裕作と尊の姿もある。


「……!」


 その横に見えたのは見覚えのない、凛とした少女の姿。とても落ち着いた人相で、腰まで伸ばしたポニーテールが目立つ。


 しかし、功がここへきたのは以前の1度だけ。見覚えのないと言ってもおかしいことではないだろう。

 ここではあのような女性も受け入れているようだ。


 それはつまり、“女性でも戦わなければならない”と言うことだ。



 道場の中を進む2人は、以前と同じ部屋へ入った。

 総一郎は功を座布団へ座らせると、別の部屋から道着を1着持ってきた。


「今日から道場ここでは、常に道着姿で居るように」

「はい」


 その道着を受け取る。今来ている和服と違い、ずっしりとその重みを感じた。

 帯の結び方に手間取ったものの、道着を身につける。


 いよいよそれらしくなってきた。これから、あの人達の中へ入ると思うと、少し緊張してくるものの、未知の武術を学べることへの興奮も湧いてくる。しかし。


「今は皆、瞑想中でな。途中から入る事はできんから、少しここで待ってもらうことになる」


 残念ながら、今すぐと言うわけにはいかないらしい。それを知り、感じていた興奮も相まって肩を落とす功。


 それを見かねてか、総一郎がとある提案をした。


「どの道、瞑想が終わればまだ気を掴めていない功君に出来ることはない。どうじゃ? ここでわしから直接指導を受けてみんか?」

「え……いいんですか?」

「うむ。と、言っても、“気を掴めるかどうか”は功君次第じゃがな」



 『気』を掴む……気の存在を認識することの難度は、人によって違う。

 すぐに気を感じるコツを掴む者も居れば、何十年も掴めない者も居る。


 その違いは、“感覚”の違い……“意識”の違い……“考え方”の違い……様々である。


「道は天より姿を見せし仙人に導かれたものなり。気は人々の内に宿り、それを操し者。すなわち自らの体を操ることを可能とする。故に道は……」

「……」


 今総一郎が読んでいるのは、仙術の道訓。道訓とは人道を説き、人の踏み行なうべき道を示すもの。

 しかし、功は総一郎が何を言っているのか、ほとんど分かっていない。


「……の加護を得られるべし」

「……」

「功君。どうかしたかの?」

「えっあっ……大丈夫です」


 ハッとして慌てて姿勢を直す功。ほとんど理解していないことは黙っていることにした。


「さて、それでは始めるとするかの」

「は、はい。お願いします」

「うむ。しかし、気を掴めるかは功君次第。わしが関わるのはごく一部だけじゃ」


 総一郎は功と同じように座布団へ座り、座禅を組んだ。そして、それと同じ姿勢を取るように指示を出す。


「少し見ておってくれ」


 そう言うと、両手を座禅を組んだ足の上に乗せ、静かに目を閉じた。


「雑念を消し去り、無を感じる。想像力に頼らず、対照的に省察することもなし」

「……!?」


 その瞬間、功は驚愕した。

 総一郎の姿はそこにあるものの、その存在はまるで“岩”のように感じられる。


 生気を全く感じない。無機物のように感じた。

 それに焦り出すが、程なくして総一郎はゆっくりと目を開けた。


「……どうじゃ?」


 何事もなかったかのように聞かれる。それに、動揺を隠せないまま答えた。


「えっと……あの、凄かった……です」

「ほっほ、そうかそうか。では、功君にもやってもらおうかの」

「え、無理です」


 反射的に答えてしまい、慌てて口を押さえる。


「ほっほ、安心せい。なにも今すぐわしと同じ程までしろと言っているわけではない」

「……は、はい」

「まずは、気を掴むために瞑想で“無”を物にするのじゃ」

「わ……分かりました」


 総一郎を真似て、座禅を組んだまま目を閉じた。

 しかし、口では分かったと言っても、理解は出来ていない。


 無ってなに? 気を掴むとは?


 模倣し同じ行動をしても、同じ結果は生まれない。

 雑念を消し去ると言われても、どうやって消すのか分からない。言ってしまえば、足が痺れ始めて集中も出来ない。


 結果的に、30分ほど粘ったがなにも掴めずに終わった。


「いてててて……アッ!」


 座禅によって、感覚がなくなるほど痺れた足を崩す。ほんの少しの衝撃で下半身に電流が走った。


「大丈夫かのう?」

「だ、大丈夫……ジャナイデスッ!」


 再び電流が走り、口から強張った言葉が飛び出す。


「お疲れ様じゃのう。今日はここまでじゃよ」

「は……はい……」

「こう言う時は、横になって大人しくしておく方が楽なんじゃ」


 総一郎の手が功の背に当てられ、その体をゆっくりと寝かせた。


「すまぬが、この前と同じように、わしは門下生達の相手をしてくる。ここで待っててもらえるかのう?」

「わ……かりました……」

「ああ、そうじゃ」


 功の体勢に無理がないことを確認してから部屋を出ようとした総一郎が、何かを思い出してその足を止めた。


「たまに気を驚くほど早く掴む者がいるんじゃがのう。その者達が口を揃えて言うんじゃ」

「……?」

「『以前に経験した感覚に似ている』とな」


 以前にも経験した? どう言うことだろうか。


「わしはよく分からんが、そう言う特殊な感覚から気の掴む方法もあるようなのじゃ。功君も、そんな覚えがあれば思い出してみるのもいいかも知れん」


 総一郎はそれだけ言い残し、部屋を出て行った。

 誰もいなくなった部屋で、ただ寝転がり足の痺れが引くのを待ち続ける。

 そんな中、今さっき総一郎に言われたことを頭の中で繰り返していた。


「以前にも経験した……? 特殊な感覚……」


 その人物達が経験したことが、なんなのかは分からない。しかし、思い返してみれば自分も“特殊”ではある。


 なにせ、別の世界から転生してきたのだ。これを特殊な経験と言わなければ、なんと言う。


「……」


 天井をぼーっと見つめ、考える。

 そして、ふと呟いた。“特殊な感覚”は、自分も経験している。


「……そういえば……この世界に来た時、変な感覚したなぁ……」




 功が道場へ入門してから1週間。買い物へ出掛けた総一郎の帰りを、功と美音が蹴鞠けまりをしながら待っている。


「えいっ! ……あ!」

「っとと!」


 美音の蹴ったまりが功の頭上を飛んでいく。まりは着地した後も転がり続け、屋敷の影へと転がって行ってしまった。


「ご、ごめんね。大丈夫?」

「大丈夫だよ。取ってくるからちょっと待ってて」


 美音を残し、屋敷の影へ歩いて行った。


 すると、ちょうどそのタイミングで、門の向こうから足音が聞こえてくる事に美音が気づく。

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