142話 コウの過去 5
「……すいません……」
「ほっほ、気にすることはないぞ。子供らしくてよい感想じゃ」
総一郎に悪気は無かったが、功は若干のショックを受ける。
「そう思えたことは良いことじゃの」
「……え?」
こんなどこにでも使えそうな感想の、どこがいいんだ? そんな疑問を抱く。
「そう思える程度には、心に余裕が出来たということじゃ。先ほどまでは、その一言さえ思い浮かばぬほど思い詰めておったのじゃろう?」
思い返してみれば、確かにその通りだ。
連続で起きた非現実的な出来事、そして信じたくない出来事。それらで頭はパンク寸前。
余裕など、あるはずがなかった。
しかし、泣いてからは心は軽くなり、かなり楽になった。そして、妹の死も受け入れられたような気もする。
まだ、妹が許してくれたとも思わないが……。
「ありがとうございます……気がだいぶ楽になりました」
礼を言うと、総一郎はにこりと微笑んだ。
「ほっほ、そうかそうか。さて、そろそろ夕食の支度でもするかの。なにか食べたいものはないか?」
その笑顔を見ていると、不思議に思うことがある。
「……あ、あの……」
「なんじゃ?」
「……な……なぜ……ここまでしてくれるんですか……?」
自分と彼の関係は、決して深いものではないだろう。
まだ出会って間もない。知り合いだった訳でもない。助けた見返りに渡せる金なんてない。
当然、彼もそのことを知っているはずだ。そんな見ず知らずの子供に、なぜそこまで世話するのか。
功はそれが不思議だった。
「簡単な話じゃよ。功君を放っておけぬからじゃ」
しかし、総一郎はいとも簡単にそう答える。
「怪我をし、衰弱した功君を、言霊を受けた美音みふねが見つけた。君は心に傷を負い、頼れる者はいない。……となれば、十分に君へ手を差し伸べる理由になると、わしは思うがのう」
「……そ……うですか……」
「それに、美音とも少し似ているからのう」
その言葉に、功はピクリと反応する。
自分と美音が似ているとは、一体どう言うことだ。
「美音ちゃんと……?」
「……恥ずかしながら、わしはこの歳になっても独り身でのう。まぁ、そのこと自体に後悔はない。わしが選んだ道じゃからな」
「……え、じゃあ……美音ちゃんは……」
「そうじゃよ。わしと血の繋がった孫ではない」
特に隠すような様子もなく告げられた事実に、とても驚いた。
「あの子はとある大地主の娘だったんじゃ。しかしその土地は、妖怪に襲撃され滅んでしまってな」
「……え?」
「あの子はなんとか生き残ったんじゃが、周囲からは心無い言葉を浴びせられてな……」
「え、ち、ちょっと待ってください。妖怪にですか?」
あまりに非現実的な話に、思わず話を止める。それに対し、総一郎は不思議そうな顔をした。
「妖怪じゃよ。それ自体は決して珍しくもない話じゃろ?」
「えっと……そ、そうですね」
まだ頭の整理はつかないが、とりあえず話を合わせておくことにした。
「して、大地主の家系はあの子1人残し殺され、共に生き残った者達からは心無い言葉を浴びせられた。この厄の責任をなすりつけるようにな」
「え……」
つまり、妖怪の襲撃の原因を美音1人になすりつけるように?
「それは……なぜですか?」
「あの子の髪は茶色いじゃろう? それと共に、不思議な力が使えるからのう」
「髪……?」
「おや、不思議に思わんかったのか?」
茶髪というのは現代日本で多く見られた。功にとって、茶髪というのはそこまで珍しいものではない。
しかし、総一郎の話からすると、少なくとも茶髪と言うのはメジャーな存在では無さそうだ。
「髪が茶色だと、何かあるんですか?」
「ふむ、知らぬのか……」
総一郎はそう呟くと、何かを考えるそぶりを見せた。
「……教えてもいいが、美音と仲良くすると約束してくれんかの?」
「……分かりました」
一体なにを聞かされるのかは分からない。だが、功はそう答えた。
「……髪が茶色の者達は『怪憑き』と呼ばれておってな。昔から、生まれる際に妖怪が憑いた“仔”とされ、迫害されとる」
「怪憑き……」
怪憑きと言う単語。茶髪は迫害される。
現代日本では、そんなこと聞いたことすらもない。
「功君と美音が似ていると言ったのは、家族を亡くし、頼れる者が居ないと言うことじゃ。わしは子を持ったことはないが……だからこそ、君たちのような可哀想な子は放っておけん」
「……そうなんですか……」
「家族を亡くして辛かったじゃろう。君が良ければ、ここを本当の家と思うてもいいからの」
「……はい」
「美音とも、仲良くしてやってくれ。約束じゃぞ」
総一郎が自分に優しくしてくれているのは、自分の境遇が元であると知った。
勘違いもあるが、今自分が置かれている状況が判明するまで、身を寄せられる場所があった方がいい。
そう思った功は、総一郎のお言葉に甘え、しばらくここにで過ごすことを決めた。
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