143話 コウの過去 6
ー その日の夜。
夕食を食べ終え、目覚めた書院造の部屋で“夜着”と言う布団代わりの着物をかぶっている功の姿があった。
天井を見つめ、なにやらぶつぶつと呟いている。
「えっと……まとめると……」
この数日で、自分の身に起きたことをまとめていた。
まず、事故に遭ったのは確実だろう。
そして、あの森で目を覚まして2日間さまよう。その後、総一郎達に保護された。
それが、この身に起きたことの大まかなまとめ。
問題は、ここはどこなのか、そしてなぜ子供になったのか、だ。
子供になったことに関しては、もはやお手上げだった。最近流行だった“転生”でもしたと、今は片付けておくべきだろうか。
ここはどこなのか。これには、答えは出ないが予測はできる。
少なくとも、ここの建物と庭、服などは全て『和』のものだ。言葉だって日本語に聞こえる。
と言うことは、ここは日本であることに変わりはないだろう。
「……でも……」
引っかかることがある。 それは、総一郎との会話だ。
まず、彼が“スプーン”を知らなかったこと。
いくら和に拘っていたとしても、日本に住んでいればスプーンくらい知っているだろう。
そして、大地主や村、“夕餉”など、現代日本ではあまり馴染みの無い単語。全く聞かないとは言わないが、どちらかと言えば現代よりも昔を彷彿とさせる。
「もしかしたら……江戸時代にでもタイムスリップしたのかもね……」
苦笑いをしながら呟く。
たったこれだけの情報で、その答えと結びつけるには少し……いや、かなり強引だろう。
「……」
しかし、百歩譲って仮に江戸時代にタイムスリップしたと言う予想が当たっていたとしても、気になる点はまだある。
幾度として聞いた『妖怪』と言う単語。
日本にも、妖怪は居た。いや、居たと言う表現は違うかもしれない。
都市伝説や言い伝えで、妖怪の存在はよく聞いた。江戸時代から伝わる妖怪伝説は沢山ある。
偉い人が鬼を斬ったとか、狐に化かされたとか……。
しかし、言ってしまえば、それは書物に記されていた、ただの伝説。
『実際に見た人』が、現代日本に直接伝えたわけではない。
しかし、妖怪の話をしている時、総一郎はどれも“断言”していた。
『美音と言霊をよこしてくれた妖怪に言いなされ』
『しかしその土地は、妖怪に襲撃され滅んでしまってな』
話すそぶりも、あたかも妖怪が居ることが当たり前かのようだった。
しかし、江戸時代では妖怪の存在が信じられていたと仮定すれば、降りかかる厄災を妖怪のせいにするのも、分からなくはない。
だが、そこで自然と脳裏によぎるのが、実際に体験したこと。
実際に“河童”に襲われたじゃないか。
まだ森の中を彷徨っていた時、河童のような生物に襲われた。正直、あの時は意識がもうろうとしていたから今まで忘れていたが、あれは自分の知る河童像と同じだった。
それから出る答えは、少なくとも河童と言う『妖怪らしき生物』が存在すること。
「……はー……」
ため息をつき、右腕で両眼を覆い隠し、闇の中で考えた。
とにかく現状で確実なことは、『妖怪』が本当に存在するかも知れない場所に、子供の姿で居ることだ。
「高校3年生程度の頭じゃ……これくらいが精一杯だ……」
ようやく精神も大人になりかけて来た頃。しかし、全てを理解できるほど出来上がってはいない。
「……どうなるんだろ……俺……」
もし、単純にここが現代日本の山奥の田舎とかなら、頑張ればいつか帰れるかもしれない。
しかし、現代日本とはかけ離れた出来事ばかりで、期待したくとも出来ない。
そもそも、なんで子供なんだ。拐われて森に置いてけぼりとかならまだ分かるけど、なんで幼児化してるんだ。それが一番分からない。
なんで……。
「ねぇ……起きてる……?」
不意に襖の向こうから聞こえた少女の声に、びくりと体が震えた。
声からして美音のようだ。
「あ……えっと……お、起きてるよ」
「そっか……」
返事をすると襖が開き、江戸時代の資料でしか見たことのないような、高さのある枕を抱えた美音が姿を現した。ちなみに功は、「高すぎる」と横にして使っている。
美音はただ枕を抱きしめ、功を見下ろしている。
『怪憑き』
そんな今日知った単語が脳裏によぎるが、よく分かっていない功にとって、気にすることでもなかった。
そんなことよりも気になるのは、この状況である。
「……な、何か用?」
「うん。でも寒いから入れて」
「えっ……ちょ……」
功を押し除け、夜着の半分を占領する美音。そのま上目遣いでじっと見つめてくる。
17歳健全男子の功。この事態に動揺を隠せない。
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