156話 コウの過去 19



 くすりと笑ったような雰囲気を見せる光の球へ、功は尋ねた。


「ここ……この国の国名は、なんでいうのですか?」

『この国は“倭国”と言います。自然豊かで四季のある素敵な国ですよ。他の国がどのようなものかは知りませんが、木霊わたしがそう言っているので間違いありません』


 その場でくるくると回りながら話す、光の球。そして、そのまま続けた。


『そして、おそらく予想はしていると思いますが、人と妖怪は長らく戦い続けています』

「やっぱりですか……」

『はい。しかし、無理もない話です。人にとって妖怪とは、子を拐い、人を喰い、祟りをかける……と言う存在ですから』


 そうなると、妖怪を敵視するのは当然の話。



 “自分たちの子供を拐われたり、家族を殺されれば、どんな生き物でも怒り狂うだろう”。




「……あれ?」


 ここで、功は1つの疑問を抱いた。

 ならば、目の前にいる“木霊”はどうなのだろうか。妖怪ではないのか? と。

 たしか、精霊と言っていたが……。


「……あなたは……木霊は、どうなんですか?」

『……どう言うことでしょうか』

「その、妖怪ではないんですか?」

『なるほど』


 すると、光の球は御神木の幹へ近づくようにふよふよと飛んでいった。そして、ぶつかるかと思うほどの近い距離まで接近し、話した。


『私達、木霊は……先に言った通り“精霊”です。精霊は妖怪と全く違うものなのですよ』


 精霊とは、基本的には精神のみが命を持った生命体であり、肉体を持つ者はごく一部だと言う。

 木霊こだまは木に宿る精霊であり、肉体を必ず持っている妖怪とは別物である。

 そう説明を受けた。


『人は木霊わたしたちを稀に木に宿る妖怪だと考えているようですが、それは違います。私達はどこにでもいますし、強いて言えば、人と妖怪の中立の存在なのです』

「中立……両方の味方をするんですか?」

『いえ、どちらにも組みしません。つまり、どちらにも手は貸さないのです』


 これを聞き、少し考えてから功は納得した。

 彼女は先程、『木がある場所ならば何が起きても把握出来る』と言っていた。


 その存在が、どちらか片方の勢力に助力するとなれば……。


『あっ!』


 突然そんな声が上がる。その声で功はハッとした。


「ど、どうしたんですか?」

『あなたの隣で寝ていた美音みふねさんが、あなたがいないことに気がついたようです!』

「ええ!?」


 それはまずい。今すぐに帰らなければならない。


「か、帰りの道案内お願いします!」

『ええ、任せてください。……あ、すみません。最後に2つほど』


 急いで戻ろうとする功を止め、光の球は話し始めた。


『あなたがなぜこの世界に来たのか。それは分かりません。しかし、せっかくもう1度生きることができるのです。後悔の無いよう、楽しんで生きるのも悪くは無いでしょう』

「……そうですね」

『そしてそのために、あなたには武術を身につけることをお勧めします。この世の中、戦えて損はありません』

「わ、分かりました……やってみます」


 平和な日本生まれの功にとって、この忠告は少々受け入れ難いものだった。

 しかし、この世界は日本と違い、危険が身の近くにあるのは事実。受け入れ難くも受け入れるしか無いだろう。


『ええ、頑張ってください。では、家まで案内しますよ』

「お願いします」

『あなたとはまたお話しがしたいです。良ければ、またいらしてください』

「はい。俺もまだ聞きたいことがあるので、お願いします。……あ、そうだ」


 帰ろうと御神木から離れた功が、なにか思い出したようだ。


「あなたの名前を教えてくれませんか? いつまでも御神木様って呼ぶのは……」

『名前……ですか。そうですねぇ……』


 光の球はくるくると周り、考える様子を見せた。


『……では、私のことは“華奈かな”と呼んでください』

「華奈さん……ですね。分かりました」

『ええ。それよりも、今は帰宅を急がれた方がいいのでは?」

「あ、そうか……道案内お願いします」

「はい。ではその左前方の細木の方向へ……」


 華奈の指示に従って功が森の中を進んでいく。来た時と違い警戒心が和らいだからか、その足取りは軽いものだった。


『そろそろ到着です。お疲れ様でした』

「はい。ありがとうございました」


 問題無く功は門まで到着し、初めと同じように木を伝って屋敷へ入った。


『……はぁ』


 その様子を周辺の木ごしで見ていた華奈は、小さくため息をついた。


『正体は判明……しかし、目的は分からず……ですか』


 今日の出来事で分かったことを、まとめるように呟く。

 今日、華奈が功と接触した目的は、その正体を確かめるため。そして、彼が別の世界から来たかも知れない存在であることをが分かった。

 もちろんその事実にはとても驚いた。


 しかし、“彼が来た理由”は分からなかった。彼自身も、なぜ突然この世界に現れたのか理解していないようだった。


『まぁ……知ったところで、なにか出来るわけではないのですが……』


 突然森の中に現れた、不思議な存在。彼と話すことは出来たが、まだそのほとんどは分からずじまい。


 御神木と呼ばれる華奈ですら、突然なにもないところから人が現れるという現象など、今回が初めてだ。


『……この胸騒ぎが、気のせいであることを祈りましょう』


 夜風が吹き月明かりだけが地を照らす森の中。その呟きは誰の耳に届くことなく闇へと消えていった。

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