141話 コウの過去 4


 突然苦しみ出した功に、当然2人は驚き、駆け寄った。

 そんな2人へ、功は一言だけ残して気を失ってしまう。


「妹が……死んで……気がついたら森に……」



 ー 数時間後


 幸い、功は数時間程で目を覚ました。

 しかし、そんな彼を待っていたのは、受け入れがたい現実を再認識したことによる、激しい喪失感だった。


 縁側に座り、ただ外を眺める。

 目の前には美しい日本庭園が広がっている。少し離れた位置にある池には、空が反射して青に澄んでいた。


 しかし、それらに感動は全く覚えない。


 直面している問題で頭の中はいっぱい。もはやパンク寸前。現状の自分もその要因のひとつだ。


 なぜ、子供の体に戻っている? なぜ見覚えのない土地に居る? 


 夕暮れ時になっても、答えは出なかった。


「どうじゃ? 落ち着いたかのう?」


 横方から声が聞こえた。

 そちらは目を向けると、長い廊下を総一郎が歩いてきていた。

 失礼と分かっていても、顔を向けることはできなかった。


「……すいません……」

「気にせんでも良いんじゃ。きっと、色々と起こりすぎて、混乱してしまったのじゃろう」


 総一郎は優しくそう言うと、功の隣に座った。そして、頭をゆっくりと撫でてくる。


「辛かったのう……可哀想な子じゃ……」

「……」


 総一郎は、気絶する直前の功の発言から、“捨て子”であると予想していた。

 勘違いではあるものの、知らぬ間に森に1人残されていたとなれば、そう思うのも無理はないだろう。


 子供のような扱いを受け、なんとも言えない気恥ずかしさを感じる。しかし、そんな感情もすぐに隠れてしまう。


 気恥ずかしさに被さるのは、自分を呪いたい感情。

 そんな状態で、優しい態度を取ってくれている総一郎に、功の心は自然と開く。


「あ……あの……」

「なんじゃ? なにかあれば、いくらでも聞くぞ?」


 その言葉を聞いて、口が勝手に動いた。


「妹が死んで……独りになって……」


 勝手に動く口は、止めようとしても止まらない。


「……なんで森に居たのか……分からなくって……」

「そうじゃな……とても寂しくて怖かったじゃろう……」

「多分、2日くらい……彷徨って……」

「そうだったか……じゃが、もう大丈夫じゃよ」


 呟くように自分の境遇を語る功。それを、頭を撫でながら聞く総一郎。


「それで……それで……ぅ……」


 話していると悲しくなってくる。ついに、功の目に涙が浮かんだ。しかし、彼はそれをグッと堪える。

 今の姿は子供でも、精神は17歳の青年。人前で泣くことには、恥じらいを感じていた。


「ちょっと失礼するぞ」

「え……わっ」


 総一郎が功をひょいと持ち上げる。そして、自分の膝に乗せ、頭に手を回して抱きしめた。


「な、なんですか……?」


 当然、困惑する功。そんな彼の頭と腰に回した手に、優しく力を込める。


「ほれ、気が済むまで泣きなさい。その様子じゃと、ろくに感情を出すことも出来ていなかったのじゃろう?」

「……で、でも……」


 涙が浮かんでるものの、羞恥心から総一郎の身から離れようとする。しかし、彼は離さず、話し続けた。


「男の子は強く生きるために、泣いてはいかぬと言うが……わしはそうは思わん。確かに男の子は強くなければならんが、そればかりでは身も持たんじゃろう」

「……」

「男の子でも、たまにくらい弱さを見せても良いんじゃ、恥ずかしくなどない。辛いことは誰にでもある。独りで抱え込むことはないぞ」

「……うぅ……」


 功の目からじんわりと涙が滲み、一滴流れる。


「妹が亡くなって、辛かったんじゃろう? 森で独りになり、苦しかったんじゃろう? わしで良ければ、いくらでも胸をかすぞ。大丈夫、笑いもけなしもせんよ……」


 涙を塞き止めていたなにかが決壊した。

 目からは大量の涙が流れ、胸が締め付けられる思いに身を任せ、声を上げる。


「う……うああああ……」

「泣きたいだけ泣きなさい。幾分かは楽になる」

「うああああ……百合……百合いぃ……」

「そうか……妹は百合というのか。きっと、可愛らしい子じゃったんだろうな」

「ああああああ……ごめん……うああああ……」


 総一郎の体にしがみつき、感情に任せて泣きじゃくる。恥じらいだの年齢だの頭によぎるが、どうでもいいと感じ、思う存分に泣き声をあげる。


 そんな功を、総一郎はただ静かに撫で続けた。



「……あ……ありがとう……ございました……」

「もう良いのか? 全て吐き出したのか?」

「はい……だいぶ、気が楽になりました」

「ほっほ、それは良かった」


 ひとしきり泣き続け、落ち着いた功はゆっくりと体を離した。


「そうかそうか。ならば……ほれ」


 総一郎は再び功を持ち上げると、反転させ再び膝に座らせた。日本庭園が目の前に見える。


「どうかのう? わし自慢の庭は」

「……え?」


 正直、功は返答に困った。日本庭園なんてどう褒めれば正解なのか、全く分からない。

 しかし、ここまで世話になっておいて、なにも感想を言わないのは失礼だろう。

 なにかを言わなければ。


「えっと……すごく綺麗です……」


 なんだその感想は。頭の中で自分にツッコミを入れる。

 こんな一言で終わってしまう感想では、相手に失礼だ。そう思った功は、言葉を言い終わる頃にそのまま繋げて謝った。


「……すいません……」

「ほっほ、気にすることはないぞ。子供らしくてよい感想じゃ」


 総一郎に悪気は無かったが、若干のショックを受ける。


「そう思えたことは良いことじゃの」

「……え?」


 こんなどこにでも使えそうな感想の、どこがいいんだ? そんな疑問を抱く。

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