140話 コウの過去 3



「……ほれ、ゆっくり食べるんじゃぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 冷ましながら、お粥を一口分、口に入れた。

 素朴な味で、何ら変哲もないお粥だ。噛みやすく、すんなり飲み込める。


 ……以前にも、妹がお粥を作ってくれたことがある。 


 決してこのお粥の味が同じと言うわけでも、似ていると言うわけでもない。なぜか、急に思い出した。


「おっと……どうしたんじゃ? 変な味でもしたかのう?」


 男性がなにやらあたふたしている。なにかと思った時、ふと先ほどの鏡に映った自分が目に入った。


「……あれ……?」


 その映った自分は涙を流していた。とめどなく流れる涙が、頬を伝って顎からポタポタと落ちている。


「な……んで……す、すいませ……」

「きっとなにか、辛いことがあったんじゃな……」


 男性は優しく、頬を撫でてきた。その手が涙で濡れる。その手から温もりを感じていると、さらに……。


「あの子起きた!?」


 突然、男性が入ってきた方向と逆の障子が勢いよく開き、1人の和服の少女が姿を現した。


「あ……君は……」

「あー!! おじいちゃんが泣かせたー!!」


 少女は姿を見せるなり、こちらを指差して叫ぶ。


「なっ!? ちちちち違うぞ? のう? 違うじゃろう?」


 慌てふためく男性に訊かれ、コウも慌ててそれを否定する。



 お粥をたいらげ、落ち着きを取り戻した。もう涙は出ていない。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


 手を合わせて挨拶をし、続いて男性へお礼を言う。


「ほほう、礼儀のなっとる少年じゃ」


 なにやら感心されたようだ。男性はニコニコと笑いそう言った。


「さて、落ち着いたことじゃし、自己紹介とでもいこうかのう」


 男性はコウの前にあぐらで座った。続いて少女もその横に正座で座る。


「わしは“大和やまと 総一郎そういちろう”と言う者じゃ。見ての通り、ただのじじいじゃよ」


 笑いながらそう言う男性。

 優しそうな人相で髭をはやし、白髪まじりの頭。中年と言ってもそれなりに歳はいっている。そこまでじじい感がないのが引っかかる。


「あたしは“大和やまと 美音みふね”! よろしくね!」


 元気で明るい印象を受ける。茶髪で腰まで伸ばした髪が綺麗だ。こめかみの部分に付けた、勾玉の髪飾りが目立つ。


「君の名前は?」

「……俺は、桐生きりゅう 功こうと言います。えっと……助けてくれて、ありがとうございました」


 功も自己紹介をし、その後お礼を言って深々と頭を下げる。


「ほっほっほ。本当に礼儀がなっとる少年じゃのう。お礼ならば、美音と言霊をよこしてくれた妖怪に言いなされ」

「言霊……妖怪?」


 聞くと、あの時功を見つけることができたのは、美音が言霊から聞いた情報のおかげだと言う。

 言霊とは、“妖怪”と呼ばれる特殊な生き物が扱うもの。元々は言葉に込められた呪力を信じたものだったが、時には重要なことを伝えることもあると言われている。


「相手は妖怪じゃから、なにを考えているのかは分からん。しかし、その言霊のおかげで功君が助かったのは事実じゃ。感謝くらいしてもよかろうて」

「そうですね……感謝します。あと、美音ちゃ……さんも、ありがとうございます」

「えへへ、良いよ良いよ。あと、そんな言葉遣いじゃなくて良いよ?」

「……うん。分かったよ美音ちゃん」


 そう言うと、美音は照れ臭そうに笑った。


「して、功君や。ひとつ聞かせて貰っても、良いかのう?」

「は、はい」

「なぜあんなところに居たのか……分かることだけで良いから、教えてくれんか? 迷子ならば、家まで送るからの」

「っ……」


 その質問への返答に、功は困り果てた。なにせ、自分でも分からないのだから。


 分かることと言えば、妹の事故現場で自分も死んだら、あの森に居たと言うことくらい……。


「っうぐぅ!?」


 突然、激しい頭痛に襲われた。耐えられず、頭を押さえてその場に蹲る。



 妹の死。自分が死んだかもしれない記憶。



 1度、大きく他のことへ気が逸れた。そのせいで、再びその現実が重くのしかかる。

 ただえさえ実の妹の死すら、受け入れることが出来ていなかった。だと言うのに、それに“自分が死んだ”と言う信じがたい記憶もある。


 そんな現実に、頭が追いつかなかった。


「どうしたんじゃ!?」

「だ、大丈夫!?」


 突然苦しみ出した功に、当然2人は驚き、駆け寄った。

 そんな2人へ、功は一言だけ残して気を失ってしまう。


「妹が……死んで……気がついたら森に……」

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