144話 コウの過去 7



 功を押し除け、夜着の半分を占領する美音。そのまま上目遣いでじっと見つめてくる。

 17歳健全男子の功。この事態に動揺を隠せない。

 ちなみにその時の美音も、枕を横にして頭を置いていた。


「……な、なに……?」


 その行動に動揺しつつも、目の前に居る少女へ問いかける。


「ねぇ……功君はこれからここに居るの? それとも、お家に帰っちゃうの?」

「え……」


 功にとって、ここまで返答に困る質問はなかった。そもそもの話、帰るべき家がある世界なのかすら、分からないからだ。


 しかし、ここで気がついた。

 たとえ元の住んでいた家へ帰ったとしても、出迎えてくれる家族は居ない。

 そんな場所へ帰っても、悲しくなるだけなのでは……。


「功君……悲しい顔してる……」

「えっ……あ、いや……」


 心配そうな表情で美音はつぶやく。感情が表に出てしまっていたことに、反射的に顔を背けて隠す。


「功君……」

「……し、しばらくはここに居させてもらおうと思ってるよ」


 話を逸らそうと、そう答えた。すると、美音の表情が明るくなった。


「そっか……そうなんだね! じゃあ、あたし達はお友達だね! いや、家族かな!」


 一緒に住むだけでは、家族にはならないだろう。

 そんな言葉が喉まできたが、嬉しそうな顔の美音に言うことはできなかった。


「じゃあさ、じゃあさ! あたしがここのこといろいろ教えてあげるね!」

「……!」


 功にとっては願ってもない話だ。少しでも、ここのことが分かるかもしれない……。


「おじいちゃんね、優しいけどすっごく強いんだよ! 昔は“鬼殺し”って呼ばれてたんだって!」

「お……おにごろし……?」

「それにね! おじいちゃんは刀を作って人にあげたり、刀の戦い方も教えてるの!」


 彼女が嬉しそうに話すのは、全て“おじいちゃん”の話ばかり。『ここのこと』を教えると言って、『総一郎のこと』ばかり教えてくるのはこれいかに。


「おじいちゃんね、お嫁さんが居ないのは、昔好きになった人が忘れられないからなんだって!」

「へ、へぇ……」

「でも、おじいちゃんはその人のこと、なにも教えてくれないの。もしかして、禁断の恋とかなのかなぁ?」


 キャッキャと年相応な笑顔で語る美音。

 功は、総一郎の惚気話を聞かされ、若干顔が引きつっている。


 しかし、そんな美音の表情を見ていると、とある記憶が蘇った。



『あ、おはよう百合。今起こそうとしてたところだった』

『大丈夫よ……今起きふぁ……から……』

『あくびしながら喋んないでよ』

『朝はいーのー』



 なんの特別なことはない、頭の片隅に残るような、とある朝の記憶。

 妹に注意したら、笑顔で返された。ただそれだけ。


「それでね、それで……こ、功君?」

「ん? なに?」

「泣いてるよ……?」

「え……」


 確かめようと目をこすった手は、たしかに濡れている。

 あんなに泣いたのに、まだ足りないのか。そんなことを思う。


 すると、美音が功の手を握った。


「ねぇ……あたしね。実は今日のおじいちゃんと功君のお話し、ずっと聞いてたんだ」

「え……」


 あの恥ずかしいのを見られてた!? 

 そんな驚きと羞恥心が功を襲うが、美音の表情は真反対だった。


「功君……すっごく悲しいことがあったんだよね……? それで、あんなに泣いてたんだよね……?」


 さっきまであんなに元気だった美音の顔が、みるみるうちに泣きそうなものへ変わっていく。


「あたしね……功君がすっごく可哀想で……ずっと何か出来ないかなって……考えてた……」

「美音ちゃん……」

「あたしの……お父さんとお母さんとお兄ちゃんも……死んじゃったんだもん……すごく悲しいの、分かるの……」


 ついに、美音の目から涙がこぼれ落ちる。


「家族が死んじゃったら……悲しくて、くるしいもん……功君だって、そうなんでしょ……?」

「……そうだね。すごく悲しかった」

「うん……だから、少しでも慰めれたらいいなって思って……来たの……」


 この1つの寝床に2人の子供が収まっている事態は、美音の優しさから来るものだった。

 そして、目の前に居る少女は、自分を心配して涙まで流してくれている。

 それを知った功は、胸が暖かくなった感触をを覚えた。


「……ありがとう、美音ちゃん。気が楽になったよ」

「ほ……本当?」

「うん。本当だ」


 それを聞いた美音は、にこりと微笑んだ。


「それで、もし良ければもっと“ここ”の話しを聞かせてもらえないかな?」

「……うん! それでね、おじいちゃんは……」


 1つの夜着の下から、2人の子供の会話する声が聞こえてくる。

 美音による総一郎の話しを、聴き続ける功。


 そんな彼は、彼女に妹の姿を重ねていた。


 決して顔が似ているわけではない。雰囲気も話し方も全く違う。

 しかし、不思議と重ねてみることができ、不思議と心が安らいだ。



 肌をひんやりと冷やす夜の空気の先には、圧巻の星空。空気が澄み、周辺には光源がない故に、星の輝きが増して幾分か近くに見える。


 そんな空の下、夜遅くになってもとある家から子供2人の話し声が聞こえて来た。そんな話し声も、月が昇るにつれ次第に小さくなっていく。

 月明かりが最も高いところから地上を照らす頃には、2人の話し声は寝息へと変わっていた。

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